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川と釣りと……
今月の川 大川

新潟県村上市の山北地域を流れる県内屈指の清流。河口部を横切る国道7号線を、もう3㎞も北上すれば山形県となる。朝日連峰の山々を水源とする9つの川の流れを集めて名勝・笹川流れが岩を洗う日本海へと注ぐ。花崗岩質の川は明るく水は清らか。夏にはアユ釣りで賑わい、秋になるとサケやサクラマスが産卵遡上する。上流域には紅葉の美しいブナの里が広がり、水質に磨きをかけている。今回、ご協力をいただいた大川漁業協同組合は、東隣にある勝木川とともに、この大川のサケやアユ、サクラマスに関わっている。

釣りとも共通する魚と人との知恵比べ

孵化場の見学の後、平方組合長のご自宅でコド漁についての話を伺った。先にも書いたが大川のコド漁は、江戸時代以前から綿々と受け継がれてきた現在ではこの川だけに残る古の漁だ。元々は「コド」と呼ばれる四角い箱状の罠を組んで、そこに産卵遡上中のサケをおびき寄せることからコド漁と呼ばれた。現在では少しずつ簡略化され、多くは竹や笹を沈めて作られた「モッカリ」と呼ばれるものや、「オトリ」と呼ばれるサケをひもでつないだ仕かけも含め、全体の総称としてコド漁と呼ばれているようだ。

大川漁業協同組合の平方栄勝組合長。60歳を過ぎてからコド漁をはじめ、キャリアは10年ちょっと。「体が動くまでこの漁を続けたい」と話す。
アユの友釣りもたしなむ平方組合長の釣り道具部屋。コド漁のための道具も並べられている。
昔、使われていたというモリ。それぞれの先端に着脱式の鈎が付いている。現在は採卵用のサケを過剰に傷めないように使用禁止。

いずれにしても、注目すべきは全国的に川サケ漁の主流であるウライやテシなどの「一括採捕」ではないところ。罠を組むといってもそれは岸際の一部に設ける構造物のことであり、そこを通らなければサケはそのまま上流へと遡上することができる。また、コドにサケをおびき寄せても大きな釣り針状のカギで引っかけなくては、サケは獲れない。「コドでおびき寄せて」「カギで引っかける」という二つが組み合わさって初めてサケを獲ることができるのだ。

コド。正確には古来通りのコドではなく、簡略化されたモッカリと呼ばれていたもの。当記事ではモッカリやオトリなどの一連を総称してコドと呼ぶ。コドは漢字で「古笯」とも書かれることがあるが、正確な由来は知られていない。写真のコドは、鉄パイプで足場を組み、そこに「風見(かざみ)」と呼ばれる杉の木を立てて身を隠すための隠れ場所を組み、上流側には流れを緩めたりサケの隠れ家になる笹の束で作られた「シダ」が入れられている。
竹の棒の先端にカギが付いた漁具。これでサケを引っかける。魚体を痛めないようにカエシはなし。カギの形や素材も人によって異なる。アイヌがサケを獲る漁具であるマレップに似ているとの指摘もある。
カギは棒の先端に被さるように付けられていて、サケが掛かると外れて遊動式になる。ちょうど短い道糸で釣りをしているような格好になる。

サケを獲るにはカギで引っかける技術もさることながら、まずもってサケがコドに寄ってこなければ何も始まらない。サケが遡上するルートは流れによってある程度定まっていて、それは「イヨミチ」と呼ばれている。イヨミチは毎年、水量や地形の変化によって変わるが、コド漁に関わる人たちはある程度、サケが通りやすい所を把握している。

平方組合長が所属する府屋地区では、河口から500mほどを20の漁場に区分けしている(河口近くの右岸は一部他地域の区画になっている)。当然、漁場には優劣が存在する。それを参加する組合員に振り分けるため、毎年、漁期前にクジ引きを行うという。

