多摩川の源流、小菅川。地元・小菅村の子供にとっては、昔からこの清流は格好の遊び場だったという。昭和58年に発行された小菅村郷土地誌によると、子供たちはカジカやイワナ、ヤマメと言った、食べられる魚を獲ることに夢中になっていたらしい。ヤマメやイワナと違い、カジカはなかなか釣れない。そこで、「ブッテー」と呼ばれる、竹で編んだカゴのような仕掛けに追い込んで獲ったそうだ。
次世代を担う子どもたちに、水の尊さを自ら体感して欲しい、と考えております。
源流の山里、そこに暮らす人々が森林を育て、その森林が生きた水を育み、そして海をも豊かなものへと保ちます。
水がいのちを育む、その源とも言える豊かな森林「源流の郷」をお伝えします。
毎回BE EARTH-FRIENDLY源流探検部をサポートしてくれる小菅村役場の青柳慶一さんも、小菅川で遊んで育った一人だ。
「僕たちの頃は、育成会といって、地区ごとの子供たちによる年間を通した活動があり、そこで大人が川遊びを教えてくれたりしました。今は学校や教育委員会が需要や体験事業として子供たちが川で触れ合う機会を提供しています」
いつの時代も子供たちを夢中にさせる、川という最高の遊び場。その魅力は何と言っても、そこに棲むさまざまな生き物と出会えることだろう。
探検部を自称するからには、ぜひ小菅川で暮らす生き物たちを見てみたい。そこで、梅雨の晴れ間のある日、NPO法人多摩源流こすげの鈴木一聡さんに隊長になってもらい、小菅川を歩きながら生き物を見つける探検に出かけることにした。
川原に降り立つと、先月よりも山の匂いがした。湿り気を帯びた、木と土の匂いだ。連日の雨を受けて、木々はますます葉を茂らせ、渓畔林は緑を深めている。
探検部員はいつも探検の時に履くトレッキングシューズを、今日は胸まであるウェーダーに履き替え、ライフジャケットを着る。これで、安心して川の中に入っていける。川の中の魚を見つける最強アイテムは、鈴木さんが用意してくれた箱メガネだ。
川原や渓畔林はこれまで何度も歩いてきたけれど、川の中に入るのは初めて。勝手のわからない探検部員たちの代わりに、まずは小菅っ子の青柳さんが先発隊として川の中に入っていく。
「いるいる!サイズは小さいけど、イワナがいますよ」
流れが崖にぶつかり、深くなってる淵を箱メガネでのぞいていた青柳さんが嬉しそうに探検部員を手招きした。
みんなで箱メガネをのぞくと、そこにはいつも見ている風景とはまったく違う世界が広がっていた。水が澄んでいるので、川底の石が手に取るように見える。その前を、木から落ちたばかりの鮮やかな葉が、くるくると回るように流れていく。でも、肝心のイワナが見えない。どこにいるんだろう。そう思って、もう一歩足を踏み込んで、腰を落として川底を見る。すると・・・
「いた!」
川底の石にへばりつくように、体長5cmほどの魚が5匹ほど並んでいる。上流に向かって泳いでいるせいか、流れ続ける川の中で、銀色に輝く魚たちだけが止まっているかのように見える。
「これはイワナですね。気温や水温によりますが、魚は深いところを好むんです。その方が、鳥に狙われにくいですから」
鈴木さんがさっそく教えてくれた。イワナは冷たい水を好む川魚だ。水温を測って見ると、14.3℃。イワナにとっても、ここは棲みやすい清流のようだ。
「鹿の足跡がありますね」
鈴木さんが川原を指差した。よく見ると、砂地に丸い窪みがいくつもある。言われないとわからないほど、目立たない窪みだ。
「この川原を、下流から上流に向かって歩いたんでしょう。ああ、フンもありますね。まだ湿っているから、そんなに時間が経ってないみたいですね」
