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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
世界が認める村、その自然活用の努力 (熊野川水系北山川源流)
世界遺産とユネスコエコパークの村
 いにしえの時代から修験者が行き交った大峯奥駈道。  吉野・大峯と、熊野三山を結ぶ大峰山脈のこの道は「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録されている。そんな大峯奥駈道の中で、最も険しいと言われるのが奈良県上北山村を通る約20kmの参詣道であり、標高は1,500〜2,000mとなり、ブナやトウヒの原生林が残る。  大峰山脈が通る上北山村の東側には、奈良県と三重県の県境となる大台ヶ原が広がる。標高1,300〜1695mの山が連なる大台ヶ原は雨が多いことでも有名で、年間2,000〜4,000mmもの降水量があり、熊野川(新宮川)、吉野川、宮川という三つの川の分水嶺となっている。  大峰山脈と大台ヶ原を擁する上北山村は、面積の97%を森林が占めており、熊野川水系の北山川の源流の村でもある。その自然の豊かさを表すかのように、大峰山脈と大台ヶ原は昭和11(1936)年に吉野熊野国立公園に指定されている。さらに、大峰山脈と大台ヶ原は、「大台ヶ原・大峯山・大杉谷ユネスコエコパーク」にも含まれている。  つまり、上北山村の自然は、世界遺産と国立公園、そしてユネスコエコパークとなっているのだ。  上北山村 企画政策課 主事の家本晃悟さんは「ユネスコエコパークは、生態系や生物多様性を守りながら、人間の暮らしと共存し、経済的にも社会的にも持続可能な発展を目指すというもの。この『大台ヶ原・大峯山・大杉谷ユネスコエコパーク』は、三重県大台町、奈良県の川上村・天川村・上北山村・下北山村・五条市・十津川村の7市町村にまたがっています」と説明している。  手つかずの自然が残る大台ヶ原と大峰山、大杉谷はユネスコエコパークの核心地域として厳格に保護されている。核心地域を取り囲むように緩衝地域が設定され、緩衝地域の周りが移行地域となっている※。
大台ヶ原は東大台と西大台に分けられるが、西大台にはブナ群落を中心とした原生的な森が広がっている。
この地域の特性を活かした自然との共生
 ユネスコエコパークの特徴は、単に自然を厳格に保護するだけでなく、緩衝地域をエコツーリズムや教育などに活用し、自然保護と持続可能な発展の両立を目指す点にある。 「ユネスコエコパークの強みは知名度が高いこと。持続可能な発展のための取り組みはSDGsの考え方とも重なっており、世界的に認められています。現在はコロナ禍の影響で観光面での活用が思うようにできていませんが、エコツーリズムの核としてのポテンシャルは非常に高いと考えています。上北山村域を含む地域がエコパークとして認められた要因として、昔ながらの暮らしが挙げられると思います。この地域は山が急峻で、農地がほとんどありません。狩猟や林業など、山の恵みをいただきながら暮らしてきました。だからこそ自然を活用しながら、自然をなくさないよう、努力してきたのです」  厳しく豊かな山と、そこで育まれる川。  その恵みをいただきながら人々が守ってきたのは、自然の豊かさだけでなく歴史であり文化だ。世界遺産やユネスコエコパークとして認められたのは自然の豊かさだけでなく、自然と共生し歩んだこの地域の人々の歴史と暮らしでもある。  ただし、課題もあるという。 「これは行政的な課題ですが、住んでいる方々の中には、ここがユネスコエコパークであるという実感が持てていない方も多いようです。ユネスコエコパークであることを経済的に活かせていないという点も課題です。『これはもったいないこと』、今後はその点も頑張っていかなければと考えています」
