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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
若手がつくる源流の村の新たな潮流(矢作川源流)
森林率92%を占める村が始めた木の新たな活用法
 矢作川の源流に位置する人口900人の長野県下伊那郡根羽村。  前回、詳しく紹介したように、ここは明治時代に村有林を全世帯に貸し付け、全世帯が山林経営に携わるという珍しい歴史を持つ。現在も村の総面積の92%を山林が占めており、村長が組合長を兼任する森林組合にほぼ全世帯が加入するといった、森とともに生きる源流の村だ。  江戸時代から植林が行われ、大正時代以降は流域の明治用水土地改良区や安城市(愛知県)とともに源流の森を守り続ける、流域連携の先駆的地域だと言えるだろう。  年間2,000mmを超える源流の郷で育つスギは芯が赤いのが特徴だ。森林組合では、適正管理を行って「根羽スギ」と「根羽ヒノキ」のブランドを確立。一次産業(木材生産)、二次産業(木材加工)、三次産業(販売・利用)までを行うトータル林業を確立している。  平成17年(2005年)には、長野県・愛知県・岐阜県において在来工法で住宅を建てる際、「根羽スギ」または「根羽ヒノキ」を50%以上使用した人に対し、村が「根羽スギ」の柱を50本無償提供するなど、ユニークな取り組みを行ってきた。  2018年に完成した根羽村役場の新庁舎の内外装にも「根羽スギ」や「根羽ヒノキ」がふんだんに使われている。この新庁舎では木材のカスケード利用を進めようと、薪ボイラーが導入された。ちなみに、木材のカスケード利用とは、木材を建築用材などとして有効利用したうえで残った枝や端材などをチップにして木質バイオマス燃料として活用するというものだ。  社会の変化に応じて、システムやスタイルを変化させながらも、源流の森と林業を守り続けてきた根羽村。根羽村役場・振興課の片桐充貴さんによると、木材の活用の仕方も、時代によって変化しており、「根羽産材は建築用材として使われているほか、愛知教育大学と連携して開発した『動く木のおもちゃ~neiro~』や林業体験を通じて、木育活動も行ってきました」と、事例を紹介され、さらには移動可能な木の椅子やブランコなども開発され、ふるさと納税の返礼品になってもいる。  そして、2020年度から、木材資源の新たな活用方法として取り組んでいるのが、「木の布」プロジェクトだ。これは、「スギの間伐材を粉砕してセルロースを抽出してつくった和紙を裁断して木糸にして、木綿と織り合わせるものです。この技術を持つ『株式会社和紙の布』と既に『KINOF』として商品化している徳島県上勝町と提携し、タオルなどの製造・販売を進めています」
2018年に空き施設をリノベーションして完成した根羽村役場の新庁舎。 全面バリアフリーの平屋建てで内装に「根羽スギ」や「根羽ヒノキ」が使われているほか、机や椅子などにも地元産を使用している。
今、根羽村が取り組んでいるのが、スギの間伐材から作る「木の布プロジェクト」。 徳島県上勝町などと提携し、「KINOF」ブランドとしてタオルなどの製造・販売を進めている。
中学生が創った『森のテーマパーク』
 さらに、根羽村の林業に新たな風を吹き込んでいるのが、山地(やまち)酪農だ。「林業や獣害対策を補完するのではとの期待から、試験的に3年前から山地酪農を行っています。もともと村には従来型の酪農を営む方々がいたのですが、次第に減ってきています。こうした中、若い酪農家との出会いがあり、村内の山林の一区画を区切って皆伐し、牛を飼う山地酪農が始められました」  牛が餌として下草を食べるため、山地酪農では笹や下草を刈る必要がない。また、酪農家は餌やりや糞の処理から解放されるというメリットが見込めるワケだ。その一方で、牛を飼うためには電気柵を張り巡らせる必要がある。さらに、下草刈りをしなくて済む状態にするには牛の数をかなり増やさなければならない。