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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
源流の隠れた名所を探しに(久慈川水系源流)
地元に愛される河童のすり鉢
 福島県と茨城県、栃木県の県境にある八溝山から始まる久慈川。福島県内を通って茨城県で太平洋へ注ぐ一級河川だ。福島県南部にある塙町は東西に長い町の中心を久慈川が流れる。町の西側の八溝山地と東側の阿武隈山地で何本もの川が育まれ、久慈川に注ぐ。  そんな源流の町・塙町の国道349号を車で走っていると、河童が現れた。鹿の角のような木のオブジェの隣、岩の上にちょこんと立ってコチラを見ている。この子の名前は「河童のカン吉」。身長1mほどの愛らしい石像だ。片貝川と県道が交差するこの場所で、愛嬌たっぷりに道ゆく人を見つめている。  すぐ横の看板には「河童のすり鉢 遊歩道」の文字。  「ここは片貝地区のみなさんが整備した遊歩道なんです」塙町のまち振興課商工観光係長の鈴木慎也さんがそう教えてくれた。
遊歩道入口の河童のカン吉。カン吉が主人公の絵本もある。
片貝地区の人々が整えた遊歩道から河童のすり鉢と呼ばれる岩が見える。
 片貝川が流れる片貝地区では、地元の自然の魅力を知ってもらおうと、片貝川を守る会を結成。川沿いの草刈りをして、カン吉前から丸太橋を往復する遊歩道を作り、守っているそうだ。  鈴木さんの案内で、河童のすり鉢を見に川沿いを進む。両岸の広葉樹はすでに葉を落とし、苔むした岩を彩る。走り抜ける水がぶつかって瀬を作る大きな岩の一つに、まんまるの穴が開いていた。河童のすり鉢だ。人が開けたのかと思うほどまん丸のその穴は、水の勢いに乗った石が窪みを削ってできたのだろうと言われている。  この河童のすり鉢を舞台にした絵本も誕生している。  地元に残る伝承をもとにした、その名も「河童のすり鉢」だ。ホロリとさせるこの絵本を読んでから川へ見にいけば、さらに楽しめるだろう。
山の中に人気のカフェがある理由
 河童のすり鉢から国道349号を高萩市方面に進むと、標高700mの山の中に平屋の建物が現れた。2012年(平成24年)に廃校になった旧片貝小学校矢塚分校につくられた、「ふるさとカフェ矢塚分校」だ。  そこで待っていてくれたのは藤崎進一さん。一般社団法人 矢塚明日香塾の代表理事を務めている。  分校の中は、今にも子どもたちの笑い声が聞こえてきそうだ。黒板、壁に貼られた写真、ロッカー。壁にずらりと並んだ歴代PTA会長の写真は、小学校が地域の中心だった証だ。その中に、藤崎さんの写真もある。  玄関を入ってすぐ右、体育館だった場所にテーブルと椅子が並んでいた。藤崎さんたち矢塚集落の人々が土日だけ開いているカフェだ。山道に渋滞ができることもあるほど人気の店だ(但し、新型コロナ感染症拡大防止のため休業の場合もあるので、来店の際はご注意ください)。  「ここ矢塚集落には、満州と樺太から引き上げてきた後に入植した人が多いんです。現在は28戸で子どもは中学生が一人。限界集落に近い状態なので、若い人が来て定住してくれればいいな、と思いまして。我々が元気なうちに楽しくしようと、カフェを始めたんです」  看板メニューは手打ちの鍋焼きうどんやけんちんうどん、手作りのパン。食材は、地元の人々が育てた野菜をできるだけ使っているという。  「調理を担当するのは地域の女性たち。みんな笑いながら楽しく仕事をしています。男性たちは、分校の裏山(第1希望の森)とからまつ峠(第2希望の森)の定期的な草刈りのほか、毎年5月初旬には大平の滝の清掃もしています。無名の滝ですが、絶景ですよ。水が多い時は迫力があります」そう言って、藤崎さんは胸を張った。  「ここは谷津川の源流で、昔は泳げたほど水量がありました。谷津川は四時川の支流で、四時川は鮫川に合流して太平洋に注ぎます。この矢塚には、谷津川だけでなく、久慈川の源流、北茨城市に流れていく大北川の源流がすぐ近くにあるんですよ」  三つもの源流を抱く地域とあって、矢塚集落の人々は、その多くが林業に携わっているという。分校の廊下の窓から外を見ると、廃校とは思えないほど手入れが行き届いている。山とともに生きてきた人々は、川も森も学校も、今も大事に守り続けているのだ。
廃校を利用したふるさとカフェ矢塚分校。地域の人々が運営している。(藤崎さん写真提供)
矢塚明日香塾代表理事の藤崎進一さん。カフェ運営の中心人物だ。
林業家が歩む父と同じ「半林半農」の生き方
