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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
ホテル再生から見えた源流の可能性 (四万十川水系目黒川源流)
源流を生かす「アップサイクル」とは
 2020年3月20日。四万十川水系目黒川の源流・愛媛県松野町で、一軒のホテルがオープンした。その名も「四万十源流、森の国。『水際のロッジ』」。景勝地・滑床渓谷の傍に佇むそのロッジの中には、インテリアショップのようなオシャレな客室に、居心地のいいカフェのような共有スペースが広がる。  ロッジは、1991年(平成3)年開業の森の国ホテルの別館として1994(平成6)年にオープンした建物をリニューアルしたもの。森の国ホテルとともに第三セクターや町出資の会社などが運営してきたが、2018年7月に豪雨災害が発生。ホテルに通じる道が土砂崩れを起こし、繁忙期に休業した影響もあって経営が逼迫、民間に譲渡された。  バトンを受け取ったのは、広島に本社があるホテルマネジメント会社のサン・クレアだ。ホテルマネジメントのプロは源流域をどうとらえ、ホテルをいかにして生まれ変わらせたのか。源流の自然に魅せられ、家族とともに移住した代表取締役CEOの細羽雅之さんに話を聞いた。
森に溶け込む『水際のロッジ』。建物の躯体はそのまま生かした。
内装はインテリアやアートを刷新して、非日常を感じながらくつろげる客室を実現した。
「譲渡を受ける前、ここの名前を知っている程度でした。しかし、いざ現地に行ってみたら周囲には素晴らしい大自然があり、建物は国立公園の中にある。そして、滑床渓谷であの石碑を見つけたのです」  細羽さんの言う「あの石碑」とは、松野町初代町長・岡田倉太郎が書き残した「この森に学び この森に遊びて あめつちの心に近づかむ」という言葉を刻んだもの。 「何十年経っても風化せず、今の時代に求められているような言葉ですよね。あれを見て『この土地には使命がある』と感じ、ホテル再生への覚悟を決めました。今は地球規模で気候変動や温暖化が起こり、人間は自然の一部であることを再確認する必要に迫られています。新しいホテルでは単にお客様を増やすことや稼働率を目指すのではなく、『あめつちの心に近づかむ』をコンセプトに自然との共生を目指すことにしました」  ちなみに、「あめつち」を漢字で書くと「天地」。世界や自然の摂理そのものと言える。 さて、「あめつちの心に近づかむ」ホテル再生とは、具体的にどんなものだったのだろうか。 「それは、アップサイクルの視点です。リサイクルは使い古したものを安く売買し、もう一度使うというイメージですよね。リサイクルでは価値が下がり、最終的には廃棄に向かっていきます。一方、アップサイクルは価値を上げて循環にもっていくというもの。そこで、このホテルでは建物はもともとあった躯体設備を使用し、インテリアやアートなどを刷新、非日常を感じていただける空間にしました」
このホテルを自然に触れるきっかけに
 アップサイクルに持っていくための要素はもう一つある。  それが、源流域の自然だという。 「滑床渓谷に行くと、あの森や水、滝といった自然に誰もが圧倒されるはず。お客様からも、『こんなに大量の水がどこから来るの?』とか『山のどこにこんなに水があるの?』と聞かれるんです。ホテルには人の手を入れますが、自然にはなるべく手を入れないようにして、自然の豊かさや素晴らしさ、水の循環、健康的な森の在り方といった魅力をヒューマンパワーでうまく伝えていきたいと考えています」  周囲の森の散歩や滑床渓谷でのキャニオニング、地元産の食材を使った食事に、地元産の木を使った家具。そうした体験はすべて、源流の自然や歴史を知るきっかけになるという。 「水がどこからきているのか、普段意識していない都市部の方々に『このホテルに行ってみたいな』と思っていただく・・・。その純粋な気持ちが、この大自然に触れるきっかけになれば嬉しいですね」
『水際のロッジ』では、滑床渓谷でのキャニオニングや地元産の食材を使った食事などのほか、夏季には夜の静寂のなか、焚き火が楽しめるプログラムも予定されている。
 『水際のロッジ』がオープンしたのは、日本でも新型コロナウィルス感染症が日本でも問題になり始めた2020年3月20日のこと。4月7日には緊急事態宣言が発出され、『水際のロッジ』も2ヶ月間の休館を余儀なくされた。  その時、細羽さん自身の意識や環境にも変化が起こった。 「もともと私はリモートワークを行っていましたし、弊社の全ホテルが休館になったため、必ずしも本社のある広島にいなくてもいいという状況でした。ではどこにいたいかと考えた時、やっぱり森がいいなと思って・・・」松野町に滞在するうちに、人の温かさや人との距離の近さ、ゆったりした時間の流れがここにはあると実感したという。 「ここには人との関係にリアルな手触りがありますね。毎日やってくる郵便屋さんと話をしたり・・・。挨拶もそこそこにどんどん用事をこなしていく都会では考えられませんが、本来はこっちの方が普通なんじゃないかな、と今は思います」  当初は一人で広島と松野町を行き来していたが、家族の賛成が得られたため、一家で移住することになった。
源流の新たな価値を生み出すワーケーション
 今では源流の町の住人となった細羽さんは言う。 「地域の方々と仲良くなっていろんなことを教わるうちに、農業の課題、さらには水と土、森についても深く考えるようになりました。弊社では地域に根ざしたホテルを基本としているので、食材でも材木でも地元産を優先します。町内で調達できなければ県内、それでもなければ四国というように。現地で調達する良さは、運送コストがかからないことや鮮度が落ちないことのほかに、人とのつながりができるという点もあります。今、源流の食材として着目しているのは、地元産のお米です。果実や野菜もとても美味しいのですが、お米は特に美味しいです。源流から流れてくる良い水がいい土壌を作ってきたのでしょう」  今では、地域の人に教わりながら、自分でもお米づくりや林業も始めているという。  そんな細羽さんは、『水際のロッジ』の今後をどのように思い描いているのだろうか。  「コロナ禍の後、どんな日常が待っているのだろうと考えた時、リモートワークやワーケーションは引き続き求められるだろうと思いました。ここは大自然の中にあり、都会の喧騒から離れて心を解放できる環境です。そこで、ワーケーションを導入したいIT企業と連携し、ワーケーションの受け入れを行っています」
都会の喧騒を離れ、自然の中で暮らすように過ごすワーケーション。 源流に位置するホテルだからこその価値を提供できるサービスだと言える。
 源流でのワーケーションは1週間から1ヶ月間程度を想定している。 「コロナ禍を機にライフスタイルや人生そのものを見直した方も多いでしょう。ワーケーション利用は一気に増えることはないと思いますが、減ることもないと見ています。ただ、ブームに乗ってバンバン受け入れるのではなく、この環境を求めてくださる方とマッチングしていけたらと思っています。今後はファミリーにもご利用いただき、移住や2拠点生活のきっかけになったらいいですね。都市を否定する気持ちはまったくないのですが、自然の中でリセットできる環境は大切です。ココがそういった施設になるよう、ビジョンを描いていきたいですね」  大きな時代の転換期に外からのまなざしによって見出された源流地域の魅力と強み。それはきっと、新たな未来をかたちづくることだろう。 写真提供=四万十川源流、森の国。『水際のロッジ』  文=吉田渓