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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
環境を研究し続けた松永勝彦氏に聞く源流が海を守る理由
光合成と鉄が海の魚など生物を増やす
 「海を守るには山に植林した方がいい」。  そんな話を聞いたことないだろうか。日本では1980年代後半から漁業関係者が山に植林をする活動が盛んになった。しかし、なぜ山に植林することが海を守ることになるのだろうか。  源流が持つチカラを探ってきた探検部として「森林と海の関係」は、ぜひ知っておきたい。その理由を詳しく教えてくれる人物を探し「この人こそ!」と言う人に辿り着いた。その人物とは、北海道大学名誉教授であり、水産科学の研究者である松永勝彦氏だ。松永氏は長年の研究によって森林が海と海の生物に与える影響を科学的に明らかにしたことで知られる。そんな松永氏に「世界一わかりやすい森林と海の特別講座」を開いてもらった。  「私たちが海の豊かさを実感できる指標。その一つが、魚介類の豊富さです。では、魚や貝を増やすにはどうすればいいのか・・・。それは魚や貝のエサとなる植物プランクトンや海藻を増やすこと。では、植物プランクトンや海藻を増やすにはどうすればいいか・・・、そのカギは、光合成と鉄にあるのです」  なぜ、植物プランクトンや海藻を増やすために、光合成と鉄がカギとなるのか。  それは、植物プランクトンや海藻は光合成生物だからだという。  「光合成生物は水と二酸化炭素、そして太陽光によって光合成を行い、成長したり、増殖していきます。その時、必要となるのが栄養塩(硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩)です。中でも硝酸塩はタンパク質の合成に使われるもの。しかし、硝酸塩を取り込むためには、先に鉄を取り込んでおく必要があります。また、光合成色素の生合成にも使われるため、鉄は必要不可欠なのです」
海の豊かさは魚介類の豊富さ。それを支えているのが、エサとなる植物プランクトンや海藻類だ。
写真のホンダワラをはじめ、海藻類が育つために必要なのが光合成と鉄。この鉄をいかに補給するのか・・・がカギとなる。(松永勝彦氏提供)
 鉄が不可欠なのは、水中の植物プランクトンや海藻だけに限ったことではない。陸上の光合成生物、つまり樹木や草花でも同じこと。しかし、海の中では、光合成生物が鉄を取り込むことが難しいといった事情がある。  「陸上の樹木や草花は根から栄養素を吸収していますが、植物プランクトンや海藻は細胞膜を通して、海水中の栄養素を吸収しています。というのも、海水中では鉄以外の元素はすべて水に溶けたイオンの状態で存在しているためです。イオンは細胞膜を通過できるため、硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩といった栄養素を簡単に取り込むことができるのです」  ここで「イオンの状態って何??」と思った人のためにちょっと復習しておこう。  イオンの状態とは一言で言えば「原子や分子が電荷を帯びた状態のこと」。  物質の最小構成単位である原子は、原子核(中に陽子と中性子がある)とその周りを回る電子で構成されている。陽子はプラスの、電子はマイナスの電荷を帯びており,原子では必ず「陽子(+)の数=電子(−)の数」となる。しかし、何かの拍子に電子を失ったり、電子を得てバランスが崩れる。原子が電子を失うと電気を帯びた陽イオンとなり、原子が電子を得ると陰イオンとなる。これ「イオンの状態」というわけだ。
森林から川が海へと運ぶ「フルボ酸鉄、フミン酸鉄」とは