「たとえば河口付近のほうが有利なように思いますが、川幅が広すぎると獲りづらい。また浅すぎてもサケが寄らないし、流れが早すぎても難しくなりますので、いい場所はある程度限られてきます。府屋地区の場合、漁場の優劣に応じて安い漁場で2万円、高い漁場には15万円の値を付けています。それぞれの漁場で希望した人全員がクジを引き、当たった人がその場所の漁業権を買うことで、漁期を通して独占することができるというわけです。昔、漁場の値段は入札制でしたが、それだと値段が吊りあがってトラブルの元にもなりますので、今では先に値段を決めるようになりました」

漁場が振り分けられると、あとは個人の知識と経験、技術がモノを言う。自分の漁場の性質に合わせて、いかに遡上中のサケが自分のコドに立ち寄ってくれるか、試行錯誤をこらすのだ。基本構造としては、まず川底の四方に鉄筋を打ちこみ、そこに単管(金属パイプ)を被せて支柱を立てる。さらに横にも単管を渡し、そこに板を張って足場を作る。その足場からさらに流芯側へと単管を伸ばし、コドやモッカリなどの仕掛けを設置していく。さらに山で切りだしてきた杉の木を並べ、「風見」と呼ばれる身を隠す壁を作る。重機などは用いず、すべて手作業で行うというルールはあるが、自分の漁場の流れや川底の地形を変えてもよい。

遠くから見ると、身を隠すための「風見」が良く目立つ。川辺の土手に林立する杉の木はコド漁ならではの独特な光景。
漁場の川岸にはいくつものコドが並ぶ。それぞれに仕かけた当人の知恵と思いが込められている。

今年、平方組合長に割り当てられた漁場は、強い流れにより足元が深く掘られた場所だった。そこで足場を組むと、笹の束で作った竹シダを流れに当てることで勢いを緩め、また隠れ家を作ることでサケを呼び込む工夫を凝らしたという。流れが緩んだ所には砂利が溜まるという川の摂理も手伝って、サケが留まる場所を作りだすことができた。さらにそこにオトリをつなぐことで、サケを寄せる効果をより高めることができるという。

「最初にカギで引っかけたサケの口とエラの所にひもを通して、泳がせておくんです。オスザケをオトリにするとメスザケが寄り、メスザケをオトリにするとオスザケが寄る、というわけです。コドはサケの通り道でもありますが、浅い所は産卵場にもなりますから、そういう場所は川底を洗って砂を飛ばし、サケがより産卵しやすいように手を加えることもあります。サケはペアになると産卵行動をしますから、それを見ているのも飽きません。逃すともったいないので、結局はカギで引っかいてしまうんですけどね(笑)」

オトリに使われていたサケのメス。水位が下がった川辺に横たわり絶命していた。
川に突き出た竹竿の先にひもが伸び、その先にオトリがつながれている。最盛期にはひとりで10尾ものオトリを出すことがあるという。その効果は絶大だという。

クジ引きで良い場所を引き当てても、サケを寄せる技術がなければ宝の持ち腐れとなってしまう。さらにカギで引っかける技術も人により差があるため、漁獲量には相当の開きが出るという。

「もうほとんど漁期は終わりだけど、俺は今年、170尾ぐらい獲ったかな。多い人だと700尾ぐらいひとりで獲りますから。やはりサケの習性を知っている人はたくさん獲りますよ」

現在、コド漁で漁獲したサケは自家消費やおすそ分けがほとんどだというが、昔もそれはさほど変わらなかったのではないかと平方組合長は話す。

「人工ふ化放流をするまでは、サケの遡上量も限られていたと聞きます。ここら辺は冬場になると海が時化て漁ができませんので、その間に漁獲できる貴重な魚だったと思います。サケは塩引きにすれば一年中食べることができますから。大切なタンパク源の恵みだったのだと思います」

