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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
源流を支える森、日本と世界はどう違う?
日本の森林率が先進国の中で高い理由
 北は北海道から南は沖縄まで、源流探検部では日本各地の源流域を訪ねてきた。それでも、源流探検部が訪れた場所は、日本にある無数の源流域の一部にすぎない。日本のあちこちに水が湧き、人が集まり、日々の暮らしを営む。そんな水と人との関係を支えてきたのが森林だ。  現在、日本の面積の68.4%は森林が占めている。実は、先進国で構成されるOECD加盟国では、日本は3位と高い森林率を誇る(1)。世界という視点から、この国(日本)の源流を支える森林の姿はどう見えるのだろうか。そして、世界の森林はどうなっているのだろうか。  そこで今回は、国連食料農業機関(FAO)などで国内外の環境資源政策に携わってきた上智大学大学院地球環境学研究科の柴田晋吾教授に、日本と世界の森林の現状について話をお聞きした。  「日本は気候が温暖で雨が多く、生態系も豊かです。また、海外とは違って日本は急峻な森が多く、山イコール森となっています。江戸時代は一面はげ山だったのが、今や森が溢れている状態だとも言われます。そして、 日本の森林の特徴の一つとして4割は人が作った人工林だということがあります(2)」  日本の温暖多雨な気象条件は木が育ちやすく、林業に適している。山が急峻という難しさはあるが、恵まれた気象条件のもと、伝統的にスギやヒノキが植えられてきた。  「林業では単一樹種を植林し、維持するというスタイルが一般的です。しかし、それを維持するのはとても大変なこと。温暖多雨な日本では、放っておけばどんどん草や他の樹種が生えてきますから。単一樹種を育てる植林は、いわばこのような自然力に抗して育てていかなければならないため、手間がかかるのです。第二次世界大戦後、はげ山などの植林が進められただけでなく、源流などに多いブナなどの天然林も材価の高いスギやヒノキに変えられていきました。いわゆる拡大造林です。しかし、今は私有林の3分の2は十分に手が入っていない状況です。放置された不健全な状態の人工林を豊かな森に変えていかなければなりません。」  手入れが行き届かない人工林が多い現状を変えるには、何が必要なのだろうか。 「近年は、国や地域レベルの計画でも複層林やいろいろな樹種を入れた混交林が推奨されるようになりました。さらに、森林整備に必要な地方財源を安定的に確保するため、2024年から国レベルの森林環境税の課税も始まります。森林環境譲与税の方はすでに施行されていますので、これらの資金を十分に活用して、豊かな森づくりを行わなければなりません。」
日本では古くから植林が行われ、戦後には拡大造林が広がった。現在、森林面積の約4割を人工林が占めている。
生態系立脚型管理への転換を導いたニシアメリカフクロウ紛争
 こうした国レベルの取り組みに加えて、最近ではドラマでも林業が取り上げられるなど、日本でも森林への注目は集まりつつある。  では、海外では森林とどう向き合っているのだろうか。  「森が平坦で大規模開発しやすい地域では、ユーカリなどの早生樹種をどんどん植えるということがあります。ユーカリは成長スピードが非常に早いため、ユーカリをどんどん植えれば、二酸化炭素をどんどん吸収・蓄積してくれるわけです。しかし、外来種のユーカリばかりを植えた森を作っても、地域の生き物も棲めず、豊かな森であるとは言えません。森は奥深く、多元的なものです。木材生産然り、二酸化炭素の吸収然り。人間の要求はとどまるところを知りませんが、一つの目的の極大化を目指すと持続可能ではないというのが20世紀の教訓の一つです。」  木材生産という視点だけで森を見ることがいいことなのか。  アメリカはじめ欧米各国ではすでに40年近く前にそうした議論が巻き起こったという。  「アメリカでは1970年代以降に木材需要が高まり、連邦有林は皆伐方式でどんどん伐採されていきました。原生林がほとんどなくなってしまった頃に、ニシアメリカフクロウ論争が起こりました。樹齢300年の老齢林を伐採すれば、高い価格で販売できますが、老齢林にしか棲まないフクロウの棲み処が失われてしまいます。アメリカではNPOが強い力を持っており、フクロウの生息域の森林伐採に対する反対運動が起こったのです」  それが1980年代後半のこと。これがきっかけとなって、アメリカでは森林に関する認識が1990年代始めに大きく変わることになった。  「森林サミットにクリントン大統領(当時)が出席し、大統領主導で『原生林は生態系としての管理をすべきだ』という方針に大きくパラダイムシフトしたのです。それまでは『木材生産の持続を目指せば、自動的に森の他の価値も持続するだろう』という考えが世界的に支配的でした(予定調和論)。しかし、それではダメだということがこれらの論争を通じて明らかになったのです。日本も例外ではありません。今日、世界自然遺産とされている日本の知床や白神山地も80年代に同じような論争がきっかけとなって生まれたものなのです」
源流域では森林が水を育み、湧水が表れ、川となる。森林は多様な生き物を育む場所なのだ。
EU森林戦略が目指す「多目的」とは?
