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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
最前線が抱える森林管理の課題
3%の人口の地域が森林の多くを守る日本の現実 地球規模の気候変動によって自然環境への関心が高まり、そしてサステナブル(Sustainable)が様々な視点から注目されている。一方、この日本でも頻発する土砂災害における防災意識、またウッドショックなどもあり、森林への関心が高まりつつある。日本は面積の約7割を森林が占めており、まさに木と森の国だ。その森林の多くは、森林率が高いものの人口が少ない地域・振興山村に広がっている。しかし、振興山村に住む人の割合は、日本の総人口の僅か3%(参考資料 ① ②)。しかも、近年の林業政策では市町村が大きな役割を担っている。日本の森林の多くは、日本の総人口の約3%の人々が守るというのが現状なのだ。私ども源流探検部がこれまで訪れてきた源流の町村の多くもこの中に入っている。こうした地域でいかにして森林を守っていけばいいのか。『森林を生かす自治体戦略─市町村森林行政の挑戦─』の編著者である北海道大学大学院農学研究院の柿澤宏昭教授に語ってもらった。
森林管理の最前線が抱える問題
 今、日本の森林行政の最前線は市町村となっています。というのも、森林のルールを定め、森林施業に関する管理や監督を行うのは市町村となっているからです。  ところが、多くの市町村では、地域の森林をしっかり管理・監督できる状態になっていません。というのも、森林を管理・監督するためには森林や樹木の知識だけでなく、自然環境をどう保全するか、木材をどう扱うか等々、さまざまな専門的な知識が必要です。  そのため、国や都道府県などでは、大学の森林関係のコース出身者や、農業高校の林科などで専門教育を受けた人材を林業職として雇用しています。しかし、市町村では、こうした専門知識を有する森林・林業の専門職員を雇用することが難しいのが現状です。 そのため、市町村では一般職員が森林担当となる場合が多いのですが、役場では2〜3年で異動があり、森林関連部門も例外ではありません。せっかく知識や経験を積んでも異動することになってしまうのです。森林を生かして地域活性化に結びつけようという動きもありますが、職員が熱意を持って取り組んで知識や経験を積んでも、森林の保全・活用に長期的・継続的に関わるのが難しいのです。これは多くの市町村が抱えている組織的な課題なのです。  市町村単位で森林や林業の専門職員を抱えるのが難しくても、自治体の中で森林の重要性を共有し、担当職員が長く携わって専門性を身につけられる体制があればいいですね。異動が必要な場合も、前任者の知見がうまく引き継がれていくことが重要です。
森林を守るには、専門知識のある人材や長く関わる仕組みなどが必要なのだろう。
森林専門職員がいる豊田市が進める森づくり
 こうした中、組織体制を見直し、工夫している自治体も出てきています。  その代表例が、愛知県豊田市です。  現在の豊田市は、矢作川の上流に位置する6町村が旧豊田市に編入する形で2005年に誕生しました。新しい豊田市は、日本を代表する工業地域でありながら、矢作川上流に広大な森林を所有する自治体となったため、防災の面からも森林への関心が高まりました。  そこで、豊田市では合併後に産業部の中に森林課を設立し、その事務所を山間地区に置きました。この森林課では専門職員を配置したほか、森林行政担当の職員を1.8倍に増やしています。また、庁内で専門職員が育てられるようにしたり、専門職員を継続して確保したりなど、知識と経験のある人材を確保することに成功しています。  森林の専門職員を充実させた豊田市では、他にも独自の取り組みを行なっています。それが、森づくりを話し合う「とよた森づくり委員会」(3)の設立です。これは森林所有者や学識経験者、森林事業者、公募市民などが、森づくりに関する条例や長期計画について話し合う組織で、2007年には豊かな森林を次世代に継承するための「豊田市森づくり条例」(4)が制定されました。同時に「豊田市100年の森づくり構想」を策定し、自治区ごとに「地域森づくり会議」を設立して、間伐を進めていきました。2018年には「新・豊田市100年の森づくり構想」(5)が策定され、岐阜県立森林文化アカデミーが森林組合職員の研修を行うなど、人材育成を行っています。  豊田市の場合、トヨタという大企業があり、財政基盤がしっかりしているため、独自の森林体制が可能になった面もあります。しかし、豊田市の林業への支出は突出して高い訳ではありません。1978年に愛知県と矢作川流域20町村が設立した「矢作川水源基金」や、旧豊田市時代から積み立ててきた市独自の「豊田市水道水源保全基金」、2007年度に設立した「豊田市森づくり基金」、2009年度に愛知県とつくった「あいち森と緑づくり税」が豊田市の森林整備の財政基盤となっています。  最近では、豊田市を中心に、東海・近畿・北陸の自治体の森林担当者が意見交換できるようなネットワークづくりも行われています。
北海道大学の柿澤宏昭教授。 生態系保全を基本に、多様な人々の協働によって構築された森林管理等を研究している。(写真提供:柿澤教授)
小さな村が森を守れる理由
 一方、小規模な自治体が民間と組んで独自の森林政策を行っている例もあります。それが、岡山県の西粟倉村です。面積の95%が森林で、その84%が人工林という地域です。  「平成の大合併」の際、合併しないことを選んだ西粟倉村では、2007年に「百年の森林構想」(6)を立ち上げました。これは、約50年前に植林された森林を村ぐるみで守り、50年後に「百年の森林」にしようというもの。「百年の森林構想」では、役場が主体となって森林所有者から森林を預かり、集約的に森林整備を行う体制がつくられました。森林整備を通じて地域材から商品開発し、地域活性化を行う事業も行っています。  西粟倉村の特徴は、これらの事業をベンチャー企業と協働で進めてきたということ。こうした民間企業との協働だけでなく、第三セクターや森林組合がきちっと地域全体の森林や林業を担える人材を確保しておき、うまく行政をサポートするというやり方をとっている地域もあります。最近は、森林環境税の仕組みを使ってアドバイザーを雇用しているケースも出てきています。  森林の管理そのものは、市町村有林を除いては役場が直接行うわけではありませんし、木材活用もレクリエーションにしても役場ができることは限られています。だからこそ、森林の管理や、森林・木材の活用をする際は、専門性を持った人に携わってもらわなければなりません。自治体は全体のコーディネートや森林管理のルールづくりを担い、その上でいろいろな人たちとネットワークを作ることが重要だと言えるでしょう。
岡山県西粟倉村では「百年の森林構想」を立ち上げ、集約的な森林整備や地域材を使った商品開発などを行っている(写真提供:柿澤教授)
その地域にあった森の守り方を
それぞれの市町村によって、地形も森林の姿、管理のあり方も異なるもの。柿澤教授の「独自の森林管理を確立できている地域は、関係づくりができている」という言葉が印象に残った。源流探検部がこれまで訪ねた源流地域でも、熱意ある自治体職員が中心になって民間企業やNPO、森林組合、住民と協力しあいながら、「どうやって自然を守るか」を考えていた。森林を守り、地域を守る地域の奮闘を、源流探検部では今後も応援していきたい。
プロフィール 柿澤宏昭 北海道大学大学院農学研究院教授。1995年から2年間ワシントン大学森林資源学部客員研究員を務めたのち、2006年より北海道大学森林政策学研究室教授に就任。生態系保全を基本に多様な人々の協働によって構築された森林管理の研究をおこなっている。最近の編著書に『森林を生かす自治体戦略─市町村森林行政の挑戦─』(日本林業調査会)などがある。 写真=田丸瑞穂 取材・文=吉田渓