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![川と釣りと……](https://390386bd-1bf0-4900-aa10-cac1793c9a23-cdn-endpoint.azureedge.net/-/media/Project/globeride/daiwa_com_jp/resources/fishing/be_earth/riverwalkstory/image/rwstt.png?rev=088d93a8c0524044b8820ff7bf148582&hash=0892C3D03F3E1E8CB9A3AC4984F762F6)
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静岡県・伊豆半島の河津町を南へ流れる流程16.4kmの中規模河川。天城山脈の南嶺に源流を発し、途中で荻ノ入川、奥原川、大鍋川、佐ケ野川など支流を集めて半島の南東より相模湾に注ぐ。流域には随所に度重なる火山噴火の痕跡が見られ、ジオサイトとしての人気も高い。降水量が多く多湿で落葉広葉樹と照葉樹、それに植林されたスギやヒノキなど多くの木々に覆われた森の中でマイナスイオンを感じられる渓相となっている。ヤマメとアマゴの分布境界で両亜種の特徴をもつ魚を釣ることができる。
伊豆半島の小さな川で丸いパーマークのアマゴを探す
その小さな体のどこからそんな大きな声を出すのだろう。岩にちょこちょこと見え隠れするミソサザイがとても賑やかだった。微風の晴天。カシ類などの照葉樹と植林されたスギやヒノキの合間に、シデやカエデのまだ小さな新緑が太陽光を透かしている。緑色の濃淡が美しい。水量の薄い流れを見て、私は6年前に一度だけ歩いた島根県奥出雲の小さな沢を思い出していた。そこはゴギの棲む沢だった。
ゴギとはイワナの亜種のひとつで、頭に白い点や虫食い模様が入っているのが特徴だ。亜種とは同じ種の中で分けられているグループのようなもの。イワナは分類学上、主に体色によってニッコウイワナ、ヤマトイワナ、エゾイワナ(アメマス)、そしてゴギの4亜種に分けられている。
ゴギは体色も独特だが、水の薄い小さな沢に適応した結果なのか、たまたまなのか、まるで地を這うサンショウウオのような動きで私のルアーを襲った。色だけではない。これは他のイワナとはまるで異なるものだ。そんな印象を抱いたことを覚えている。
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今回、釣りをしたのは静岡県伊豆半島の南東を流れる河津川とその支流。伊豆半島には、一部の川の上流に放流されたイワナも息づいているが、元々からいる渓流魚はアマゴだけだと言われてきた。河津川ではアマゴの生息域と重なるか少し下流側にアユやタカハヤがいて、食の対象としてはアユに加えてウナギ、それに「ズガニ」と呼ばれるモクズガニの人気が高い。静岡県が管理するウェブサイト「しずおか河川ナビゲーション」によると、幹川流路延長(源流から河口までの距離)は16.4km。そこに山あいを流れる支流が東西から合わさる二級河川だ。
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ゴギの沢に雰囲気が似ていたのは、河津川水系のとある沢の最上流域。少ない水量だけでなく照葉樹やシダの類も多く見られるしっとりとした渓相も、そのような印象を抱かせたのかもしれない。
だが、ゴロゴロと転がった岩の下から飛び出してきたのはゴギでもイワナでもなく、体に鮮やかな朱点を散らした小さく可憐なアマゴだった。朱点は体の中央を走る側線に沿って並び、その上下にも散っている。そしてパーマークと呼ばれる体の側面にある青灰色の斑紋は、まるでマトリョーシカのような形をしていた。隣り合うパーマークの間には上下に丸い斑紋もある。特に背中側の斑紋は、伊豆半島のアマゴの特徴をよく表しているように見えた。
ルアーはシルバークリーク40S。最近では最も多用し、信頼しているシンキングミノーだ。初めての川の初めての1匹は、サイズを問わずとてもうれしい。
ミノーを撃ちながらさらに進む。なかなか針がかりには至らない。ただ、魚の活性は高いのだろう。とにかくルアーをよく追いかけてくる。そんな時は直線的に引けるスピナーが私のセオリーだ。表層をある程度ゆっくり引けるように、ミラーというお気に入りの軽量スピナーを結んだ。ウエイトは2g。するとすぐにグンッときた。