しかしながら、現時点では山地酪農によって林業を補完するのは課題も多いという。  一方、森の中に牛がいる光景は非常に魅力があるのも事実だ。そのため、村や森林組合としては、新たに多様な森林づくりや自然体験などを通じて山地酪農を活用していけたらと考えているという。  その萌芽となるチャレンジも生まれている。根羽村立義務教育学校根羽学園の中学生が、30年後の根羽村を想像して「自分たちが帰ってきたい、と思えるような場所に」と考え、総合学習の時間に『森のテーマパーク』を作ったのだ。その舞台となったのが、山地酪農が行われている山林だ。  「森林組合の職員や酪農家が講師となって進めてきました。もちろん事前に危険やリスクを想定して、さらに細心の注意し行っているのですが、もともと根羽村の学校では森の学習や林業体験などを取り入れており、森は身近な存在なのです。森で育ってきた子どもたちなので、森に対する感度も高いんです」  『森のテーマパーク』の目玉はジップライン。山の斜面を生かし、木と木の間に渡したロープを駆け抜けていく爽快なアトラクションだ。中学生が森のプロフェッショナルと一緒に身体を動かし、つくりあげた。そのお披露目として、放課後子ども教室が開かれ、多くの子どもたちに喜ばれ、2019年には内閣府主催「SDGsまちづくりアイデアコンテスト」で優秀賞を受賞した。
根羽村立義務教育学校根羽学園の中学生が大人の手を借りながらつくりあげた『森のテーマパーク』。森とともに育ち、森に対する感度が高い村ならではのプロジェクトだ。
根羽村では山林の一画で牛を飼う山地酪農が行われている。牛がいる森というユニークな山地酪農は、多様な森林づくりや自然体験などでの活用も期待されている。
移住者が見た源流の村の可能性
 最近、根羽村に移住する人も増えている。2020年度は、村外からの移住がトライアル移住も含めて19世帯46名にものぼった。自らも3年前に東京から移住し、現在は村の内外の人をつなぎ、町おこしやPRも手がける“地域おこし起業人”杉山泰彦さんは根羽村の魅力について「僕自身、東京で社会人生活を送ってきましたが、自分にとって豊かになれる選択をしたい」と考えていた。そんな時、根羽村と出会い、「学べることがたくさんあると感じたのです。それは、根羽村の人々の『足るを知る』という生活様式です。無意識の動作や作法が美しく、僕が知らないことを当たり前にやっているように感じた」という。この根羽村は、いろいろな生業や副業を持ち、生計をたててきた村だ。「僕自身も宿泊業をやりながら、古民家の利活用や町おこし事業、放課後子ども教室などを行っています」と、今を語ってくれた。  根羽村に移住前から、仕事として日本各地で地域おこしに携わってきた杉山さん。根羽村の強みは、「愛知県へと流れていく矢作川の源流であること」と話す。愛知県の方には信州野菜など信州ブランドが好まれているという。「そうしたマーケティングポジションが地理条件によって生まれています。加えて、流域に安城市や岡崎市といった大きな自治体がある」ことも強みだと考えられる。こうした根羽村の強みを生かしながら、いろいろな人の「やりたいこと」を形にしていきたいと杉山さんは話す。  「何かを表現したい、また発信したいという人を裏方で支えながら、村にとって最適な規模で体験型プログラムや森林教育などをやっていけたら・・・良いですね」。  村の人々が大切にしてきた源流の自然。  時代とともに新しい風が吹き、生業の種類や上限の仕方も変わっていく。しかし、どんなに時代が変わっても、山林を守っていこうという源流のあり方は引き継がれていくことだろう。
3年前に妻とともに根羽村に移住し“地域おこし起業人”として村のPR活動などさまざまな活動を行っている杉山泰彦さん。「根羽村の強みは矢作川の源流であること」と話す
杉山さん夫妻は、かつて村の郵便局などとして使用された築130年の古民家を再生し、一棟貸しをするゲストハウスとしてオープン。古民家の利活用や町おこし事業も行っている。
文=吉田渓 写真提供=根羽村役場