 話を戻そう。  ほとんどの栄養素は、海水中では取り込みやすいイオンの状態になっているが、鉄は違うのだという。「酸素を含んだ海水中では、基本的に鉄は鉄イオンの状態にならず、粒子として存在します。しかし、粒子は大き過ぎて細胞内に取り込むことはできないのです」  しかし、海には魚も貝もいるのだから、そのエサになる植物プランクトンもいるはず。コンブやいろいろな海藻だって生えている。彼らはどうやって鉄を吸収しているのだろう。  そこで注目されるのがフルボ酸鉄だ。  「森林の土壌ではバクテリアが枯れ葉などを二酸化炭素と水に分解します。すると、その後に未分解の有機物質が残るのですが、この有機物質からフルボ酸とフミン酸という腐植物質ができます。フルボ酸とフミン酸は金属と結合しやすいため、鉄と強く結びついてフルボ酸鉄やフミン酸鉄となります」  雨が降るなどして、土の中の腐植物質は川に運ばれる。固形で水に溶けにくいフミン酸やフミン酸鉄は河底に留まりやすいが、水に溶けているフルボ酸やフルボ酸鉄、および河底に沈積しなかったフミン酸やフミン酸鉄も河川の流れに乗って海へ到達する。  「フルボ酸鉄の大部分はイオンと同じような動きをするコロイドの状態で存在します。そのため、植物プランクトンや海藻は、フルボ酸鉄から鉄だけを受け取って細胞に取り込むことができるのです。しかし、フミン酸鉄は固形だから、光合成生物に摂取されないのです」  つまり、森林で生まれたフルボ酸鉄は、川を通じて植物プランクトンや海藻に鉄を届けてくれるというわけだ。「川を通じてフルボ酸鉄が運ばれてくるため、河口に近い海域では生き物が豊富なんです。宮城県の気仙沼湾では牡蠣や帆立の養殖が行われており、その漁獲高は年間50億円にのぼります。私たちが3年に渡って調査した結果、気仙沼湾に注ぎ込む大川から栄養素が供給されていることが化学的に証明されました」  この地域の漁業関係者は体験的に山の木々が重要だと知って植林をしていたが、松永氏の研究を受けてさらに熱心に大川の上流に植林を行うようになったという。森林から運ばれた栄養素が海の生き物を育て、海の幸を獲って暮らす人々が山に木を植える。川で繋がれた海と森林の関係に、人々がそっと手を添えているというわけだ。
森林の腐植土によって育まれたフルボ酸鉄は川を通じて海へと運ばれていく。
海の砂漠化を食い止めた森林
 森林は生きものに栄養を与えるだけでなく、海を磯焼けから守るという。  「もともと日本の沿岸にはさまざまな海藻が繁殖していたのですが、昭和30年代あたりから海藻が消滅する、いわゆる磯焼けが拡大しています。主な原因は、水温上昇や流入した土砂(粘土鉱物)が海藻に付着して光合成ができなくなること。水温上昇や土砂の流出が収まれば、また海藻は戻りますが、石灰藻が岩や岩盤を覆ってしまうと、他の海藻が半永久的に生えなくなってしまいます。石灰藻というとコンブ等の海藻を連想するかもしれないが、岩に白いペンキを塗布した状態」を指し、これを松永氏は「海の砂漠化」と名付けた。  海藻は主に貝のエサだけでなく、魚介類の産卵場所や隠れ家にもなる。そのため、砂漠化すると魚や貝類も激減します。  「砂漠化は各地で起こっていましたが、中でも顕著なのが北海道の日本海側です。しかし、その中でも海藻が生えている場所がありました。河口付近です。その上流には落葉樹の森があり、フルボ酸などの腐植物質が川を通じて運ばれていたのです。調べてみると、腐植物質は石灰藻の胞子の成長を妨げることがわかりました。北海道の檜山地域では上ノ国町が中心となり、日本海沿岸で森づくりが行われています」  森林の土(腐植土)で作られたフルボ酸やフルボ酸鉄、フミン酸やフミン酸鉄が、川の流れに乗って海へ運ばれる。そして、これら腐植物質は石灰藻の成長を妨げて海を守り、フルボ酸鉄は植物プランクトンや海藻のエサになって海を守る、というワケだ。  ちなみに、フルボ酸鉄は源流の森林だけでなく、湿地や有機肥料を使った水田にも含まれているという。「山、森林、海、湿地、田んぼ」、これらは川を通してつながり、互いに影響しあい、見事な生態系を形作っているのだ。  次回は、「世界一わかりやすい森林と海の特別講座・続編」として、理想的な源流のあり方について、教えてもらうことにしよう。 プロフィール 松永勝彦 1942年三重県生まれ。北海道大学名誉教授。理学博士。立命館大学理工学部、大阪大学大学院工学研究科修了。1986年から北海道大学教授。環境の研究に携わる研究者に贈られる第1回環境水俣賞を受賞。北海道大学教授、四日市大学教授を経て現職。著書に「森が消えれば海も死ぬ/第2版」(講談社ブルーバックス)などがある。 撮影=田丸瑞穂 文=吉田渓