「大台ヶ原・大峯山・大杉谷ユネスコエコパーク」内に位置する、急峻な行者還(ギョウジャガエリ)岳をのぞむ景色。
大学教授がガイドを務めるツアーが魅力
 ニホンカモシカやツキノワグマ、天然記念物に指定されているヤマネなど、さまざまな生き物が棲む大台ヶ原は、西大台地区と東大台地区に大きく分けられる。  西大台地区は主にウラジロモミ-ブナの群落が広がっているのに対し、標高が高い東大台地区は主にトウヒ群落となっており、植生が異なる。東大台地区には大台ヶ原ビジターセンターや上北山村の物産店などがあり、自家用車で行くことができる。一方、西大台地区は環境省によって「利用調整地区」に指定されており、事前に入山手続きをする必要がある。上北山村には西大台地区と東大台地区の両方があることからも、この村の自然の豊かさが分かってもらえるだろう。  そんな大台ヶ原の自然を、この地を知るガイドが帯同しじっくり楽しめる機会がある。  環境省と上北山村が毎年行っている「神秘の森 荘厳の山 大台ヶ原を歩く」だ。  7〜9月の毎月1回の開催で、「東大台ツアー」「西大台ツアー」「自然ツアー」の3コース用意されている。  上北山村 企画政策課 主事補の三橋直人さんは、このガイドウォークについてこう説明してくれた。「大台ヶ原ではより安全に自然を楽しんでいただくため、一定の要件を満たした方をガイドとして登録する大台ヶ原登録ガイド制度を設けています。東大台ツアーと西大台ツアーは、この登録ガイドの案内で巡るコースです。自然に関する話、山の話。この地域の歴史についても知ることができます。一方、自然再生ツアーは『自然再生の取り組みとその後』を見ることができるツアーなのです」  大台ヶ原は昭和34(1959年)の伊勢湾台風などで風倒木の被害に遭ったことに加え、入山者の増加やニホンジカの増加などもあり、森林が衰退した。そのため、自然再生の取り組みが行われている。 「近年は、トウヒの稚樹をシカの食害から守る防鹿柵の設置などが行われています。自然再生ツアーは、防鹿柵を設置した場所を訪れ、自然再生の取り組みについて知ることができます。大台ヶ原自然再生推進委員会委員を務める奈良教育大学の松井淳特任教授をはじめ、三重大学や龍谷大学の先生が月替わりで特別講師を務めてくれます」  ただ山を歩くだけでなく、アカデミックな解説で植生や生態系について知ることができるとあって、リピーターも多いという。  大台ヶ原のガイドウォークは、自然を守りながら適切に活用する好例と言えるだろう。
大台ヶ原の正木峠は1959年の伊勢湾台風で多くの木が倒され、以降、陽の当たる地面にササが増殖。森が失われてしまった。
地域間連携で森を教育に生かす
 大台ヶ原の自然の活用は、観光だけでなく教育の分野でも始まりつつあるという。 「エコツーリズムの核として高いポテンシャルを持っている大台ヶ原を、観光だけでなく教育分野でも活用する動きが始まっています。こちらは環境省が主体となって児童生徒の学びや大学生の研究の場、企業研修の受け入れなどが検討されています。また、学校教育では近年、ESD (持続可能な社会の創り手を育む教育)への取り組みが広がっています。この地域の子どもたちに自然学習を通じて郷土に対する誇りを持ってもらえるよう、まずは先生にこの自然を知ってもらおうという取り組みがあります。これは、大台ヶ原・大峰山・大杉谷ユネスコエコパーク協議会の事業で、協議会を構成する7市町村の小中学校の先生に自然再生の取り組みを学んでいただいています」と、前出の家本さんが言葉を添えた。  急峻な山に囲まれた源流の自然とそこから生まれた文化。次の世代へと引き継ごうと奮闘する人々によって、その豊かさは今後も守られていくことだろう。    (文=吉田渓、写真提供=奈良県上北山村) ※ユネスコエコパーク3つのゾーン 核心地域:生物多様性の保全上、最重要とされる地域 緩衝地域:核心地域のバッファーとなる地域で、調査・研究、教育の場を提供する 移行地域:自然とともに発展する暮らしのモデルとなる地域