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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。 会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
「ええ山」を作って次世代に引き継ぐ源流の村(木曽川水系白川源流)
源流の村の東濃ひのきがブランド化できた理由
 ブランド木材として知られる東濃ひのき。岐阜県東白川村はその東濃ひのきの産地であり、木曽川水系の白川の源流域だ。そんな源流の村の山中を走っていると、いきなり目の前の視界が開けた。山の中に突然ぽっかりと開いた広場には、丸太が整然と積まれている。東白川村森林組合の原木市場だ。「ここに行けばいい原木が手に入る」と言われている原木市場で、約2週間に1度、入札市が開かれるという。  雪が舞う中、出迎えてくれたのは、東白川村森林組合・企画係長の大崎正秀さんだ。愛知県出身の大崎さんは、イベントで東白川村を訪れ、ノビノビとした子供たちの姿に村の魅力を感じ取り、移住したそうだ。原木市場を案内してくれた大崎さんは、小口をより高く上げた東濃ひのきの前で立ち止まって言った。 「こうやって高く上げてあるものは特に上質のもの。どこからでもよく見てください、ということなんです。樹皮を剥いてしまえば節の有無はわからなくなりますが、この木は樹皮があっても節がないのがわかりますよね。見てください。年輪がとても細かいでしょう? これで80年生なんです」(大崎さん)  断面に書かれた数字は原木の直径なので、これは36cmということになる。成長の早い地域では、このサイズのものはだいたい40年生だとか。そう考えると、いかに東濃ひのきがじっくり大切に育てられたかがわかるだろう。
東白川村森林組合の原木市場。約2週間に1度入札市が開かれる
東白川村森林組合 企画係長の大崎正秀さん
 森林率が約7割にものぼる日本では、各地に植林されたひのきがある。その中で、東濃ひのきがブランド材であり続けられるのはなぜなのだろうか。すると、大崎さんからこんな答えが返ってきた。 「それは、この地域の人々が『ええ山』を守ってきたからではないでしょうか。東白川の人々はよく、『ええ山』という言葉を使うんですよ」(大崎さん)  ええ山。それは具体的に、どんな山を指すのだろう。 「一言で言うと『健康な山』ですかね。この村の人々は山や木に対する愛情がとても深いように感じます。山に作業道を作る際、ブルドーザーで木をなぎ倒すやり方もありますが、ここでは曲がった木まで1本1本伐って山から下ろし、ちゃんと使おうとするんです。間伐や枝打ちがなされているため地面まで光が通り、針葉樹の間にクロモジやシロモジといった低潅木、下草が生えているんですよ」(大崎さん)
東白川森林組合では、森林管理の世界基準であるFSC®︎森林認証を取得している
 この村では昔から、農閑期に自分の山に入り、自分で手入れをしていたという。また、森林組合以外にも林業事業体があり、高齢者や遠隔地に住む人など、自分でできない人の代わりに手入れをしてきた。 「自分の山なら、おじいさんが植えた木だとわかっていますし、手入れを委託する場合も同じ村の人同士なので、植えた人や山の持ち主を知っているわけです。ですから、自然と間伐や枝打ちも丁寧になるのでしょう。施業後の山に入ると、感動しますよ。枝打ちした位置がどの木もほぼ同じ高さに揃っているんです。また、ここは水源の村ですので、村の人は昔から、木を伐ったらきちんと整地し、土が流れないようにしています」(大崎さん)  昔から山や木に愛情を注いできたからこそ、東白川村森林組合が「FSC®︎森林認証」を取得したのも自然なことなのだろう。ちなみにFSC®︎森林認証とは森林管理の世界基準のこと。 「この地域には、ハナノキ自生地やオオサンショウウオ、ニホンカモシカといった貴重な動植物が生息しています。この村の人々は『ええ山にしとかんと、生態系に影響する』と分かっているんですね」(大崎さん) ブランド材・東濃ひのきを育てているのは、「ええ山を作って次世代に引き継ごう」という人々の強い想いなのかもしれない。
木への愛情が溢れる源流の村の「ええ山」
