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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~ 全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
湧水の国を守る小国町森林組合の挑戦(筑後川源流)
250年前の杉が残る源流の森の強み
 熊本は水の国だ。湧水が豊富で、環境省が選定する名水百選では昭和・平成ともに全国最多の四つが選ばれている(※1)。雨が多いことでも知られ、阿蘇山の火山活動によってできた地層は水が浸透しやすく、また貯水しやすい。  阿蘇外輪山の北部に位置する小国町は、年間の降水量が2,300mm(※2)と、日本の年間降水量の平均である1,718mm(※3)を大きく上回る。小国町は筑後川の源流に位置しており、町内には鏡ヶ池や中尾熱田神宮、けやき水源といった湧水も豊富だ。町内の水道水は、河川水ではなくすべて地下水で賄われているほどだ。  こうした豊かな水を支えるのが、小国町の総面積の74%(※4)を占める山林だ。およそ250年前の江戸時代、この土地を治めていた熊本藩が一戸につき25本ずつ杉の苗木(挿し木)を与えたことが、この町の林業の始まりだとされている。明治時代には乱伐も起こったが、町出身の林業家が奈良県の吉野林業を学んで取り入れ、山林を守ってきたとされる。  こうして人々に大切に育てられた杉は小国杉と呼ばれ、今ではブランド材となっている。古くから植林を続けてきた小国林業の強みは、幅広い年代の森林と木があること、そして何より品質のよさだ。阿蘇外輪山のなだらかな地形によって、標高差と高低差が少なく、地域内の品質の違いが少ない。また、戦後は「ヤブクグリ」と「ヤクノシマ(アヤスギ)」の2品種を挿し木によるクローンで育ててきたため、品質差が少ない。北向き斜面は台風の影響を受けにくく、湿度も保たれて杉の生育に適していることに加え、温暖な九州にありながら寒暖差が激しく、密度が詰まった比重の高い材木が育つという。  1986年(昭和61年)には、国内初となる地域材強度試験が行われ、国の木造設計基準数値を大幅に上回る数値を記録し、お墨付きを得た。これにより、国内の木造ドームの先駆けになった小国ドームが小国杉を使って完成した。また、調湿機能など高い品質を裏付けるさまざまなデータをもとに、九州国立博物館、阿蘇くまもと空港といった大規模施設にも使用されている。
湧水が豊富な小国町。その代表的な存在と言えるのが「けやき水源」だ。 その名の通り、樹齢1,000年とも言われるけやきの根元から水が湧き出している。
1988年に完成した小国ドームは木造ドームの先駆け的存在。 開放感たっぷりの空間は、小国杉を特殊なジョイントでつないで三角形にすることで実現している。
森林組合がブランドを立ち上げた理由
 小国杉とともに歴史を重ねる小国町の一画に、オシャレな雑貨屋のような場所がある。小国町森林組合の製品ショールームだ。展示してあるのは2016年に誕生したサステナブルプロダクトブランド「ASO OGUNI-SUGI LAB」のアイテムだ。薪やトーチ、家具、アウトドア商品、食器と幅広い。その中には、ウッドデザイン賞2017に入賞した「OGUNI-SUGI POP UP TABLE」と「おばけパズル」もある。  森林組合が立ち上げたWebサイト「阿蘇小国杉のくらし」でよく売れているのは、木目を生かしたラウンドプレートと、エッセンシャルオイルだ。柑橘系の甘酸っぱい香りが特徴で、付属のウッドブランチ(木片)に染み込ませて使う。小国杉の枝葉を使い、抽出から瓶詰めまで手作業で行っている。  この「ASO OGUNI-SUGI LAB」の商品には共通点が三つある。それは、小国杉を使っていること、デザイン性に優れていること、そして手に取りやすい価格だ。  オリジナルブランドを立ち上げた背景を小国町森林組合 企画販売課長の簗瀬和彦さんは、「平成の時代、外国からの木材輸入が多く、国産材は低迷していました。森林所有者は経営意欲を失い、林業従事者も減少の一途となりました。こうした状況を改善するため、価格が安定している大型製材工場への販売や付加価値をつけた建材製品の販売などを行ってきました。木材の大きな循環という意味では、建材流通は林産地にとってありがたいもの。しかし、従来の住宅消費は年々減少しています。その中で家づくりや施設づくりに小国杉を選んでもらうための入り口として、また一般消費者に森に関心を向けてもらうための発信ツールとし『ASO OGUNI-SUGI LAB』を始めました」、と語ってくれた。