釣れた魚を見て、おっ!と思う。体に朱点が見当たらなかったからだ。なんとヤマメである。アマゴからのヤマメ。今回のテーマをこれほど簡潔に表す展開が他にあるだろうか? 実のところ、アマゴに混じってヤマメが釣れることは、ある程度想定していたことだった。言うなればその双方を目にしたいと思い、伊豆半島の河津川を選んだのだ。
ではここらへんで、なぜ今回、舞台に伊豆半島を選んだのか、そしてアマゴとヤマメにとって伊豆半島がどのような場所なのかを紹介しておきたい。
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ヤマメとアマゴ、分布境界の今昔
先に述べたように、アマゴとヤマメはとてもよく似ている。分類学上は同じ種の中の別亜種という位置付けだ。最も明快な分類基準は朱点の有無。体に朱点があればアマゴで、なければヤマメとなる。この他に琵琶湖水系だけに生息するビワマスと、台湾だけに生息するタイワンマスを含め、アマゴとヤマメの仲間は4亜種に分けられている。
『日本魚類館』(小学館)によると、ヤマメは朝鮮半島東岸〜シャンタル諸島付近のロシア沿岸と北九州〜サハリンの日本海側、神奈川県酒匂川〜北海道の太平洋側、国後島、択捉島、サハリン東岸、カムチャツカ半島西岸に分布、とされている。一方のアマゴは、神奈川県酒匂川〜四国太平洋側、九州を含む瀬戸内海沿海地方に分布とされる。こう書くとイメージしづらいが、アマゴはあたかもヤマメ分布域に取り囲まれるように、中部から西日本の一部にだけ分布しているとイメージしてほしい。
アマゴとヤマメの分布境界のひとつを神奈川県の酒匂川としたのは、昭和初期に活躍した魚類学者の大島正満博士だ。酒匂川やその西どなりの早川にはヤマメとアマゴが混生し、それよりも東ではヤマメばかりになるという。大島博士が示した日本列島におけるアマゴとヤマメの境界線は通称「大島線」と呼ばれ、今もなお、分布の基準とされることが多い。
大島博士の研究では伊豆半島の河川にいるのはアマゴとされてきたが、その後、釣り人などの報告によって、どうやら伊豆半島にはアマゴのいる川とヤマメのいる川、さらに両亜種が混生する川もあることがわかってきた。酒匂川や早川のすぐ西にある伊豆半島もまたアマゴとヤマメの分布境界だったというわけだ。ただ、同時に伊豆半島内の各河川には全国の例に漏れず他水系からの放流が一般化されており、元々の原種をたどることが難しくなってきてもいた。
大きな進展があったのは2015年、東京海洋大学の川嶋尚正さんによる博士学位論文「遺伝的多様性に配慮した渓流魚の増殖に関する研究」で、伊豆半島のアマゴとヤマメが形態的・遺伝的に詳しく調べられたことだ。
詳細は少し難しくなるので原文をあたってほしいが、わかったことは、伊豆半島には元来よりアマゴとヤマメが分布していること。また、両亜種の中間的な(朱点の不確かな)魚がいることや、半島東側の河川ほど朱点を持たない魚(形態からの分類ではヤマメとされる)の割合が増えることなどもわかった。さらに伊豆半島に生息するアマゴやヤマメの特徴として、静岡県内の他の河川に比べてパーマークが丸い(細長くない)ことが立証された。また体側の中央を走る側線に沿って並ぶパーマークとは別に、背中側に丸い斑紋(以下、論文に準じて「BLACK SPOTS」と呼ぶ)を持つ個体が多いこともわかった。
今回、私が伊豆半島の川を訪れたのは、まず第一に伊豆半島ならではの丸いパーマークを持つアマゴに出会いたかったから。そして朱点を持つアマゴと朱点を持たないヤマメ、さらにその中間的な魚をこの目で見て感じてみたかったからだ。
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ヤマメが釣れたところに話を戻そう。
細長い小判形のパーマークを見ながら「パーマークがもっと丸かったら原種っぽいんだけどな」などと勝手な思いを抱いた。元々、この川にいた原種なのか、放流魚なのか、それとも放流魚と原種の血が混じったものなのか。一介の釣り人には知る由もない。ただ模様を見ながらああだろうか、こうだろうかと妄想を膨らませること自体が面白いのだから仕方がない。でも同じ沢でアマゴとヤマメが釣れるのは、やはり伊豆半島的であり、とても興味深い。……と、そんなことを思いつつ魚を裏返してみると、どうにも見逃せないものが目に飛び込んできた。頭部近くの側線上にポツンと1点、アブラビレの下あたりにポツンともう1点、おぼろげではあるが確かに朱点がある。こうなると、やはりアマゴということになるのだろうか? この曖昧さを私は喜んだ。これこそ分布境界の魚っぽいではないか。