もしかしたら、木々や茂みの間から、こっそりこちらの様子を伺っているのかもしれない。そう考えるだけで、ワクワクしてくる。
「あっ!」
探検部員が同時に声をあげた。50mほど上流の崖から、茶色い影が現れたのだ。
「あれはニホンリスですね」
鈴木さんがそっと教えてくれた。急斜面を音もなく滑り降りたリスは、川原の倒木の先端で立ち止まった。そして、こちらをじっと見ると、我に返ったのか、再び崖を駆け上がって行った。
「みなさん、運がいいですよ。僕もここでリスを見たのは初めてです」
鈴木さんの弾む声に、探検部員たちの顔もほころんだ。
川の中を歩いて上流に向かっていくと、深さがあり、流れの緩やかな場所にたどり着いた。こういう場所は、魚がいる可能性が高いという。
なるべく魚を驚かせないよう、順番にそっと淵へ近づいていく。下流で待っていたら、上流の探検部員から逃げてきた魚がこちらに気づいて、大急ぎでUターンをしていった。
「いるいる!」
先に見つけた探検部員から箱メガネを受け取って、川底をのぞく。すると、さっきとは違う魚が川底を並んで泳いでいるのが見えた。
「ヤマメですね。ほら、お腹に黒い楕円の模様があるでしょう?これはパーマーク(斑紋模様)と呼ばれるもので、ヤマメの目印なんです」
そう言うと、鈴木さんは腰まで水に浸かり、岩の下に手を差し込んだ。
「魚はびっくりすると、岩影に逃げ込みます。だから、こうやって岩の下に手を差し込むと、意外と捕まえられたりしますよ」
鈴木さんの指先は魚の背を触っているようだ。けれど、隙間が狭くて、これ以上手が入らないという。鈴木さんは残念そうに岩から手を離した。
上流に進むにつれて川幅は狭くなり、両岸の木が川を覆うようにせり出している。そのうちの一本の太い枝に、太い蔓がブランコのようにぶら下がっているのが見えた。
「藤の蔓です。僕らもぶら下がったことがあるけど、切れませんでしたよ」
万が一、蔓が切れて落ちても下は水面だし、しかも今日はライフジャケットを着ている。これはもう、ターザンごっこをするしかない!
川に入り、ぶら下がっている蔓を引き寄せる。Uの字の蔓に両腕を入れて上半身を預け、川岸を蹴ると、ふわりと浮いた身体が風を切った。目の前に近づいた大きな岩を思い切り蹴ると、蔓につかまった身体が反動で元いた場所へ押し戻された。無事、着地。
「うわあ、楽しい!」
このワクワク感、たまらない。見上げれば木々の緑、足元には澄んだ水面。これはまさに、自然のアトラクションだ。
川遊びの楽しさは、普段は使わない筋肉やセンサーを目覚めさせて、フル稼働させてくれる。そんな実感がある。子供たちが川遊びに夢中になるのもよくわかる。昔子供だった大人も、子供に戻ってしまうほどなのだから。
村に戻ると、近くで畑仕事をしていた年配女性と目があった。
「こんにちは」と挨拶すると、笑顔のその人は畑仕事の手を止めて言った。
「茱萸(ぐみ)の実、食べる?」
こっちへおいで、と呼ばれるまま近づくと、枝を渡された。見ると、ルビーのように艶やかな輝きを放つ、真っ赤な実がたわわに成っている。
お礼を言い、探検部員みんなで茱萸の実をつまむ。柔らかいその実を口に入れると、甘酸っぱさとかすかな渋みが口に広がった。売っている果物とはまた違う、自然そのものの味がした。
源流体験は、単に川の生き物たちとの出逢いだけではない。豊かな自然と暮らす人々を知る体験でもある。こんな自然と共存する源流域を知ることが未来を支える子どもたちにとって貴重な体験なのだろうと感じた一日だった。
一人でも多くの子どもたちにそんな体験を提供することがとても大切なことだと強く思った。