地球全体で見ると、1990年から2020年までに1億7,800haの森林が失われたと言われる。これは、日本の面積の約5倍にあたる。その一方で、1990年から2020年の間に、地球上の人工林の面積は1億2,300万ha増加しているのだ。北米やオセアニア、アジアでは森林減少のスピードが遅くなっており、特に中国で人工林が増えている。 「2021年7月、EUでは森林保護や量と質の改善などを目指す『EU森林戦略2030』が新たに作られました。2030年までに30億本の植樹を行うことや、森林所有者や森林経営に対する支援強化などが盛り込まれています。そして、この『EU森林戦略2030』のキーワードの一つとなっているのが、『多目的』なのです」  『多目的』がキーワードとは、どういうことなのだろうか。 「森林には木材生産以外にもさまざまな機能があります。脱酸素への貢献、生物多様性、水源涵養、災害防止、レクリエーション、人々の健康…。望ましいのは森が多様な働きをしていること。一つの目的を追求するのではなく、マルチファンクショナリティ(多機能)を目指すべきなのです。森林は人間に対し、さまざまな自然の恵みを与えてくれます。それを生態系サービスと言います。しかしながら、問題は欧州においても、森林所有者が収益を得るためには基本的に木材を伐って売ることしかなく、これらの様々な生態系サービスを提供していることに対する対価が支払われていない場合がほとんどであるということです。自然の恵みや環境の価値にお金を支払う仕組みを生態系サービスの支払い(PES=Payment for Ecosystem Services)と言います。」 2000年頃から熱帯林などの保全を図るという目的のために世界各地でこの取り組みが始まったが、日本でもこれに類似した取り組みは古くから行われてきたという。 森林をはじめとした源流の自然を守りながら経済を両立する生態系サービスの支払い(PES)とは一体どんなものなのか。次回、詳しく柴田先生に教えてもらうことにしよう。 写真=田丸瑞穂 教授写真=上智大学柴田教授提供 文=吉田渓
プロフィール
柴田晋吾
上智大学大学院地球環境学研究科教授。東京大学農学部林学科を卒業後、農林水産省林野庁に入庁。国連食糧農業機関(FAO)などの勤務を通じて国内外の環境資源管理政策に携わった後、2013年から現職。ケンブリッジ大学客員研究員、パドバ大学客員教授、カセサート大学客員教授などを歴任。主要著書に、「エコ・フォレスティング」(日本林業調査会)、『環境にお金を払う仕組み=PES(生態系サービスの支払い)がわかる本』(大学教育出版)などがある。
参考資料
  • (1)林野庁 世界森林資源評価(FRA)2020メインレポート概要
  • (2)林野庁 スギ・ヒノキ林に関するデータ
  • 林野庁 森林環境税及び森林環境譲与税
  • 柴田晋吾:2002年「欧米主要国に見る20世紀における森林管理思想と政策の変化─「利用推進派」と「生態派」の盛衰」『森林計画学会誌』36巻2号 p113-132
  • 林野庁 【海外情報】「EU森林戦略2030」について