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DAIWA 源流の郷 特別編
DAIWA 源流の郷 特別編
豊かな森が水を育み、水がいのちを育みます。
次世代を担う子どもたちに、水の尊さを自ら体感して欲しい、と考えております。
源流の山里、そこに暮らす人々が森林を育て、その森林が生きた水を育み、そして海をも豊かなものへと保ちます。
水がいのちを育む、その源とも言える豊かな森林「源流の郷」をお伝えします。
源流探検部が行く 第14回
奈良後編 吉野川源流域の原生林「水源地の森」を歩く
奈良後編
吉野川源流域の原生林「水源地の森」を歩く
村が守る甲子園球場約200個分の原生林

地元の歴史がそのまま日本の歴史となる場所。それが奈良県だ。記録によると、奈良県南東部に位置する川上村では、文亀年間(1501年~1503年)に世界初とも言われる人工植林が行われたとされる。

川上村は、東を日本有数の降水量を誇る大台ヶ原を主峰とする台高山脈に、西を世界文化遺産「紀伊半島の霊場と参詣道」の修験道、大峯奥駈道の修行の場である大峯山(山上ヶ岳)を主峰とする大峰山脈に囲まれた山深い村だ。その歴史は縄文時代にはすでに人が住んでいたほど古い。

川上村は室町時代以降、吉野林業の中心地として発展し、明治時代には日本林業の父とも称される林業家、土倉庄三郎を輩出した土地だ。この村の人々のDNAには、山を守るという使命感が刻まれているのだろう。吉野川・紀の川の源流を守るために、川上村は1999年から2002年かけて水源地の森林を購入した。人工林が大半を占める林業の村に残されていた、まったく手が入っていない原生林だ。購入した原生林の広さは740ヘクタールと、甲子園球場約200個分に相当するという。なお、森林は自然が作った天然林と、植林などで人が作った人工林の二つに大きく分けられる。天然林のうち、人の手の入っていないものを原生林といい、日本ではわずかしか残っていない。多くの天然林は、薪を取るための薪炭林、いわゆる里山として利用されてきた。

色とりどりに紅葉する奥の山は原生林。手前の緑の山々は、よく手入れをされた人工林だ。

Vol.13でも紹介した通り、川上村は吉野川(和歌山県では紀の川と呼ばれる)の水源地の村として「川上宣言」を掲げている。川上宣言の中の「下流にきれいな水を流す」という理念を実現しようと、村が保全のために購入したのが「水源地の森」だ。そのため、一般の入山は村の条例により制限されている。

しかし、この水源地の森に足を踏み入れるチャンスが年に数回だけあるという。村から「水源地の森」の管理者として指定を受けている「森と水の源流館」が、森の保全や村の取り組みへの理解を広めるために実施している「水源地の森ツアー」だ。源流域を支える原生林を見るため、源流探検部も参加させてもらうことにした。

エネルギーが溢れる手付かずの自然

三連休の初日の、秋晴れの朝。森と水の源流館に「水源地の森ツアー」の参加者が集まった。ここから車で一時間の場所にある、水源地の森の入り口へバスで向かうためだ。

バスの中では、今回のガイドを務める木村全邦さんが川上村の自然について、子供から大人まで揃った参加者に話をしてくれた。大台ケ原に降る雨が注ぐ吉野川は暴れ川であったこと、そのためにダムが必要となったこと、水源地の森を守る川上村の人々の思い、この地にいたというカッパのこと。話に耳を傾けているうちに、村道の終点にたどり着いた。ここがツアーのスタート地点だ。

ツアーのスタート地点まではマイクロバスで移動。その間に、ガイドの木村さんがこの村の自然やダムについて解説してくれた。

空は雲ひとつない快晴だが、10月に降り続いた雨とその後に続いた台風の影響で、水源地の森ツアーの通常コースには倒木もあり、荒れ気味らしい。そのため、当初予定されていたコースが変更になった。「水源地の森」の原生林の中を少し歩いた後、「水源地の森」を囲むように広がる人工林を通って明神滝へ向かうという。原生林はもちろん魅力だが、500年続く吉野林業の舞台を歩くのも楽しそうだ。

村道の終点は、二つの森の入り口になっている。一つは、原生林である水源地の森、もう一つは明神滝へ通じる人工林だ。この二つの森の入り口に小さな祠があった。山の神だ。山で暮らす人にとって昔から大切にされて来た神様だ。こうした「山の神信仰」は、2016年(平成28年)に指定された日本遺産「吉野」の構成要素でもある。

山の神様にご挨拶をして、いざ水源地の森へ。

水源地の森の入り口に建てられた山の神の祠。山に生きる人たちにとって大切な神様だ。

入り口の木橋を渡ると、そこには色彩豊かな世界が広がっていた。薄い緑、濃い緑、少し黄色がかった緑。同じ緑でも、木によって少しずつ色が違う。

最初に出迎えてくれたのは、サワグルミの大木だ。葉がニッキ(シナモン)のような匂いのヤブニッケイの木もある。大きな岩にめり込むようにそびえ立つのは、樹齢約150年のモミの木だ。成長するために大きな岩を割り、自分が割った岩を根っこで抱き込んだまま育ったのだ。凄まじいまでの木のパワーこそが、この原生林のエネルギーなのだろう。

木々の間を通っているのは、吉野川へ注ぐ三之公川の支流、明神谷だ。この源流の水の流れは、のびのびと走り回る野生児のようだ。生まれたての水は大きな岩の上を滑り、小さな石の間を転がっていく。木々の隙間から差し込む光が澄んだ水面を照らし、まばゆい光を放っていた。