小国町森林組合ないにある「阿蘇小国杉のくらし ショールーム」。 森林組合が手がけたブランド「ASO OGUNI-SUGI LAB」のアイテムが揃っている。
ポップアップテーブルは色とりどりの美しい木のかけらを組み合わせた天板を 2脚の足に載せるだけで完成するシンプルなつくり。ウッドデザイン賞2017に入賞した。
オリジナルブランドの成功を支える町内連携
 商品は、森林組合が手がけているものもあれば、委託生産しているものもあるという。  「オーダーメイドの家具やギフト品などは主に町内や近隣の職人にできるだけ委託し、小国杉の木工という職人文化を育むことも応援しています。また、大口のノベルティなど一業者で生産量が追い付かない場合は、森林組合内の加工機でも補助する体制を構築し、地域で受けられる仕事のボリュームを拡大できるようにしています」  外部から企画が持ち込まれたり、展示会でアイデアが生まれたり、新しい商品が生まれる過程はさまざまだという。興味深いのは、地元産材を使い、丁寧に作られているにもかかわらず、手に取りやすい価格であること。  「小国杉そのものは他の地域の杉材に比べて高価ですが、『ASO OGUNI-SUGI LAB』は小国町を訪れた人にも買っていただきやすく、森とつながる入り口になるような価格帯であることを大切に考えています。例えばエッセンシャルオイル。本来なら捨ててしまう枝葉の部分を使い、自社で瓶詰めまで行っていますのでコストが抑えられます。また、どの事業にも言えることですが、いきなり大規模に始めるのではなく、最初の導入コストを抑えて実験程度から始めるようにしています」  ちなみに、「ASO OGUNI-SUGI LAB」の名前は、小国杉の可能性を探る研究所のような意味も込めてLABと入れているのだという。  コストと収益のバランスを見ながら新しいことにチャレンジする。  その姿勢は小国林業の特徴と言えるようだ。1951年に森林組合が設立された後、1958年には共販所が設けられ、町の木を自分たちで販売できる体制を早くから整えてきた。
小国杉の枝葉を蒸留してつくられた「小国の森のエッセンシャルオイル」(1,650円/3ml)。柑橘系のような香りが特徴で、付属のデフューザー(木の枝)に垂らして楽しむ。
町内にラボを設置し、枝葉を集めるところから蒸留、パッケージングまで手がけている。 小国の森の香りをそのまま楽しめるエッセンシャルオイルだ。
山を守るために用意した次の一手
 また、小国町は2018年に国からSDGs未来都市に選定されている。  森林組合では全国で二番目にSGEC認証を取得したほか、温泉地熱を利用して木材を乾燥させる地熱乾燥材®︎、購入することでカーボンオフセットができるカーボン・ニュートラル材®︎、木材の持つ力を見える化したAromaWood®︎など、環境に配慮した木材を提供している。
筑後川の源流域に位置する小国町の林業は、250年の歴史を持つ。 さまざまな世代の森と木が存在しており、小国杉はブランド材として知られている。
 さらに、森林組合で行っているのが、購入可能な山林情報の提供だ。  その理由について、「町内の森林を所有し、手入れをしてきた所有者の方も高齢化が進んでいます。山の手入れが適切に行われなくなると、森が荒れ、災害に弱くなります。こうした中、今年の3月以降は木材の輸入が滞り、価格が高騰するウッドショックが起こっています。国産材の需要の高まりが期待される一方、山林を手放したい所有者の方にとってチャンスになります。しかし、目の前の木材の取得のみを目的とした業者が山を入手した場合、地域や環境のその後については考慮せず、伐採後に放置されてしまう可能性もあります。もちろん、計画的に伐採し、活用することは必要ですが、一時的な状況でむやみに伐採され、そのまま放置されるような事態は避けなければなりません。だからこそ、町の森をよく知る私たちが仲介となって、森を次世代に手渡したい所有者と、山や森に関心を持っていただける方を繋げられたらと思っています」と、簗瀬さんはその背景を説明した。  湧き水を育み、地域の産業の柱となってきた小国町の山林。 いろいろな年代の質の良い杉が残っているのは、250年に渡って植林と手入れを繰り返し、受け継いできたからこそ。  次の時代へ確実に受け継ぐための種は、すでにこの地で芽吹き始めているようだ。 文=吉田渓 写真=小国町森林組合提供