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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
源流の村が教育に力を入れるワケ(吉野川紀の川源流)
源流の村が教育に取り組む理由
 バブル景気が終わりを迎えた1990年代初頭、「流域の人々と一緒に水と森を育てていきたい」という決意を込めた「川上宣言」を全国に向けて発信した村がある。  奈良県吉野郡の川上村だ。吉野川紀の川の源流に位置する川上村は、500年以上前から植林を行ってきた、吉野林業の中心地だ。1999年から3年をかけて源流の広大な原生林を購入し、水源地としての村づくりにいち早く取り組んできた。源流探検部も川上村を訪ね、この連載の中でも第13回、第14回、第33回でご紹介している。 そんな川上村と大阪工業大学がタッグを組み、「源流学」を正規授業として行っているという。なぜ、源流の村が大学の授業をバックアップしているのだろうか。  「実は、川上村では以前からESD教育に力を入れているんです」と、川上村水源地課の加藤満さんは源流学の源の話から始めてくれた。  ESD教育(Education for Sustainable Development)とは、日本語では「持続可能な開発のための教育」と訳される。環境問題や貧困問題など、社会のさまざまな課題をとらえ、持続可能な社会の実現を目指して行う学習や教育のこと。国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の実現するためにも、ESDは不可欠だとされている。  「川上村が行ってきた『水源地の村づくり』は、これ自体がESDの教材になるもの。そのため、村内の『森と水の源流館』を運営する公益財団法人『吉野川紀の川源流物語』が中心となって教材化に力を入れてきました。ここでは奈良教育大学と連携して授業づくりセミナーを実施し、流域の学校の先生に参加して頂いています。1年間のセミナーで構想から授業の実施、報告までを行っています」  先生たちが実際に水に関する授業を行う際には、『森と水の源流館』が協力したり、村がゲストスピーカーを仲介することもあるという。  「2020年度はオンラインで開催しましたが、授業づくりセミナーを地道に続けてきたことで、ESDを通じた流域連携や繋がりが深まっていると感じています」
川上村のあり方はそのままESDの教材となるものだ。
 こうしたESD支援とともに、川上村は2010年に大阪工業大学と連携協定を結び、教育とテクノロジーと源流を結ぶ、ユニークな試みを行ってきた。  「大阪工業大学の中でも、ロボティクス&デザイン工学部の空間デザイン学科等では新入生向けのオリエンテーションを川上村で行っています。ただ、その最大の目的は新入生同士の交流にあります。川上村の『水源地の村づくり』について、ある程度の密度を持ってお伝えできる機会があればいいなという思いが、『源流学』の出発点でした」
学生が感動した村民のある言葉
 初年度の2020年の源流学は、コロナ禍によってオンラインでスタートした。  栗山忠昭村長や森と水の源流館の尾上忠大事務局長をはじめ、川上村のさまざまな人が村の歴史や状況を語った。直接会えないため、リアクションシートを作成して授業後に学生に感想を書いてもらうようにしたという。「中でも特に印象的だったのは、『かわかみらいふ』の若手スタッフが話した授業」の感想だったようだ。  『かわかみらいふ』とは、村唯一のガソリンスタンドや移動スーパー、コープの宅配などを行い、村民の日々の暮らしを支える団体とその取り組みのこと。多くの源流の村が抱える高齢者の生活インフラを維持しようというものだ。しかし、課題は単なる「高齢者の買い物」という問題ではなく、コミュニティの維持も含まれる。というのも、高齢者は人と会う機会が少なくなる傾向は否めない。「移動スーパーが来るから行ってみよう」と外に出れば、近所の人と話すきっかけにもなる。さらに、『かわかみらいふ』の移動スーパーや宅配の車には看護師や歯科衛生士が同行しており、村民の健康相談や日常の見守りといった側面もあるという。  「『かわかみらいふ』の若手メンバーが源流学の講師を務めた際、『ものを持っていっただけでありがとうと言われる』というエピソードをお話しました。それに対し、学生さんから『村に行ってみたい』『バイトをしていてもありがとうと言われたことがない。でも、自分も言っていないと気づきました』といった感想をいただきました。学生さんたちのそうした素直な声を聞けたのが嬉しかったですね」  授業でこうしたやりとりを重ねていき、学生から最終的に3つの課題解決案が提案された。いずれも村の方向性と合致したもので、学生たちがきちんと理解してくれたことを実感したという。  「反省点は、初年度だったこともあり、こちらが村の課題をわかりやすく伝えきれなかったこと。村の取り組みのウィンドウショッピングになってしまったように思うので、学生さんたちもどこにアプローチすればいいか、わかりにくかったかもしれません。そこで、21年度の源流学では川上宣言を一つずつ取り上げ、それに対する課題を紹介していけたらと思っています」
『かわかみらいふ』の移動スーパー。生活インフラの確保により、村外に住む子どもが高齢者を呼び寄せる「呼び寄せ転出」が抑えられているという。
川上宣言 一.私たち川上は、かけがえのない水がつくられる場に暮らす者として、下流にはいつもきれいな水を流します。 一.私たち川上は、自然と一体となった産業を育んで山と水を守り、都市にはない豊かな生活を築きます。 一.私たち川上は、都市や平野部の人たちにも、川上の豊かな自然の価値にふれ合ってもらえるような仕組みづくりに励みます。 一.私たち川上は、これから育つ子どもたちが、自然の生命の躍動にすなおに感動できるような場をつくります。 一.私たち川上は、川上における自然とのつきあいが、地球環境に対する人類の働きかけの、すばらしい見本になるよう努めます。
源流学が本当に伝えたい価値観とは
 大阪工業大学の源流学を全面的にバックアップする川上村の人々。  その思いを加藤さんは「源流は学生の皆さんの生活とかけ離れたものではなく、川を通じてつながっていること。同じ課題を持っていること。都市が大事なように、源流にも役割があること。そうした価値観を持ってもらえたらと思っています。もちろん、川上村でさまざまな活動をしてもらうことは大歓迎なのですが、源流の大切さをわかっている若者が日本全国にいてくれるようになるのが理想なのです。そのことが結果的には、川上村にメリットをもたらすと信じています」と話す。
大阪工業大学の正規科目「源流学」を全面的にバックアップする川上村水源地課の加藤満さん。2020年度はオンラインで学生に講義も行った
500年前から植林が行われていた川上村は吉野林業の父と呼ばれる土倉庄三郎の出身地でもある。村内の森には樹齢250〜400年のスギやヒノキが残る。
源流学が本当に伝えたい価値観とは
 21年度も行われる源流学に、村では今後どのような期待をかけているのだろうか。  「『森と水の源流館』では、平成15年(2003年)から変わらず『自然を体験して学ぶ、それが源流学だ』と言ってきましたが、今後はさらにアカデミックな価値づけができればと考えています。そして、大阪工業大学の中で、源流学を受講することがステイタスになるといいですね。ロボティクス&デザイン工学部がある梅田キャンパスでは、川上村から産出された吉野杉を使った机などが使われています。大学から村に来ていただくだけではなく、いつかは村民がキャンパスを訪れることができれば嬉しいですね。そして今後、都市からは見えにくい源流の役割を可視化していけたら・・・」と思っていますと展望を言葉にした。  エンジニアとして学ぶ学生が源流の現状や課題だけでなく、その価値を知る。そして、テクノロジーを使って、社会を変える。こうした学びの広がりは、源流と都市の関係をより良いものへと変えていくはず。源流学を学ぶ若きエンジニアの存在に希望を感じながら、4年前の水源地の森ツアーで歩いた原生林の森の美しさを思った。 写真=川上村提供  文=吉田渓