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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
源流の町を支える昭和の伝言(四万十川水系目黒川源流)
小学1年生でも運べる総ヒノキの机
高知県との県境にある愛媛県松野町。  四万十川の支流・目黒川の源流に位置するこの町を源流探検部が初めて訪ねたのは2019年4月のことだった。松野町といえば、目黒川源流に広がる滑床渓谷だ。落差80mの雪輪の滝を身一つで滑り降りるキャニオニングは、源流探検部が体験した中で最もスリル満点の源流アクティビティだ、と鮮明に記憶されている。  そんな松野町で今、源流文化を生かす新たな試みがいくつも生まれており、その活力を確かめたく、松野町ふるさと創生課の井上靖課長に話を聞いてみた。 「ご存知のように昔から林業が盛んな松野町は、植林した山林が多いんです。『森の国まきステーション』をきっかけに、山に入って手入れをする方や自伐林家が増え、『もっと地元材を活用しよう』という機運が高まっています」  この連載の第49回で紹介したように『森の国まきステーション』とは松野町の木材循環システムに取り組む団体名であり、活動拠点のこと。  その仕組みはこうだ。  それまで山に置いたままになっていた間伐材を『森の国まきステーション』に持ち込んでもらい、そして買い取る。それを薪にして、町内の温泉施設「ぽっぽ温泉」の薪ボイラーなどで利用する。山の循環と町内経済の循環を両立されるのが狙いだ。  「今、町内の小・中学校の校舎を木造で建て替えています。建て替えが必要ない学校では建物内の木質化を進めています。また、町役場庁舎も木造で建て替えています。使うのはもちろん町内の木。CLT(集成材)などにして使っています。その中で、曲がり材(根が曲がった木)は使っていませんでしたが、この曲がり材を、ちょうど更新時期となっていた小・中学校の児童・生徒の机とイスとして活用し、すべてスチールから木質化することになりました」  町内の小学校2校、中学校1校で使う机と椅子をすべて町内産のヒノキで作る。 そうとはいえ、総ヒノキとなると、かなりの重量になるのではないだろうか。 「小学校の先生が心配されたのもその点です。そこで、部材をできるだけ細くして塗装は天板だけにするなど、何度も試作を重ねて軽量化と強度の両立を目指しました。そうして完成したのが、6歳児(小学1年生)でも運べて、高さ調節もできる総ヒノキの机と椅子です」  町役場と協力して、この机を生み出したのは同じ四万十川流域にある四万十町森林組合と、松野町内の建具職人だ。そして、この事業にはふるさと納税の寄付金が活用されている。  「本町では、ふるさと納税の寄付金の使い道となる施策を細かく設定して募集しています。この机と椅子の設置事業では、子どもたちに還元されるとともに、山をきれいにすることができます。こうした使い道や私たちの思いに賛同して寄付してくださる方も多いですね。源流の町として目指してきた下流域との交流にも通じるものがあると思います」  今後は、町内の幼稚園で、町内産ヒノキの積み木などを使った木育事業なども行っていく予定だという。
(写真提供:松野町) 新しく生まれ変わった松野町立松野中学校は、地元産の木材を使用した平屋建。 天井や床など、建物内にも木がふんだんに使用されている。
(写真提供:松野町) 町内の小・中学校では、地元のスギの曲がり材を活用した机とイスを使用。小学校1年生でも持ち運びや高さ調節ができるように工夫されている。
源流の町が「森の国」になった理由
「この町を一言で表してください」。  松野町の人々にそう尋ねたら、多くの人が「森の国」と答えるだろう。総面積の84%を森林が占めるこの町(※1)では、あちこちで「森の国」という言葉が使われている。  そのきっかけは、意外にも或る音楽祭だった。 「昭和60年頃、地元の青年が中心となって野外音楽祭を企画したのですが、その名前が『森の国 音楽祭』だったのです。もともとここは林業の町ですし、人々は森の恩恵を感じていたのでしょう」  音楽祭には錚々たるロックバンドやミュージシャン、県内外からの観客が集まり、大成功を収めた。その後、ホテルの名前や町の祭りにも「森の国」という言葉が冠されるようになった。  しかし、「森の国」という言葉が広まったのは音楽祭の成功だけが理由ではない。 「平成7年頃のこと。初代町長とともに昭和30年代からずっと滑床渓谷の自然保護に努めていらした大谷彰さんが、ある一冊の本を見つけました。