 町の中心を流れる久慈川の西側に、密かな人気スポットがあると聞き、真名畑地区へ向かった。  たどり着いたのは、佐々草バス停。  そのすぐ下を、八溝山から流れ出た矢祭川が通っている。  バス停から川岸までは2m近い段差があるので、落ちないよう、上からそっと覗き込む。すると、岩山をくり抜いたトンネルを清流がゆったりと流れているのが見えた。  岩の架け橋だ。  傾きかけた秋の日差しが柔らかく差し込み、黄色や緑色をした山の木々が鏡のような水面に浮かび上がる。ファンタジックなその光景は、真名畑の里山の風景に美しく溶け込んでいた。  真名畑で生まれ育った林業家の鈴木俊輔さんにこの話をすると、面白いことを教えてくれた。  「あの上流には祖々免金(そそめき)金山があったんですよ。そのおかげで、遣唐使の資金が捻出できたそうです。ある時、採掘した金を載せた馬車が転がったことがあったんですね。落とした金を探し集めるために川の流れを変えようとしたらしく、近くの岩山を掘ってトンネルを通したのです。あの岩の架け橋はその時にできたもの。僕が子どもの頃は、あの辺りの水量がもっと多かったので、浮き輪で遊んでいました」  鈴木さんの実家は、その上流に70haもの山林を所有している。  祖父、父が代々大切に手入れしてきた山だ。「面積の82%を森林が占める塙町は、木材生産量が県内でも有数です。町内には日本を代表する国産材製材工場もあり、福島一の林業地帯なのです。20歳の時に父を亡くした僕は、22歳の時に会社員をやめて東白川郡森林組合に転職しました」  それから約20年。平日は森林組合で働き、休日に自分の山林の手入れをするという生活を送っている。  「林業の技術も自分の山もあるのだから、自分でやってみようかな・・・と。親父がチェーンソーと小さい運搬車を使って自分の山の木を伐り出すのを、小さい頃から見ていたのもあるでしょうね。夏の暑い中、下草刈りをする父を見て、自分はやりたくないと思っていたんですけどね」  残念ながら、父親が存命時には山の手入れについて話すことはなかったという。「ただ、当時を知る人から聞くには、父は『道幅を狭くした方が山は崩れない』と話していたそうです。僕が目指す『環境と林業の両立』を父はやっていたのだと思います」
先祖から引き継いだ森を自ら手入れしている林業家の鈴木俊輔さん。
鈴木さんの森。渓流沿いの木を残して自然の循環を保っている(鈴木さんより写真提供)。
 環境への負荷を最小限に抑えながら、木を搬出する運搬車が通る道を作る。そのために二級土木施工管理技士の資格も取得した。現在は、森林経営計画を作成できる森林施業プランナーの資格も持っている。  技術も資格も揃った鈴木さんは、自分の山で長伐期の多間伐施業を行うことにした。つまり、長い期間をかけて定期的に間伐を行い、出荷することで健康な森を作り、収益につなげていく林業スタイルだ。  「真名畑にはヤマメがいるんです。林業と森林保護は相反する面もあるのですが、水生生物の餌の源になる渓畔林を保護樹林帯として残すほか、野生動物のために雑木(広葉樹)を残すようにしています。手入れが必要なのは、人工林ですね。枝ごと落ちるスギは雨が降っても枝葉がそこに留まるのでいいのですが、大変なのはヒノキです。ヒノキの葉は鱗片状になっているので、雨や風で落ちるとバラバラになって土砂として流れてしまいます。そうして山崩れしてしまっては流域に住んでいる人に申し訳ないので、ヒノキの手入れは欠かせません。また、林業専用道や作業道についても、ここからの泥水の流入を防ぐ施工を心がけています」
 東白川郡森林組合では、環境の負荷を減らすため、自然由来のオイルをチェーンソーに使っており、鈴木さんも自分の山で同様のものを使っている。  平日も休日も仕事で大変なのではと思ったが、鈴木さんは楽しそうだ。  「木を伐った時、祖父や父が枝打ちした跡を見つけるとグッときますね。この仕事は未来に残るんだなって。僕が今、木を伐れるのは先祖のおかげ。先人が汗水垂らして造林してくれたので、僕が一番恵まれているなあ、と思います」  最近、鈴木さんの妻が農業を始めたという。  「アスパラや葡萄を作っています。実は、うちの親父も半農半林の生活をしていました。塙町には日本を代表する国産材製材工場もありますし、自分の山を自分で手入れして伐り出しすれば、経費を抑えて収入につなげることもできます。僕のやっていることが一つのモデルになれればいいですね」  総面積の82%を森林が占め、さらにその57%人工林が占めるという塙町。  若い林業家のチャレンジが、源流の町の未来の鍵を握っているように見えた。 写真=田丸瑞穂   文=吉田渓