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![川と釣りと……](https://390386bd-1bf0-4900-aa10-cac1793c9a23-cdn-endpoint.azureedge.net/-/media/Project/globeride/daiwa_com_jp/resources/fishing/be_earth/riverwalkstory/image/rwstt.png?rev=088d93a8c0524044b8820ff7bf148582&hash=0892C3D03F3E1E8CB9A3AC4984F762F6)
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奥秩父山塊の雲取山周辺に端を発する荒川水系の一支流。西谷と東谷というふたつの沢が清浄な沢水や湧水を集めて合わさった所に今回の舞台である大血川渓流観光釣場がある。自然河川を利用した釣り場の区間を過ぎて下るとそのまま北進し、荒川本流へと合流。流域は主に再生林だがミズナラやサワシバ、カツラ、トチノキなどの広葉樹が渓に緑のトンネルを作り、特に新緑の初夏は素晴らしい渓相での釣りが楽しめる。大血川渓流観光釣場は足場のよい川原となっているため、雰囲気のよい流れの中で、安全に老若男女だれでも渓流釣りを楽しむことができる(https://oochigawa-fishing.jp/)
石を呑みこむイワナの話
大雨が降り河川が増水するとイワナが石を呑みこむ話は、古い釣りの本にも書かれているし、知る人も多い。おそらく実際にイワナが石を呑みこむところを水中で観察した人はいないだろう。「石を呑みこむ」と言われるのは、大雨の増水時に釣り上げたイワナの腹から石が出てくるという事実に基づいた言い伝えだ。
では、なぜイワナは石を呑みこむのか? それについては諸説ある。最もよく聞かれるのは、石を呑みこんで体を重くすることで、増水の急流に流されないようにする、という説だ。これが理由として真実であるならば驚くべき習性だが、科学的に実証されたというような話は聞かない。他には増水で流れが強くなると川底に小石が転がり、それをエサと間違えて食べてしまうという説もあれば、石の巣を作るトビケラがたくさん流され、それを食べるからだという説もある。大きくは、流されないように石を呑みこむという「積極説」と、呑みこんでしまったという「結果説」に分けられ、積極説を唱える人にはロマンチストが多いとも聞くが、彼らにはたいていもうひとつの大きな根拠がある。
それはひどい増水の直後にもイワナはちゃんと釣れるという事実だ。人間の眼にはとても留まってはいられないように見える濁流となっても、水が引いてニゴリが弱まるとイワナは鉤をくわえてくれる。そんな経験が「イワナは積極的に石を呑みこむ」という説を強化しているようだ。
もっとも「イワナが流されずに残っているからすなわち石を呑みこんでいる」というのは論理的な証明にはならない。イワナが流されないのは石を呑みこむ以外の理由があるからかもしれないからだ。イワナは漢字で「岩魚」と書く。岩に棲んでいる魚の意だが、元々は「岩穴魚(いわあなうお)」が短くなってイワナとなったという説がある。山陰ではイワナは「タンブリ」とも呼ばれるが、その語源は「谷掘り(たにほり)」だ。増水を見越して岩の穴の奥深くに潜る。そんな習性も容易に想像できる。
実際、釣り上げたイワナの体に線がたくさん入った擦り傷が見られることがあり、そんなイワナを見ると、増水時に岩の穴に無理に入りこもうとして付いた傷ではないかと考えてしまう。もしかすると岩の穴に頭をぐりぐりとねじこんでいる時に誤って石を呑みこんでしまうのではないか……なんてことすら私は考えている。
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奥秩父の川沿いにある美味しいうどん屋
奥秩父の大血川沿いに、渓流を利用した管理釣り場がある。今から30年ほど前に、大滝村と民間との共同経営でスタートした「大血川渓流観光釣場」だ。川をプールのように区切って誰にでもニジマス釣りが楽しめる「マスエリア」と、自然渓流をそのまま利用したヤマメ・イワナ専用釣り場の「ストリームエリア」があり、厳冬期をのぞいてエサ釣り、ルアー・フライ・テンカラを楽しむことができる。足場がよく安全に遊ぶことができることから老若男女を問わず人気の管理釣り場だが、奥秩父の渓流が好きな私にとっては、釣りの帰りにふらりと息をつきに立ち寄る食堂といったところだ。奥さんが打つ通称「源流うどん」は、コシが強くつるつるののどごしが癖になる、とても美味しい手打ちうどんだ。いつもは釣りの帰りの立ち寄りだったが、今回は渓流釣りも禁漁となった11月末、竿を持たずに上流の渓の様子を少し見てから、おうどんをいただくことにした。