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釣りを再開すると、すぐに今度は15㎝ほどの小さな魚が釣れてきた。側線上に並ぶパーマークは丸い。そして朱点はないように見えた。だが、これも裏を返すと側線上に控えめな朱点が3つある。さらに進むと、今度はやや錆びた色のアマゴが釣れた。20㎝ぐらい。パーマークは丸型に近い。BLACK SPOTSもある。そして朱点はやはり側線を中心に控えめに散るだけの、先の論文にある河津川の原種のようなアマゴを見ることができた。
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伊豆半島の成り立ちを想う
好調すぎる幸先には落とし穴がつきものだ。あれほど活発だった魚の追いが急に途絶えてしまう。そして堰堤が現れたところで別の沢に移動しようと退渓を決める。斜面を上がり林道に出て、ひとまずノドを潤おそうとしたその時、飲み物や食事だけでなく、交換レンズから財布まで入れた防水ザックを自分が背負っていないことに気がついた。しかもザックは山に溶け込む本格的な迷彩柄だ。
一度登った斜面をまた下り、釣り歩いてきた沢を下りながら探すが見つからず、車に釣り道具とカメラを置いて、空身でもう一度探しながら上るが見つからない。トボトボと林道を下って入渓地点に戻り、三度目の正直とばかりにゆっくりゆっくりと3倍ぐらいの時間をかけて少しずつ沢を登ると、木の陰にたたずむザックを見つけることができた。釣れた魚の撮影時に水辺に置いてそのままにしてきたのだろう。2度もすぐ近くを歩いていたのに気づけなかった。迷彩柄は本当に目立たない。生き物で言うところの保護色は実に効果的であることを学んだ。
どうしようもない自分の凡ミスで2時間半ほどロスしてしまったが、得たものもある。2往復半、竿を振らずにじっくりと水辺を観察した結果、いくつかこの沢の特徴を感じることができた。ひとつは小さな流れ込みや岩からの染み出し、ちょろちょろと水の流れるガレ場など、湧き水が多いこと。水面に露出していない部分の水脈が豊富なように思えた。沢の流れも直線的ではなくあちこちに分かれては合わさっている(だからこそ迷彩柄のザックが探しづらかったのだ)。
そしてもうひとつの特徴は、川辺や林道の至るところに溶岩由来の小石が散らばっていることだ。小さな穴のたくさん開いた赤茶色や焦げ茶色の石が目につくたび、伊豆半島が世界でも稀有な大陸プレートのぶつかり合う変動帯であり火山地帯でもあることを思わずにはいられなかった。
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ロスした時間を取り戻そうとする思考はあまり良いものではない。ならばいっそのこと、今日はもう竿を置き、伊豆半島の地質学的な歴史に思いを馳せてみよう。そんな思いで河津川きっての景勝地である「河津七滝」へ向かった。七滝と書いて「ななだる」と読む。地域には、このように読むようになった言われが民話として残っている。七つの頭をもつ大蛇を退治するために七つの樽に酒を入れて誘い、酒を飲み干した大蛇を仕留める話だ。ヤマタノオロチの話にそっくりだが、頭が八つではなく七つ。そして退治するのはスサノオノミコトではなく萬太郎、萬三郎、萬二郎という天狗の三兄弟とされている。この時に使った樽を兄弟は河津川へ捨て、それが流れて七つの滝の滝つぼに収まったことから、連続する七つの滝を「ななだる」と呼ぶようになったという。河津川の流域には天狗にまつわる民話が点々と残されているようで「天子平の天狗岩」なんてものもある。アマゴと天狗、である。
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![](https://390386bd-1bf0-4900-aa10-cac1793c9a23-cdn-endpoint.azureedge.net/-/media/Project/globeride/daiwa_com_jp/resources/fishing/be_earth/riverwalkstory/content/__icsFiles/artimage/2022/04/21/c_290401/26_1.jpg?rev=cc43227344a24e75918781b24cb83123&hash=34C2EFCAFB33386AC829F23DE3B4A4A6)
