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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
急峻な山が守る北山村の奇跡の果実 (熊野水系北山川)
特産品「じゃばら」が村を支える理由
 「じゃばら」という果実をご存知だろうか。  花粉症に悩んでいる人なら、その名を聞いたことがあるかもしれない。「じゃばら」はユズやカボスなどの仲間の柑橘類だ。絶妙な糖度と酸度のバランスが良く、果汁たっぷりで、ほんのりとした苦味がスパイスとなっている。  そんな「じゃばら」の原産地が、和歌山県東牟婁郡北山村だ。熊野川水系の北山川上流に位置しており、森林率97%の村内には北山川支流の源流もある、自然豊かな村だ。和歌山県でありながら、和歌山県のどの自治体にも隣接していない、飛び地の村としても知られる。  そんな北山村特産の「じゃばら」の名前は「邪気をはらう」ことに由来しており、お正月の料理などで村の縁起物として使われていた。  「じゃばら」の始まりは、ある村民の庭に自生していた1本の木だった。その村人が「『じゃばら』の独特な美味しさは、きっと北山村の産業を支えるようになる」と考え、一本だけの「じゃばら」を広めようと立ち上がった。  1971(昭和46)年に専門家が調査したところ、新しい品種だということがわかり、村の特産物として栽培されるようになった。  ところが1999〜2000(平成11~12)年頃、生産調整が必要になるほど、「じゃばら」の消費が落ち込んだ。そんな中、毎年大量に買ってくれる人もいた。話を聞いてみると、花粉症の息子さんが「じゃばら」を愛飲していることを知り、その話がきっかけとなり調査が始まったそうだ。  2008年に発行された学会誌に岐阜大学医学部の湊口信也教授らが「スギ花粉症の症状とQOLに対する『じゃばら』果汁の効果(参考資料1)」という論文を発表し、「じゃばら」の知名度と人気は全国に広まった。  また、流通に乗せる上で不利だった、「交通のアクセスがよくない山間地」という地理条件もインターネット販売を開始したことで克服した。現在では村出資の株式会社「じゃばらいず北山」が加工、販売を行っている。「じゃばら」は、まさに村の経済を支える柱の一つになったのだ。   面積の97%を森林が占め、伐り出した木材を運び出すのも大変なほど急峻な山々が広がる北山村の環境は、「じゃばら」を守り育てていくのに適しているのだという。 北山村役場 地域事業課 副主査の小林賢司さんがその理由を教えてくれた。 「北山村の『じゃばら』には種がありません。村に一本あった原木から、接木によって増やしてきたのです。北山村では現在、約8,000本の『じゃばら』の木が山奥の『じゃばら畑』で栽培されています。花もない、険しい山に囲まれているおかげで、交雑することなく育つのです」  人々が大切に守ってきた「じゃばら」の木。それを守ってくれるのは、村の厳しくも豊かな自然なのだ。
北山村の特産品である「じゃばら」。「邪気を払う」ほどの酸味が特徴だ。
「じゃばら」の村を支えるもう一つの柱
 全国的に有名な北山村の「じゃばら」。幻の果実と呼ばれる「じゃばら」とともに、村の産業を支え、人々の暮らしに密着しているのが、村を流れる北山川だ。技術力の高さで知られた北山の筏師の文化を残そうと、観光筏下りが生まれた話は、前回(連載131回)で紹介した通り。しかし、村と川の関わりは、これだけではない。 「北山川では、民間の会社がラフティングを行っているほか、支流の源流付近でキャニオニングも行っています。北山村の北山川は、上流と下流にダムがあり、ダムに挟まれる形となっています。5〜9月にはダムから放水があるため一定の水量を確保でき、ラフティングや観光筏下りなどが楽しめるのです」  ラフティングを行っている民間の会社では、北山川のリバークリーンを行っている。川を守りながら観光活用を行っているが、課題もあるという。 「課題はダムの放水がある5〜9月しか、観光筏下りやラフティングができないこと。近年は民間業者の方がダム湖でSUP(スタンドアップパドル)のプログラムを始めようとしていますが、年間を通じて楽しめるアクティビティが川にもあるといいなと考えています。川にアドベンチャーパークをつくることができたら面白いですね。他にも、親水公園を整備して、お子さんからお年寄りまで、誰もが楽しめるようにできたらと考えています」
七色峡は「水が七色に光る」という逸話がある峡谷。隆起した岩の谷間をエメラルドグリーンの川が流れる。
川の水と暮らし、蛍を守る北山村の人々
 川は観光を支える大切な財産であるとともに、村の人々の生活にも密着しているという。村が整備した簡易水道ももちろんあるが、そのほかにも、集落単位で整備した昔ながらの水道が今も残っているのだという。 「村内には北山川の支流や谷がいくつもあり、上流に取水桝を設置して水を引いています。『○○(谷の名前)の水』などと呼ばれるその水は、各家庭に配られ田んぼにも送られています。各家庭では、その水で野菜を冷やしたり、車などを洗ったり。こうした水は地域ごとに管理されており、掃除なども行われています。山奥の谷の水をパイプで引いてくるのですが、そのパイプがきちんと地面に埋められているんです。その様子を見るたびに、『昔の人々はすごいなあ』と感じます」  就職を機に、茨城県から北山村に移り住んだという小林さんは、村内を流れる川の美しさを口にする。 「僕から見れば、今でも北山川は充分きれいです。でも、地元の方は、『ダムができる前はもっときれいだった』と言いますね。村には北山川だけでなく、小さな川や谷もたくさんあります。毎年、ホタルが見られるところでは、地元の方が保存会をつくって活動しているんですよ。村の方でも河川の環境を守る条例づくりを進めており、環境を守りながら地域振興や観光につなげていけたらと考えています」  人々の生活や生業を支える熊野川水系北山川と支流の水。それを育むのは、村の面積の97%を占める森林だ。 「北山村の山は急峻で木を搬出するのが難しく、産業としての林業が成り立ちにくいのが実情ですが、森林組合の方々が間伐などを行い、環境維持を行っています。こうした山や川のことをもっと子どもたちに知ってもらおうと、地元の中学生を対象に、今年から林業体験を始めました。実際に伐採を見学し、林業の仕事が山や川にどう影響しているのか、知ってもらう予定です」  厳しい自然環境の中、生業を守り、継承してきた北山村の人々。時代の変化に合わせてその生業を発展させていくその力強さと情熱は、この地を守り続けていくことだろう。
ホタルが舞う様子を楽しめる北山村。この自然を守り続ける努力が続けられている。
さて、これまで訪れた各地の源流では、水の美しさ、緑の濃さに感動した。しかし、それ以上に心打たれたのは、「きれいな水を下流に」という源流の人々の思いと、源流を守る源流文化の豊かさだった。水と、それを支える源流の自然。源流の問題は源流だけでなく、川の中流、下流、都市に至るまで、すべての人に関係する問題だ。だからこそ、すべての源流とそこに住む方々に感謝し敬意を表したい。
文=吉田渓 写真提供=北山村