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なぜこの時期に川を見ておこうと思ったのかというと、ひとつは1カ月半ほど前の台風19号の爪痕が気になっていたからだった。上流の川も気になったが、観光釣場も大きな被害を受けたことを聞いていて、その様子をお伺いしたかった。
「イワナは体を重くするために石を呑みこむんだと思います。だって腹の中に石が入るのは増水する前からだから。わずかなニゴリなのか水位の変化なのかを感じ取って体を重くしているんだと思うよ」
台風の被害について話を伺っているさなか、ご主人の吉田真一さんは改めて「積極説」を唱えた。実は以前にもその話はお聞きしていて、釣り場のホームページに掲載されているパチンコ玉ほどの石を数珠つなぎに飲みこんだイワナの写真も見ていたのだが、19号ほどの台風でもイワナは川に残るものなのかと聞いてみたのだ。ご主人はうなづいた。そして、もちろん想像でしかないんだけど……と前置きして、こう続けた。
「大きい魚は流される。逆に10cmに満たないようなのもあやしい。流されてしまうかもしれません。ただ、その間の15~20cmほどのイワナは台風後にも釣られているんです。新しく放流もしていますが、なぜ残ったイワナだとわかるかというと、釣れるのは本当に煮干しみたいに痩せ細ったイワナだったんです。お腹の中には石もない。おそらく吐き出してしまったんでしょう。きっとあれだけの川の暴れっぷりで水生昆虫が一気に流されてしまったんではないでしょうか。エサがないから痩せこけていたんだと思います」
あの濁流を受けてその場に留まれるということは、やはり石を呑みこんで……。台風当日の写真を見せてもらっていたからだろう。素直に「積極説」を受け入れる自分がいた。
「土の匂いがして、これは危ないと思いました」
令和元年10月12日の台風19号は、激しい雨と風により、本州一帯に甚大なる被害をおよぼした。朝8時の段階で観光釣場周辺の降水量は220mm。さらに正午までに130mm降り、累計350mm。「バケツをひっくり返したような雨」とは1時間に30~50mmの雨を指すというから8時から正午の4時間で130mmはそれにあたり、いかに激しい雨が長時間にわたって降り続いたかが伺える。「先代のおふくろに聞いても、これほど川が荒れたのは、ここ30年見たことがないというから……」とご主人は言う。
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「台風の時にゴツゴツと大きな石が流れてくることはあるんですよ」と、みね子さん。「あの日もゴットンゴットン石が流れる音が聞こえていたんですけど、それ以上に怖かったのは匂い。戸を閉めているにもかかわらず、土臭さが漂ってきたんです。お父さん、これはもう危ないから下に降りようって……」
真一さんが最後まで気がかりだったのは、放流魚をストックする池に川水を循環させるための3台のポンプだった。ホースが流れに押されることを見越して中空に吊っていたが、予想をはるかに超える暴れ竜のような濁流が釣り場を襲い、釣り場上手にある吊り橋とともに2台のポンプは流失してしまったという。あらかじめ引き上げていた1台のポンプで池の中だけで水を循環させ、午後3時過ぎには釣り場を離れて避難したと言うが、ストック池の魚は数匹だけを残し、一晩で酸欠のために死んでしまったという。
台風が去って水位が戻っても、川の流れは大きく変わってしまった。川に埋まった橋の残骸をハンドウィンチで引き揚げ、少しずつ足場をならし、ようやく通常に近い営業ができるようになってきた頃が、取材に伺った2019年11月末だった。
「結局ね、人間のやりやすいように自然を曲げていくなんてことはできないんです。これほどまでに濁流が流れ込んだのも、木材を運ぶトラックが通る林道を作るために山を伐採した影響もあるでしょうし……。自然は変化するものとして、それを人間でなんとかしようというよりは、変化した自然になびいていくことが大切なんでしょうね」
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大型台風の発生は温暖化の影響もあると言われるが、事実、この食堂も夏はだいぶ暑くなったのだと真一さんは言う。
「昔は8月でも雨が降っている日の朝晩はストーブ炊かないと寒いぐらいだったんです。でもこの2~3年はお客さんにエアコンないんですか?って言われることが増えました」
