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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
マーケティングの視点から考える「源流の郷」の守り方
人口減少は、なぜ問題なのか?
 源流探検部を結成して三年半。その間、源流探検部が訪れた「源流の郷」は、全部で25市町村に及ぶ。「源流の郷」と一口に言っても、北は北海道から南は沖縄まで気候が異なれば森の姿、守ってきた文化も異なる。しかし、抱えている課題にはいくつか共通点がある。  そこで今回は、「源流の郷」が抱える課題について、奈良県立大学でマーケティングを教える大和里美教授に話を聞いた。地域マーケティングと観光マーケティングを専門とし、奈良県黒滝村の総合アドバイザーや、なら歴史まちづくり推進協議委員も務める大和教授は、山間部に共通する課題をこう指摘する。  「日本では今、東京を除く全国で人口が減少しています。日本は国土の3分の2が森林に覆われており、多くの山間部は林業を中心に地域経済が回っていました。その林業の衰退により、山間部の人口減少は深刻です。もともとの人口が少ないため、若者が進学や就職を機に都市に転出するなどの社会増減だけでなく、自然増減でも少子高齢化が進んでいるのです」  地域経済の落ち込みが人口減少を招き、人口減少が経済力の低下を招く。しかし、問題は経済面だけではないという。 「コミュニティの担い手が不足し、その機能が低下してしまいます。また、山の手入れをする人が減って環境を守るのが難しくなっています」
奈良県立大学の大和里美教授。マーケティングの側面から「源流の郷」の課題に取り組んでいる。
大和教授は総合アドバイザーを務める黒滝村にゼミの学生を伴い、源流文化に触れる機会を作っている。
 大和教授が総合アドバイザーを務める奈良県黒滝村は、吉野川紀ノ川の「源流の郷」だ。村の面積の97%を森林が占める村は少子高齢化が進み、人口は2020年9月1日時点で678人 (※1)。  この黒滝村のほかに、人口1,000人以下(推計)の村が奈良県内には三つある(※2)。いずれも「源流の郷」だ。というのも、奈良県では平成の大合併が進まなかったのだという。  平成の大合併とは、全国の自治体数を1,000に減らすことを目標に、平成11(1999)年から17(2005)年(※3)にかけて推進された市町村合併だ。これにより、平成11(1999)年に3,232あった市町村は平成22(2010)年には1,730となった。  「地域ごとに独自の文化をもち、プライドが高かったことが、合併が進まなかった主な原因です。また、最近はずいぶん道路が整備されましたが、奈良県南部は各町村が山で隔てられていて移動に時間がかかったことも原因の一つに挙げられます」  山が深く移動に時間がかかるからこそ、地域ごとの文化が育まれていたともいえる。  「私が以前、黒滝村と同じ吉野郡にある吉野町を調査した時のことです。町内外の方に吉野町のイメージを色で例えてもらったところ、町外の方の答えで圧倒的に多かったのが緑。しかし、町内の方、中でも代々林業や和紙に携わっている方の答えはほとんどが青でした。その理由も『蔵王権現が青だから』と一致していたのです」吉野町には修験道の開祖・役行者が開いた金峯山寺があり、その蔵王堂に青い蔵王権現が秘仏本尊として祀られているのだ。  「色一つとっても、その地域の歴史や文化、人々が大切に守ってきたものが現れていますよね。環境を守る上でも、地域の歴史や文化を理解することは大切なこと。しかし、人口が減少すると、地域の文化が継承されにくくなるという問題もあります」
地域の宝を見つける外からの目
 大切なのは、その地域ならではの魅力に気づくことだという。  「地元の方が『ここには何もない』と思っていても、掘り起こせばいろいろなものが見つかります。例えば、黒滝村は自生する苔の種類の多さが日本でもトップクラスだと言われています。黒滝村は宿泊施設や飲食店が少なく、観光客をたくさん呼び込むのは難しいのが現状です。だからこそ、『誰でもいいから来てもらう』のではなく、地域の強みを活かせるニッチな市場を狙って収益を高くする方が得策です。観光客数ではなく利益に目を向ける、つまり多くの観光客に来てもらうことを目指すよりも地域の価値に気づき、その価値を大切に考えてくれる地域にとって質の高い観光客に来てもらう。その方が、自然や村の人々が大切にしているものも守りやすいはず。『不便』『観光施設が少ない』という点はマイナスにも捉えられますが、見方を変えることでプラスになる可能性もあるのです。これは多くの源流地域にも言えることでしょう」  銀行員やテーマパークのマーケティング担当者といった職歴を持つ大和教授は、さらにこんな指摘をする。  