 東白川村の「ええ山」をぜひ見てみたい。東白川村 産業振興課の辻普稔さんと栗本重秋さんにお願いすると、去年間伐したばかりの山林に案内してくれた。 そこは、山の中なのに明るかった。作業道も林の中も明るい。作業道を作る時に斜面の木を伐った跡だろうか。法面には細い木を縦に並べて丁寧に土留めがなされている。林の中の木の根元には、枝葉や細かく切った間伐材が敷き詰められていた。40年に渡って村の山林の管理に携わってきた栗本さんが、その理由を教えてくれた。 「枝葉を少しでも根付かせて、堆肥にするんですわ。それと、間伐する時は木を下に向けて伐るのが一番楽やけど、ここでは横に倒して間伐材を細かくするんです」(栗本さん)  それはなぜか。間伐材が迫(小さな谷)に落とさないようにするためだ。 「わしらは、迫入れ(間伐材を迫に落とし込むこと)は絶対にしちゃいかんと思っとるんです。FSC®︎森林認証でも迫入れは禁止となっているんですよ」と栗本さん。 谷は水が出るところ。そこに木を落とすと、水源を荒らすことになるからだ。この豊かな知恵を次世代に伝える取り組みも行われている。それが、東白川中学校の東白川緑化少年団だ。東白川中学校と村役場の産業振興課 林務商工係が中心となり、東白川村森林組合の協力を得て行われている。 「この活動を通して、わしらは中学生に『おじさんたちはこうやって自然を守ってきた。お前たちは時代に合ったやり方で守っていってくれよ』って伝えているんです」(栗本さん)
昨年、間伐が行われた山林。枝葉や間伐材を細かく切って根付かせ、土を豊かにする
中学生が全員体験する、水を作る山仕事
 東白川緑化少年団とは、どんな活動なのだろう。東白川中学校を訪ね、古田晃裕校長に聞いてみた。古田校長もこの村で生まれ育ち、山仕事の経験を持つ。 「本校では総合学習の時間を使い、1年生が緑化少年団として活動しています。4月中旬に村有林で入団式が行われ、ひのきの苗木を植樹するんですよ」(古田校長)  入団式の時に植林をするのは、この時期でないと苗木が根付かないため。 「6月には林業体験です。役場の林務商工係や森林組合の方々の指導を受けて間伐や枝打ちをして、薪を作ります。その薪は、全校生徒が一緒に給食をとるランチルームの薪ストーブに使われているんです。」(古田校長)  他にも水が湧き出ている源流点や、村と企業の実験林、治山工事のほか、川下の工場まで見学し、村で生まれた水が町でどう使われているかを見届けるそうだ。
東白川中学校の古田晃裕校長。村出身とあって、山仕事の経験を持つ
中学生の植樹風景
「1年の終わりには、ひのきで引き出しを作ります。これは自分のためではなく、次に入ってくる新1年生に、学校の机に入れて使ってもらうためのものなんですよ」(古田校長)  1年をかけて水が生まれる場所から使われる場所までを見届けるわけだが、それで終わりではないという。 「3年生の3学期には自分が植樹した木がどのように育っているかを確かめます。そして、卒業式にはひのきで作った卒業証書が生徒一人ひとりに贈られます。緑化少年団は昭和45年から始まったので、親子2代でこの活動を経験している人もいますね。本校では1年生で林業体験、2年生で職業体験、3年生の東京研修として東京在住の村出身者の方との交流を経験します。つまり、外に出る前に故郷を知るようになっているのです。同時に、山での体験によって、生徒たちは見通す力や洞察力を身に付けます。これはとても大切なことだと思いますね」(古田校長)
1年生の終わりに村産のひのきで引き出しを作り、新入学生に贈るのが伝統だ
中学校のランチルームの薪ストーブでは生徒が間伐材で作った薪を使っている
 半世紀近い歴史の中で東白川緑化少年団が植樹したひのきの数は2万4,830本。面積では8.28haにも及ぶ。苗木のように心も体も伸び盛りの中学生たちは最近、次の1年生を迎えるため、合唱の練習を始めたという。「ぜひ、聞いていってください」と古田校長に勧められ、練習場所にお邪魔すると、全校生徒56名が揃っていた。  女子のソプラノと男子のテナーがバランスよく響いて、心地よいハーモニーを奏でる。この村では進学や卒業を機に村を離れる生徒も多いという。 彼らを育んだ源流の自然と人々は、川下へ向かう彼らの心を支えてくれることだろう。
村の基幹産業である林業を体験する東白川中学校。全校生徒56人の合唱を聞かせてくれた