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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
森林幸福度からわかる「森林所有者の本音」
 今、世界各国で注目されているキーワードの一つ、「well-being」。  これは、経済成長だけにとどまらない、生活や人生全般の満足度や幸福度を表す言葉だ。日本でも2019年から内閣府が人々の総合的な生活満足度、つまりwell-beingに関する調査を行っている(1)。その調査では公園や森林率といった自然環境も、満足度に関係する指標として使われている。そんな中、進められているのが「森林幸福度」の研究だ。  滋賀県立大学の高橋卓也教授によると、森林幸福度は森林との関わりが人々の幸福にどう影響するのかを人びとに尋ねることで測るというもの。では、源流地域などで森林を守り続けてきた人々の森林幸福度はどうなっているのだろうか。高橋教授に語ってもらった。
立場で変わる?「森林幸福度」
 森林幸福度は、森林に関わるさまざまな活動が、その人の主観的な幸福度にどう影響しているかを客観的に測定するものです。「満足度」「充実感」「プラス感情」「マイナス感情」の4つで構成されています。  前回もお話しした通り、私たちの調査では、木工体験は森林幸福度を高める傾向にあることがわかりました。また、動物観察はプラスの感情を高め、マイナス感情を低くする傾向が見て取れました。そして、登山やスキーで森林に行く人は満足度と充実感が高まり、プラスの感情が高く、マイナス感情が低くなっています。  このように、森林に関わる個人的な活動は満足度を高めます。特に、自然が少ない都市の住人ほど、森林幸福度は上がりやすいことがわかっています。  では、実際に森林を所有し、関わっている人の森林幸福度はどうでしょうか。  実は、森林所有は「満足度」「充実感」「プラス感情」「マイナス感情」の4つの森林幸福度をいずれも低くすることがわかっています。今は昔に比べて材価が下がっていますし、山を持っていれば税金もかかります。森林を維持管理するのは大変ですから、森林所有者の負担感が大きくなっているのでしょう。  では、こうした森林所有者の森林幸福度が下がらないようにする手はないのでしょうか。もう少し、詳しく分析してみると、森林所有の幸福度が下がりにくくする要因が三つ見つかりました。それが、①木工活動、②のんびりするために森林に行く活動、③高い年齢、の三つでした。なぜ年齢が高い方が下がりにくくなるのか、はっきりしたことは言えませんが、高齢の方ほど、植樹した経験があり、森林との関わりが深いことも影響しているのかもしれません。この調査を行った滋賀県の野洲川上流地域は、昔から学校林が盛んなのです。すると、子どもの頃に木を植えていますから、そうした記憶があるのかもしれませんね。
幸福度が下がりにくい森林所有者とは?
 さらに、森林所有者に限定して詳しく分析してみたところ、森林幸福度が下がりにくい人がいました。それは、以下の条件に当てはまる人です。 ① 財産区(共有林)の役員を務めること ② 所有する森林の人工林率が高いこと ③ 所有する森林の境界を把握していること ④ 過去一年の収入・収穫があること  森林には個人所有だけでなく、地域で所有する共有林などもありますよね。それらを管理する財産区の役員などを務めている方は、幸福度が下がりにくいようです。また、②のように所有する森林の中の植林の割合が高いと過去に手間暇をかけていますので、森林への愛着が高くなるのでしょう。③の境界についてですが、山には何人もの所有者がいて、境界線がわからなくなっているケースも多いもの。だからこそ、自分が所有する森林の範囲がわかっているということは森林への愛着につながるのでしょう。さらに、④のように直近で森林関連の収入や収穫があると、幸福度は上がるようです。一方、過去に森林に関する収入や収穫が高かった人ほど、今と昔を比べてしまい、幸福度が下がる傾向にあるようです。  このように、森林に対する愛着が所有者の森林幸福度に影響しているようです。しかし、その愛着は、所有者の方が何らかの行動を起こしたからこそ感じられるもの。その行動に着目することも、幸福度の低下を防ぐポイントになるかもしれません。
労力が必要な森林の管理。その所有者の森林幸福度も目を向ける必要がある。
森の中での生態(動植物の)観察はプラス感情を高めてくれる傾向にあるという。
それでも人間には森林が必要だ
 世界的に見て、先進工業国になるほど森林の面積が増えて再生し、さらには森林飽和の状態になると言われています。日本はまさに森林飽和の状態になっており、質の向上を目指すべき段階に入っています。そこで必要なのは人間が森林に関わること。だからこそ、森林に対する主観的な幸福度を見ていく必要があると考えられます。  ただし、自然と関わりが重要なのは工業先進国だけでなく、発展途上国も同様です。近年、世界各国で、自然から遠ざかることで心身の不調が起こる自然欠乏症候群が注目されています。都市化が急速に進む発展途上国でも先手を打っておく必要があるでしょう。  地球の環境保全を考え、そして維持する上で、この森林もなくてはならない1つです。  森林にはさまざまな生態系サービスがあります。例えば、食料や木材といった自然の恵みを与えてくれますし、水を育んだり浄化したりもしてくれます。また、気候を調整したり、洪水制御をしたり、レクリエーションや教育の場にもなってくれます。  しかし、今は森林所有者の多くが、森林を維持管理していくことに対し、負担感を持っています。だからこそ、森林所有者だけでなく、社会全体で見ていく必要があるといえるでしょう。そのためには、森林を取り巻く人々の一面的ではない感情を含めて知る必要があります。  その精査をする際の指標として、森林幸福度を使えたらと考えています。  では、社会全体で森林を維持管理するには、どんな方法があるのでしょうか。  例えば、自然環境配慮商品の販売や環境配慮型農林業、PES(本連載108話で紹介した「生態系サービス支払制度」のこと)などがあります。ヨーロッパでは水に関係したPESのマニュアルが作られており、私もオブザーバーとして参加しました。  日本でも都道府県の森林環境税がすでに導入されています。例えば高知県では年間の県民税に500円を上乗せして徴収され、間伐や獣害の防止、ボランティア活動の補助、森林環境教育の実施、木材の積極活用などに使われています。現時点(2021年12月)、47都道府県中37府県で導入されています。林業予算の方が額としては大きいのですが、合意形成をしたうえで、自然の恩恵を受けるみんなで負担する仕組みをつくったことに意味があるのではないでしょうか。  この仕組みは、森林の維持管理が遅れているところ、林業にたくさんお金を使っているところ、財政指数が悪いところほど早く導入されています。意外なのは、水不足が多い地域ほどかえって導入が遅かったこと。いずれにしても、森林についてみんなで話し合うことに意味があると言えるのではないでしょうか。
社会全体で森林を守っていくために
少子化高齢化による山の担い手不足、長く続いた材価の低迷、獣害など、源流地域やそこで森林を守り続ける人々はさまざまな課題を抱えている。水を育む森林は生きている人すべてに必要なものだが、都市に住んでいると森林を守り続ける難しさになかなか気付かないのも事実。森林幸福度は、森林とともに生きている人の思いに光を当てる可能性を秘めている。その思いを知ることは、社会全体で森林や源流地域の自然を考えることにつながっていくはずだ。
プロフィール
高橋卓也
滋賀県立大学 環境科学部 環境政策・計画学科 教授。京都大学農学部林学科を卒業後、製紙会社に勤務。2001年にブリティッシュ・コロンビア大学大学院資源管理・環境学プログラム博士課程を修了。2015年より現職。森林幸福度や企業の環境経営、PESなどの研究を行っている。




取材・文=吉田渓
写真=田丸瑞穂
教授写真=滋賀県立大学高橋教授提供