人工ふ化放流事業に組み込まれている現在は、決められた稚魚数を放流することが漁業権を得るために義務付けられている。全国的に川のサケ漁は「人工ふ化にまわす卵を獲るために行っている」という名目なのだ。大川で放流する稚魚の目標数は毎年100万尾、途中で死んでしまうことを考慮して120万粒を採卵している。漁期は10月に始まり12月いっぱいまで行うこともあるが、採卵は作業効率を考え、漁の最盛期に集中して行うという。

「今年は11月25日に初めて12月3日までかかりました。その間がいわば、コド漁の最盛期に当たります」

2週間遅かったことを、改めて思い知る。明日も一日、大川に張りついている予定だが、サケが獲れる見込みは?と聞くと組合長は「もう終わりだから難しいよね」と首をかしげた。

当日は雪が強い風に舞う悪天候。すでに終盤ということもあり、川へ出ている人はいない。

自然繁殖が残されているゆえ?の多様性

最盛期の約1週間に獲られたサケの卵は人工ふ化へと回されるが、その間もカギをかいくぐりサケは川を上る。大川のサケ漁場は、大きく最下流の府屋地区から9つの集落に分けられているが、それを越えて遡上したサケには自然産卵が許されている。また、そこまで遡上しなくても、漁場自体がサケにとっては好適な産卵環境だ。試算はされていないが、自然繁殖による稚魚はかなりの数、海へと旅立っているはずだ。

一般的に人工ふ化放流に頼り切ってしまうと、サケの遺伝的多様性は低下してしまうと言われている。受精のために精子を取るオスの数は限られているし、採卵等の作業を集中する必要があるため、どうしても同じ時期に獲れる性質の似た魚ばかりを選んでしまうためだ。

大川のサケは、同じシロザケでも様々なタイプが上ってくるという。

「10月初めの最初の頃はワセイヨ(早稲イヨ)といって、まるでマスのような銀ピカで小型のサケがまじります。マス(サクラマス)じゃないかと思って北里大学の井田斉先生に見てもらったのですが、シロザケなのだと。2.5㎏ほどしかないけど5歳のメスであることもわかりました(サケの多くは3~5年で生まれた川に帰ってくる)。漁期の間に少しずつ獲れるサケのサイズが大きくなって、後半になると口がものすごく曲がった大型のオスが獲れるようになります。今年、オレが獲った最高は6.5㎏だけど、一番大きかったのは11㎏だったかな。そして終盤になるとメスの比率が上がってくる。メスが多く獲れるようになると、もう終わりだねという感じです」

遡上初期に獲られた銀ピカのワセイヨ。

さらに話を聞いていると、真っ青なサケや、赤いサケが上ってきたこともあるのだという。いずれにせよ、大川に様々な特徴を持ったサケが上ってくるのは、自然繁殖による恩恵だと考えたくなる。ダムもない清流で、漁場をくぐり抜けたサケはどこまで川を上っていくのだろうか。

日本海の潮風をたっぷり受けた塩引きをいただく

漁獲したサケは採卵に回す以外は基本的に自家消費もしくは親しい人へのおすそ分けとなる。塩引き作りは冬の楽しみにひとつだという。平方組合長もまた、自分の塩引きを作っている。海沿いに住む友人の家の軒先に吊るした今年の塩引きを見せてもらった。

玄関の軒先に吊るされた塩引き。冷たい雪が吹きつける。この湿った寒風がサケの身を熟成させる。
立派な鼻曲がりのオスも吊るされていた。

塩引きと言えば三面川の村上鮭が有名ですよねと聞くと「あっちはお侍さんのいる城下町だから切腹を嫌がって腹を繋げているけど、それはこっちには関係ないからね」と組合長。2008年に旧村上市、荒川町、神林村、朝日村、そしてこの山北町が合併して、現在こそ同じ村上市ではあるが、三面川が流れる城下町と、そこから30㎞離れた新潟県最北端の山北地区は別世界だ。