原生林の入り口には、ここが水源地の森であることと入山を制限する看板が。
水源地の森を流れる三之公川の支流、明神谷。吉野川・紀の川の源流だ。
銘木を生み出す吉野の山の秘密

原生林を出ると、今度は人工林に向かった。杉の植林が行われているので、元は木材搬出のための木馬(きんま)道だったという登山道が通っており、ここを歩いて明神滝へ向かうのだ。

山の中の人工林を歩いていて、気づいたことがある。斜面に植えられた杉同士の間隔が、ほかの地域の杉林に比べて狭い。びっしり植えられた杉は、1本1本が細いのだ。杉林の前で、ガイドの木村さんが教えてくれた。

「国有林では通常1ヘクタールに約3000本の杉の苗を植えるところ、川上村では約1万本も植えるんです。この強度の密植こそが吉野林業の特徴です。間隔を狭めて植えると、杉は光を求めてまっすぐ上に伸びていきます。すると、年輪の幅が狭まり、中身がぎゅっと詰まった、まん丸でまっすぐの良い木になるんですね。また、密植すると、杉の木は太陽が当たる場所だけを残して、余計な枝をつけません。すると、節もない木になるというわけです。そして、頃合いを見て間伐し、太い木を残していくんです。この木でも、50年は経っているんですよ」

木村さんは、そう言って直径15~20cmほどの細い木を指差した。他の地域では普通、杉は長くても植えてから70年~100年で切るそうだが、銘木「吉野杉」で名高い吉野林業地帯では200~300年は手入れを続け、ご神木のような大木の杉が並ぶようになるまで施業をするところも少なくない。つまり、自分より何代も前の人が植えた木を切り、数代先の人が切るための木を植える。それが吉野林業なのだ。川上村が、長期的な視点が必要な水源地の村づくりを目指すことができる理由がわかる気がした。

山の中にびっしりと植えられた杉の木。この密植が、質の良い吉野杉を生み出す吉野林業の特徴だ。

植林を行っている人工林と聞いていたが、登山道を歩いていると、杉以外の木が次々現れる。その度に、ガイドの木村さんと上西由恵さんが説明してくれる。枯れた葉から甘い匂いがするというタカノツメ。湿布に使われるサルチル酸メチルを含むミズメの木。すでに来年の蕾の準備を終えたクロモジの木。川上村ではその実をお餅に混ぜてトチモチにしていたトチの木。そして、忘れてはならないのが、トガサワラだ。

「日本固有の針葉樹で絶滅危惧種のトガサワラは、生きた化石とも呼ばれています。暗いところが苦手で、日当たりのいい尾根や崖などに生えているんですよ。そういう場所は乾いているので、川上では『カワキ』とも呼ばれていたそうです。トガサワラの松ぼっくりは、トガサワラボックリですね」

トガサワラの根元に落ちていたトガサワラボックリを木村さんが手のひらに乗せて見せてくれた。松ぼっくりに比べて1枚1枚のかさの面積が広く、バラの花のようにも見える。

「これは、芽が出て3年目のトガサワラです」

木村さんが指差したのは、斜面の苔の間から顔を出した、5cmにも満たない芽だった。トガサワラは30mもの高さにまで成長する木だ。この小さな芽がこれから重ねるであろう、気の遠くなるような時間を想った。

生きた化石と呼ばれる日本固有の松、トガサワラの木。
その松ぼっくりであるトガサワラボックリ。

木の根を避け、いくつもの木橋を越え、歩き始めて一時間以上経った頃。杉木立の向こうから轟音が聞こえてきた。明神滝だ。はやる気持ちを抑えて、根や岩に足を取られないよう、斜面を降りていくと、滝の全貌が目の前に現れた。

崖の上から滑り落ちた水は、まっすぐに藍色の滝壺へ向かっていく。滝壺では水と水がぶつかり合って風が起こり、同心円状に水しぶきが上がる。

ツアーの折り返し地点にある明神滝。滝の上から滝壺まで、遮るものが何もなく、まっすぐに水が落ちていく美しい滝だ。

その冷たさに、思わず滝に背を向けた。そこはちょうど二つの山の谷間になっていた。右の山は歩いてきた人工林、左の山は水源地の森の原生林。向かい合う二つの山の斜面は、驚くほど違う顔をしていた。

色々な木々が混じり合う原生林は、黄色や赤に色づいた木々が緑の木々の間で存在を主張している。一方の人工林は、整然と並ぶ杉の濃い緑に覆われている。人が立ち入らない山と、人が手をかけた山。吉野川紀の川を支える源流を生み出すのは、異なる美しさを持つ山々なのだ。

人の手で大切に杉が育てられている人工林。その隙間から見える向かいの水源地の森には、さまざまな草木が手付かずのまま残る。

林業の村として歴史を重ねながら、豊かな自然が今も息づく吉野川・紀の川の源流域、川上村。密植の杉林やトガサワラの木、手つかずの原生林など、源流探検部が毎月訪れている多摩川源流域の小菅村とはまた異なる魅力がそこにはあった。

けれど、ともに源流域を守る村である川上村と小菅村には、一つ共通しているものがある。それは、「下流にきれいな水を流したい、森林と自然を守りたい」という強い思いだ。

源流探検部では、人々の強い思いに支えられている自然の魅力をこれからもレポートしていきたいと思う。