その本の裏表紙に『この森にあそび この森に学びて あめつちの心に近づかむ』と書かれていたのです」  この言葉を書き記したのは松野町の初代町長・岡田倉太郎氏だった。 「初代町長がこの言葉を書き残していたことは、誰も知りませんでした。しかし、平成7年当時の私たちが大切にしていた想いとあまりにもぴったりで、鳥肌が立ちました」  井上さんが役場職員となった平成初期、日本はバブル景気に沸いていた。松野町にも観光客がやってくるようになり、慢性的な駐車場不足に直面した。そこで井上さんが2階建て駐車場の企画書を提出したところ、その場で上司に破り捨てられたという。 「それほど松野町では開発と保護のバランスを大事にしてきたということ。特に滑床渓谷では公益観光を重視し、自然に過度の負荷を与えないようにしてきました。その方向性を昭和30年代に打ち出したのが、初代町長だったのです」 「森の国」という言葉は、初代町長の思いが町の人々にしっかりと受け継がれてきたことの証なのだ。そこで、「この森に遊び この森に学びて あめつちの心に近づかむ」という言葉が刻まれた石碑が滑床渓谷に設置された。 「初代町長の言葉が見つかった時期と前後して、平成の大合併(※2)が起こりました。本町では合併協議と合わせて、改めて松野町の強みや弱み、資源とは何か、住民みんなで考えることにしました。そして、6年かけて『当面合併はせず、小さな町でアイデンティティを守っていこう』ということになったのです」  町のアイデンティティ。 それは初代町長の「この森に遊び この森に学びて あめつちの心に近づかむ」の言葉だ。 「その後も『森の国』とは何なのかを考え続けました。そして形になったのが、『森の国まきステーション』や、小中学校の木造・木質化というわけです」
(写真提供=松野町) 滑床渓谷にある石碑。初代町長・岡田倉太郎氏が残した 「この森にあそび この森に学びて あめつちの心に近づかむ」の言葉が刻まれている。
(写真提供=松野町) 四万十川水系目黒川の源流に広がる滑床渓谷。 ここでは、水の流れに乗って滝を滑り降りるアクティビティ、キャニオニングが人気だ。
源流のせせらぎ、そして鳥の声を音の文化財に
 そんな松野町が今、進めているのが「音の文化財」の収集と発信だ。 「きっかけは、文化財保存活用地域計画(※3)をみんなで考えたこと。その時、『そもそも文化財ってなんやろうね?』という話になったんです。寺社仏閣や遺跡、書物など目に見えるものだけでなく、松野町の特徴を表すものはすべて文化財と定義づけようということになりました」  森、植生、きれいな水、うなぎ漁。次々と挙がってきたが、何かが足りない。そんな時、井上さんたちの頭に浮かんだのが、小学生の頃に行った念仏踊りだった。 「それは、30数年ほど途絶えていた念仏踊りを復活させようと、太鼓や鐘を習って復活させたものでした。私たちが復活させた後、すぐにまた途絶えたのですが、当時の音源が残っていたため、それをもとに再び復活させることができたんです。それを思い出して、松野町の音を残そうという話になりました」  滑床渓谷のせせらぎ、鳥のさえずり、揺れる木の音、虫の音。  松野町の「音の文化財」は、日本各地の音を世界に配信するプロジェクト「Sounds of Japan」に収録されることになった。ダウンロードで得られる利益の一部が、文化財の保護に使われるという。 「経済につなげられたらと思いますが、それは副次的なもの。音の文化財をしっかり残していきたいというのが一番の目的です。Sounds of Japanでは、どの地域のどの音か明記されているので、この音を聴きに行きたいと思ってもらえたら。音の聖地化ですね」
自然の豊かさを体現する滑床渓谷。そのせせらぎなどを音の文化財ととらえ、日本各地の音を世界に配信するプロジェクト「Sounds of Japan」を通して後世に残す試みも始まった。
 松野町では、音の文化財を題材に俳句講座なども開催している。 「今後は滝の音や苔から水が滴る音、夜の静寂なども収録してみたいですね。初代町長は、『この森に学びて』という言葉のほかに、もう一つ言葉を残しています。それが『きれいな田畑、きれいな森林、きれいな川、夢の実現を祈る』です」  大切なものを意識して残し、次世代に繋げていくこと。  初代町長が源流の町に蒔いた種は「森の国」という言葉として芽を出した。その芽はまちづくりや、この町の人々のアイデンティティとして花開いた。  そこから生まれた種は、また次の世代に受け継がれていくことだろう。 写真=田丸瑞穂 文=吉田渓
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