「大川は川が小さいからね、川に入ったサケの身の脂の乗り具合は海の定置網と同じぐらいなんですよ。メスの卵なんか、袋に入って筋子状態のものも多いぐらいですから。水がきれいな花崗岩の川だからサケもサクラマスもアユもとても美味いんです」

軒先に吊るされたサケを見ていると強烈な海風とともに雪が舞ってきた。「う~っさぶい!」と言いながらサケの状態を確認する組合長。息もしづらいほどの冷たい海風にさらされながら「この風なんだろうな……」と思う。そう、この湿った寒風が美味い塩引きを育むのだ。

組合長はずらりと30尾ほど吊るされた中から小ぶりな一匹を選ぶと「ハイ」と私に手渡してくれた。「大きいのはもう少し干さねばならないから。これならちょうどいいですよ」と。思わぬいただきものに感謝を告げて、その場を後にする。手作りの塩引き。大変なご馳走が車の後部座席に横たわっていると思うだけで、漁期がほとんど終わってしまっていた憂いも吹き飛んでいた。

川辺の小屋で作られていた塩引き。
燻製にされているものもあった。

不安定な大気による猫の目のような空の下で

翌朝、7時にホテルを出ると一路、30㎞先の大川を目指した。前日の組合長の話から、サケが獲れるシーンを目にすることは、半ば諦めていた。大川に向かう道中、強風に加えて大粒のヒョウがフロントガラスにバチバチ当たる。川辺に到着。不安定な大気の下、川に設置されたコドを見た。杉の木が斜めに倒れんばかりに風になびいている。

奇跡的に晴れ間がのぞいた一時、持ち込んでいたラテオ93Mを用いてシーバスを狙う。余裕があれば、サケと同じくこの時期に接岸する魚であるハタハタを意識した釣りをしてみたいと思っていたのだ。
だが、そうそう上手くは運ばない。青空を押しのけるように雷雲が押し寄せてきた。早々に退散。
突風が吹くと同時に、大粒のヒョウが降りつけてきた。

今日も漁は難しそうだ。だがコドはある。雪風舞う中、設置されているコドをひとつずつじっくり観察する。まるで三面川で知られる「種川」のような分流が設けられているものもある。洗われた砂礫が並ぶ棚のような浅瀬は「ホリ」と呼ばれるサケの産卵床を模して作られたものだろう。強い流れには笹のシダが水中に束ねて寝かされ、サケが安心できる休み場所となっている。ひとつひとつの仕掛けがサケへの問いかけだ。それは自然との問答であり、楽しさは釣りとも共通するものだろう。

サケを導く小さな分流を設けたコド。水量が減って機能を果たさなくなってしまったが、もう漁も終わりだ。

ふと上流を見ると、長い柄を持った人がいる。サケの様子を見にきたのだ。そしてためらう様子もなくカギを水中に入れると水面が割れた。サケが掛かったのだ!

急いで走り寄ると、小さなメスのサケだった。もうほとんど卵を産み終えた後のホッチャレ(放っちゃれ、の意味からつけられた産卵後のサケの呼称)だったが、漁獲されたサケを見ることができた。さらにもう一匹、今度はふっくらと丸みを帯びた大型のメスが引き上げられた。雪面に卵が飛び散った。

一瞬の出来事だったため、しっかりと写真に押さえることはできなかったが、カギで掛けてから引き上げるまでの躍動感が目に焼き付いた。サケとの頭脳的な駆け引きもさることながら、大きなものだと10㎏を超えるサケの躍動を竿で一身に受け止める感覚は、コド漁ならではのダイナミックな魅力と言えるだろう。体中に伝わる生命の躍動感。これもまた、釣りと共通した魅力だと感じた。

