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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
今注目の「森林幸福度」ってなあに?
 世界幸福度ランキングをご存じだろうか。主観的な幸福度をGDPや社会的支援、健康寿命など6つの指標を使って分析したもので、国連の関係機関が毎年発表している。149カ国中、2021年の日本の順位は56位。これまでの順位を平均すると40位となっている。  一方、1位は4年連続でフィンランドだ(1)。そんなフィンランドと日本にはある共通点がある。それは森林率の高さだ。OECD加盟国の森林率ではフィンランドが1位、日本は3位となっており、どちらも面積の約7割を森林が占めている。  もしかしたら、森は何かを変えるきっかけになる可能性はないだろうか。  そんなことを考えていた源流探検部の耳に、「森林幸福度」という言葉が飛び込んできた。果たして森林幸福度とは何なのか。森林幸福度を研究している滋賀県立大学の高橋卓也教授に語ってもらった。
世界中で幸福度が注目される理由
 今、「主観的幸福度」に注目が集まっています。日本は戦後、めざましい経済成長を遂げましたが、一人あたりのGDPが8倍になっても、日本人の生活満足度はほとんど変化していないことがわかっています(3)。つまり、生活満足度といった幸福感の要因は経済成長だけではないというわけです。  これは日本に限った話ではなく、GDPが1万ドルを超えたあたりから生活満足度は頭打ちになると言われています。こうしたことから今、世界的に「主観的幸福度」に注目が集まっているのです。  実は、個人の主観的な幸福度を、収入や平均寿命などのさまざまな指標を組み合わせて計算する客観的な指標と合わせて、政策に活かそうという動きが世界中で起こっています。  その代表例がブータンです。ブータンでは国の発展を図る指標として、国民総生産(GNP)ではなく国民総幸福量(GNH)を使っている(4)ことが、日本でも話題になりましたよね。最近では、欧米や日本など38カ国が加盟するOECD(経済開発協力機構)でも、「Subjective Well-being(主観的幸福度)をどう測るか」というガイドブックを出しています。さらに、スコットランドやニュージーランドなどは幸福度を上げるための国家予算をつけており、ウェルビーイング経済政府連合をつくっています。  日本でも「経済財政運営と改革の基本方針2021」に「政府の各種の基本計画等について、well-beingのKPIを設定する」(5)(KPI=重要業績評価指標)と書かれているように、幸福度の指標をもとに政策を決めるという動きが始まっています。
幸福度が上がる森のアクティビティとは
 このwell-beingに注目しているのは、政治だけではありません。2001年から2005年にかけて、国連の呼びかけによって世界各国から生物や環境などさまざまな分野の専門家が集まり、「ミレニアム生態系評価(Millennium Ecosystem Assessment)」が行われました(6)。  ここで、生態系について説明しましょう。  生態系が与えてくれるさまざまな自然の恩恵を生態系サービスと呼びます。  生態系サービスには大きく分けて、①基盤サービス(土壌の形成)、②供給サービス(食料や水、燃料などの供給)、③調整サービス(気候調整、洪水制御など)、④文化的サービス(教育、レクリエーションなど精神面への影響)といった機能があります。  国連による「ミレニアム生態系評価」では、これらの生態系サービスとその変化が、human well-being、つまり人間の生活の豊かさにどう影響しているのかが示されました。  このwell-beingは、「安全」「豊かな生活の基本資材」「健康」「良好な社会の絆」「選択と行動の自由」という5つの要素から構成されるもの。例えば、私たちが「安全」に過ごすためには生態系の③調整サービスが重要ですし、「豊かな生活の基本資材」を得て「健康」に過ごすには②供給サービスで食料や水を確保する必要があります。  このように、私たち人間の生活の豊かさ、幸福度には自然が大きく影響しているというわけです。  こうした中、私たちの研究グループでは、金銭的側面だけでなく、「主観的幸福度」という側面から、人と森の関わりを見る「森林幸福度」の研究を行っています。森林幸福度とは、人が森林と関わることで感じる主観的幸福度を表すもの。  人が森林と関わる場面は、キャンプ、登山やスキー、動植物の観察、釣りや山菜採り、森林の手入れ、木工などさまざまです。こうした活動を通じて森林幸福度をどう感じているか、「満足度」「充実感」「プラス感情」「マイナス感情」という4つの指標で測定しています。  そこで私たちの研究グループでは2015年と2018年の2回、滋賀県の野洲川流域の住民の方にアンケート調査を行いました。どんなことが森林幸福度にどう影響するのか、どうすれば森林幸福度を増すのか、調べたのです。  その結果、わかったことがいくつかありました。  一つは、木工体験は森林幸福度を高める傾向にあること。もう一つは、周囲に自然が少ない都市の住民は森林幸福度が簡単に上がるということ。さらに、周りの人と付き合いが少ない方ほど、森林幸福度が上がりやすいこともわかりました。  森林幸福度はさまざまな活用方法が考えられます。最近、森林サービス産業が注目されていますが、森を舞台にしたアクティビティや、林間学校などの効果を調査する際も、森林幸福度が活用できるはずです。  また、幅広い意味での政策指標にも森林幸福度が活用できるはず。人間の幸福には自然や生態系サービスが大きく影響しますから、森林幸福度に基づいた政策提案を行うことで、長期的な社会経済便益の向上につながるでしょう。
森林幸福度から広がる可能性
 森と関わることで感じられる幸福感を客観的な指標で表すことができる森林幸福度。高橋教授によると、川との関わりによる幸福度を表す川幸福度、琵琶湖との関わりによる幸福度を示す琵琶湖幸福度など、森林以外の指標として展開できる可能性もあるという。  自然と共存する源流地域でも、観光や教育、まちづくりなどで森林幸福度が活躍してくれそうだ。
プロフィール
高橋卓也
滋賀県立大学 環境科学部 環境政策・計画学科 教授。京都大学農学部林学科を卒業後、製紙会社に勤務。2001年にブリティッシュ・コロンビア大学大学院資源管理・環境学プログラム博士課程を修了。2015年より現職。森林幸福度や企業の環境経営、PESなどの研究を行っている。


取材・文=吉田渓
教授写真=滋賀県立大学高橋教授提供