自然は人間のためにあるものではなく、ただ「在る」ものだ。変化しながらただ存在する自然の中で、そこに生かされている生物は繁栄したり衰退したり、進化したり、そして途絶えたりしてきたのだろう。このたった数千年ほどで文明を持ち自信をつけた人類もまた、自然に優遇される存在ではないはずだ。そんな観念的なことを思いながら、同時にこうも考える。都心の近くに生まれ育って今も住み、休みの日に渓流釣りを楽しんでいる自分の暮らしと、山深い地で自然の厳しさにさらされながら自然の恵みを享受する暮らし。この両者の大きなギャップが産み出す自然観の違いはどのようなものなのだろうと。
赤い点のイワナが釣れる川
荒川水系の源流域にあたる奥秩父の渓流には「秩父イワナ」と呼ばれる体側に赤い点を持つ地イワナが棲んでいる。各水系とも他所からのイワナも放流されているからその限りではないが、時に目を見張るほど鮮やかな赤い点を持つイワナが釣れる。赤い点と言えばかつての分類学に頼ればヤマトイワナとなる。だが東京湾に注ぐ荒川水系に分布するイワナはニッコウイワナとされている。イワナの分類はその歴史も含めて非常にややこしく、機会があれば当連載でもテーマのひとつとして取り上げてみたい。さておき、実際には「ヤマトっぽいニッコウ」もいれば「ニッコウっぽいヤマト」もいる。そのなかで秩父イワナは「ヤマトイワナっぽいニッコウイワナ」とも言えるかもしれない。
大血川渓流観光釣場のある大血川にも、黒っぽい地肌に赤い点を散らしたイワナがいる。いわゆる「秩父イワナ」と呼ばれているイワナで、初夏には空気までが翡翠色に染まる美渓に映える美しいイワナだ。私はこの濃い体色が、大血川の苔むした暗い渓への保護色のような順応ではないかと考えていた。
ところで、大血川という独特な名前には、いくつかの由来がある。そのひとつは、逃げ落ちた平将門の流血で川が染まったから、というものだ。まさかイワナの赤い点は、将門の流血の因縁?などというつもりはないが、川の水が血で染まったという由来はとても興味深い。大血川は奥秩父でも屈指の水の良さで知られる川だ。釣りの合間に石から滴る清水を集めて淹れるアイスコーヒーは、苦さにまろやかな甘さが加わり絶品だ。
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観光釣場の下流には天然水をパッケージングする工場もあり、その水の美味さは広く知られてもいる。この集落の民家には一軒一軒に沢水が引かれ、今でも活用しているとのことだ。観光釣場で淹れるコーヒーも沢の水を沸かして淹れるという。さらに今回、真一さんから、この川の清浄さを証明する話を聞くことができた。
「大血川はね、川海苔の採れた唯一の川だったんです。川海苔採りの名人のおじいさんがいましてね、採った海苔を簾(すだれ)に並べて乾かして海苔にしていました。ただ、私が最後に川海苔を食べたのは、15年ぐらい前かなぁ。今は水量の変化が激しいから、いくら水がきれいでも海苔が生きていくには難しいのかもしれませんね」
川海苔が生きられなくなってしまった水量の変化をもたらしたものは、人間による山の伐採だろうか、それとも長い周期の気候変動によるものか。その気候変動をもたらす原因もまた、人間によるものもあれば、自然の成り行きという部分もあるのだろう。いずれにせよ「この川の川海苔は今、食べることはできない」という現実がある。
岩の白さを見て、川に起こった変化を実感した
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当日の朝、普段釣りをしている川を、竿を持たずに歩いた。所々流れにえぐられ崩落した箇所や、土が完全に洗い流され根がむき出しになった木を見て台風の影響を感じることができたが、色づいた紅葉や川辺を覆い隠す落葉によって、自然の中で台風はすでに過去の出来事となり、さらなる変化が次々と訪れているような気にもなる。イワナだろうか、産卵床を掘ろうとしたような跡も見ることができた。だが、違和感はあった。なにかが以前とは大きく違っていると感じていた。それは沢を埋める土砂のような、すぐに頭で理解できる類のものではなく、なんとなくもっと感覚的な違い……。
そしてハッと気づく。違和感は岩の白さだった。私の知るこの川の岩の多くは緑や茶色に苔むしていて、どちらかと言えば黒く濃い川だった。だが、台風の出水で流された無数の石や砂礫が、高圧で砂を噴出して研磨するサンドブラスターのように岩の表面を削り、この地質に多い石灰岩の白さを露わにしたのだ。
先にも触れたが、川の色がイワナの体色を決めると考え、この川に棲むイワナの濃い色に納得していた私は、この岩の白さを見て、初めて川に起こった大きな変化を実感した。そして一年に数回訪れるだけのこの川について、私はほとんど何も知らないのだろうと思う。この川に棲む魚が見ている風景、この川で生業を営む人が見ている風景、川の自然に近いところにいる者たちの見る風景について、ほとんど何も知らないのだと。
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