「私から見ると黒滝村は宝の山そのもの。東京で開かれたイベントで、黒滝村で作った吉野杉の積み木を1,000円で販売したらまったく売れなかったのに、2,000円にしてみたら売れたそうです。吉野杉の積み木が1,000円のワケはないと思われたのでしょう。吉野というブランドを育てるとともに、質の良いものを、その価値に見合った価格で売ることも大切なのです」  とはいえ、ニッチを狙える「ここだけの宝」が何かわからないという地域も多いはず。  「その地域ならではの魅力は何なのか。それを見つけてくれるのが外からの目です。地域の方にとっては当たり前のものでも、外から見ると新鮮に映ることがあります。例えば、私は毎年ゼミ生を黒滝村に連れて行くのですが、昔、黒滝村で使われていた黒滝袴という野良着を、学生たちが再現しました。作業着なので動きやすいうえ肌にも優しく、履くと足が細く長く見えるんですよ。大阪の呉服屋さんでは外国の方にモンペが売れているという話を聞きますし、黒滝袴も販売したら売れるのではと思っています。地元の方も『若い子が履くとモダンやねえ』と魅力を再認識したようです」
源流文化に触れる奈良県立大学大和ゼミの学生たち。現在、黒滝袴の復刻に奮闘している。
源流域の「長い目で見る」力を大切に
 源流地域ではないが、外からの目が地域を変えた例は他にもあるという。  「熱海市では、2009年に市来広一郎氏が中心となって開催した『熱海温泉玉手箱(通称オンたま)』が、今も継続して実施されています。『オンたま』は、観光だけではわからない熱海の魅力を体験できる交流ツアーです。こうした動きを機に観光地として盛り返しただけでなく、まち歩きに参加した地元の方が町の魅力に気づいたそうです。ただ、課題は市来氏のような人材がなかなか現れないこと。特に山間部に住む若い世代はすでに経済基盤があることがほとんど。そのため仕事が忙しく、なかなか新しい事業を起こす余裕がありません。そこで有効なのが、他の地域との連携です」  好例として大和教授が挙げるのが、愛知県の山間部と都市部で行われた地域連携だ。山間部にある豊田市旭地区は林業と農業の衰退から危機感を感じていた。一方、名古屋の中心地に位置する長者町は人口減少に悩んでいた。そこで、旭地区の木材を長者町の町づくりに生かす協働プロジェクトが行われたのだ。  「すべてを一つの町や村の中で解決しようとするのは難しいもの。また、源流の問題は都市部の問題でもあります。私も含めて都市部では理解している人が少ないと思いますが、源流を守らないと下流を守ることはできません。人口減少などさまざまな課題もありますが、受け継がれてきた知恵や文化に誇りと自信を持っていただきたいと思います。そして、守るべきものを守りながら、取り入れるべきものはどんどん取り入れていただきたいですね」  ただし、連携事業を始め、さまざまな事業を行う上で注意して欲しい点があるという。  「短期的に収益を上げることを第一目標にしない方がいいでしょう。短期間に大きな収益を上げるには相当な宣伝広報や戦略などが必要になります。しかし、今の社会情勢でいきなり多額の投資を行うのは難しいでしょう。また、源流地域では、観光事業で都市部並みの収益を目指しても受け入れ施設が足りませんし、環境負荷も高まります」  必要なのは短期的な判断ではなく、長期的な視点だ。林業を生業とし、50年から100年単位で木を見続けてきた源流地域の人々は、もともと長い目でものを見るのが得意なはず、と大和教授は言う。  「大切なのは継続すること。黒滝村では、大正2年に建てられた旧役場庁舎で『たるまるカフェ』というコンサートを行っています。最初はなかなか人が集まりませんでしたが、続けるうちにリピーターが増えていきました。このように、村や町の内外の人々と時間をかけて信頼関係を築き、お互いがウィンウィンになる方法を探していくのがいいでしょう」  「源流の郷」には、「可能性は山ほどある」と大和教授。  水を抱く「源流の郷」。源流探検部では、「源流の郷」の一つひとつにある宝を、これからも探していこう。
日本遺産に指定された黒滝村の旧役場庁舎で毎月開催される「たるまるカフェ」は人気の音楽イベントに。
プロフィール 大和里美 奈良県立大学教授。銀行員、テーマパークのマーケティング担当などを経て現職。2地域の協働による価値共創や、移住・定住に関する価値共創、持続可能な観光にむけた対策などの研究を行っている。奈良県吉野郡黒滝村総合アドバイザー、なら歴史まちづくり推進協議会委員なども務める。著書に「観光の満足と地域イメージ-地域再生の観光マネジメント-」(大阪教育図書) などがある。 写真提供=黒滝村役場、大和教授  文=吉田渓