一番下流側にある大滝近くの駐車場に車を停めて歩き出す。落差30mと七滝の中で最大の大滝は、滝を見るまでの階段もまずまず長い。その先の行程に不安を感じる人も多いだろうが、次の出合滝から先は比較的たやすく、すべての滝を見て回っても片道1時間ほど。大滝、出合滝、カニ滝、初景滝、蛇滝、エビ滝、釜滝。七つの滝はどれも個性に溢れているが、なかでも蛇滝にある蛇腹のようなねじれた岩肌が目を惹いた。これは「柱状節理」と呼ばれるもので、マグマが冷えて固まる際に少し縮むため、五角形や六角形の柱状の割れ目ができるのだという。川の流れによりその割れ目が露わになった姿が、まるで蛇腹のようにも、洗濯板のようにも見えるのだ。
柱状節理は他の滝にも随所に見られ、また上流へ向かうにつれてうねるような溶岩も楽しめる。まさに伊豆半島の生い立ちを感じられるジオサイトと言えるだろう。
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そもそも、伊豆半島は深い海の底で活動するフィリピン海プレート上の海底火山群だった。約2000万年前は本州から南へ数百キロ離れた場所にあった。それが噴火を繰り返すうちに海面上に現れ離島となり、本州のあるユーラシアプレートに沈み込むように重なるフィリピン海プレートに乗りながらベルトコンベアのように運ばれて、約100万年ほど前に本州に衝突したと考えられている。現在のような半島の形になったのは約60万年前。それから約20万年前までは陸上のあちこちで噴火が起きて、天城山や達磨山など大型の火山ができあがったという。その後は独立単成火山群(独立した単成火山が一地域に集中したもの)の活動が始まり、今でも「伊豆東部火山群」という活火山地帯となっている。世界でも類を見ない4つの大陸プレート(ユーラシアプレート、フィリピン海プレート、太平洋プレート、北米プレート)の交点とも言える変動の地、そして温暖で雨の多い気候は独自の美しい景観を作り上げた。アマゴやヤマメが棲む渓流環境もそのひとつだ。
60万年前まで本州と分離した離島だった「伊豆半島」には、独自の生物相が育まれていたのだろう。植物ではアマギツツジやアマギカンアオイ、動物では修善寺付近にのみ生息するシュゼンジフユシャク(蛾)など、半島固有の生物も多い。
独特の丸いパーマークを持つとされる河津川に棲むアマゴとヤマメの原種もまた、度重なる氷期と間氷期を経て、激しい火山活動に翻弄されながらもこの地に息づいた末裔に違いない。その価値は釣り人の間にもっと広く共有されるべきだと思うのだ。
一方で釣り人として、こうも思う。原種でなければ価値がないという考えもまた違うのではないかと。数十年でも数年でもその川の環境に適応しながら懸命に生きる彼らとの出会いは、斑紋の形や朱点の有無への興味とは別に、やはり愛しく尊いものである。
河津七滝のその上にある猿田淵の伝説
河津七滝を登りきったところで、その先にもうひとつ「猿田淵」と呼ばれる景勝地がある。最後の釜滝から少し離れていることもあって足を運ぶ人は少ないのか、この日も私のほかには誰もいなかった。滝とまでは言えない白泡の落ち込みがふたつ続く。猿田淵はその下にある大きな淵だ。淵の前には案内板があり、次のように書かれていた。
――猿田淵の由来――
“むかし、むかし猿田彦命(さるたひこのみこと)と言う神様がいました。旅がすきで日本中くまなく歩き、どこへでもつれていってくれる、「旅を案内してくれる神様」として有名でした。”
“ある年神様を案内して伊豆の天城にやってきました。この淵を通る時、大きな「ヤマメ」が水面から飛びあがり、つり名人の命(みこと)はたちまち釣り上げてしまいました。”
“里人は誰言うとなくこの淵を「猿田淵」と言う様になりました。”
“この神様は背丈2m、鼻の長さも2m 天狗様のモデルとも言われています。”
興味深いことに、ここにも天狗が出てくる。だがそれ以上に気になったのは「大きなヤマメ」という表記だ。なぜアマゴではなくヤマメなのだろう。天狗様の猿田彦が釣り上げたのは、朱点を持たないヤマメだった、ということなのだろうか。
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やや傾いた陽の光が木々の緑を透過して水面をエメラルドグリーンに染める。翠色の淵に魚の影を探したが、見つけることはできなかった。そよそよと風が吹くと、まるで樹木が自ら切り離すように、数枚の葉が枝から離れ、音もなく落ちた。確かに雰囲気はある。
夕まずめの時間帯、やはり私は竿を持つ気にはなれず、代わりに河津川駅近くにある図書館へ向かうことにした。河津川を泳いでいた昔話の「ヤマメ」を探してみたくなったのだ。
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写真・文:若林 輝