絶好のタイミングでサケを掛けてくれたのは組合員の竹田さん。サケが暴れ、水面がさく裂する。
サケから飛び散った卵。
たくさんの卵を腹に蓄えた立派なメスザケ。

楽しいからやる。その心持ちが伝統をつなぐ

組合長と川で落ち合うも雪風が強い。逃げるように大川漁協の事務所におじゃました。中には組合員の方々が石油ストーブを囲んで缶コーヒーで談笑していた。大川のサケの魅力、コド漁の面白さなどを伺う。なかでも組合長とサケについて意見を交していた平方光治さんはとても詳しい。色々とお聞きしていると「こんな時期に来てもダメだ!」と、取材タイミングの悪さを叱られてしまった。「大丈夫、名人が獲ってくれるからさ」と組合長。同じ「平方」の苗字を持つ組合長と光治さんは子どものころからの幼なじみ。光治さんは大川漁協の理事でもある。

気づくと光治さんの姿がない。外はほとんど吹雪なのに、組合長の言葉を受けて、ひとり漁へ出て行ったのだ。急いで後を追う。

光治さんは、足場の高い土手から水中に視線を凝らすと、瞬く間に一匹のサケを引きずりあげた。まだ銀色の鱗が残る産卵前のメスだ。その瞬間、厚い雲が割れて日が射した。あまりの急展開に興奮していると「卵入ってるから。それ、持っていけ!」と光治さん。さらに河口へと場所を移すと、冷たく強い流れの中に腰まで浸かると次々にサケを引っかけて浅瀬へと引きずっていく。波立つ水面の下、一体どうやってサケを見つけることができるのか? 足を踏み外せば流されてしまいそうな深みへと立ち込みながら、的確にカギを打ってサケを上げる。瞬く間に4~5本のサケを獲ってしまった。

獲られたばかりのメスザケ。
長い竿を巧みに操り、引きずるようにサケを浅瀬へといざなう平方光治さん。
暴れるサケの尾にはガッチリとカギがかけられていた。
沖から吹き付ける風に押された海水が川へと逆流し水位を上げる。それとともに入ってきたサケだろうか。コドから離れたイヨミチにいるサケも目で見つけて掛けていく名人芸。
大型のオスが掛かった。
漁期の後半に多くなる立派な体躯のオスザケ。

これまで、どれだけのサケをカギでかけてきたのだろう? 何匹の大川のサケを体で感じてきたのだろう。コド漁は自然繁殖の可能性を残した漁法。魚の多様性を担保する漁法。かといって「サケに優しい」なんてものではなく、たとえば繋がれたオトリは哀れだし、魚体に穿つ穴は大きい。このような漁について、頭だけで考えるのは違うと思った。

「オレも72歳ですけどね。それで年齢としては中間ぐらい。60歳をすぎないと仕事もあるからなかなかできない。前人から引き継いだ伝統の意識は確かにありますけどね、でもそれ以上に、みんな楽しくてやっているんです。漁場を得るために安くない金額を払って、毎朝暗いうちから出かけてサケを獲るわけです。誰に頼まれたわけでもないのに。趣味だからできるんで、仕事だったら絶対にやりませんよね」

前日に聞いた組合長の言葉が蘇る。サケ漁を行っているのは府屋で約20名、大川全体でも60名。300年を超える伝統漁の歴史は今、個人の楽しみに委ねられている。伝統文化を守ることには意味があるのだろう。だが、できることならば暮らしと結びついた自然な営みのままでいて欲しい。楽しいからやる、というのはとても自然な動機なのではないだろうか。光治さんの流れるような動作を見ながら、そう思った。

後日、いただいた塩引きの身をそぎ落とし、焚火にくべていただいた。ツンと鼻を通り抜ける熟れた風味と深い味わい。村上の料亭や民宿で食べた塩引きとはまるで異なる、非常にクセになる味だった。

写真・文:若林 輝

参考文献:『川は誰のものか――人と環境の民俗学』(菅 豊/吉川弘文館 2005年)

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