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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
源流の村から問う「新しい住み方」~タイニーハウス~
源流域の寒い冬も暖かい家作り、タイニーハウス
 「タイニーハウスって冬でも暖かいんです。我が家に来た人は『どうして床が冷たくないんですか?』ってびっくりするんですよ。うちはオール電化なので暖房はエアコンとヒーターのみ。冬場でも電気代は9,000円、夏場は3,000円で済んでいます」  建築家の和田隆男さんは自宅をそう説明してくれた。タイニーハウスとは、つまり「小さな家」。実際、和田さんの自宅も一部屋にロフトのみという小ささだ。  和田さんの自宅がある山梨県小菅村は、冬場に水道管が凍ることもある源流域の村だ。普通の家なら石油やガス、薪などのストーブが欠かせないはず。なぜタイニーハウスは寒い源流域の山間の冬でも快適なのだろうか。  「まずは小さいので暖房効率が良いと言うこと。そして何よりこの家は板倉工法と言って柱や梁だけでなく、壁や床まですべて木を使っていることが大きいでしょう。壁と床、天井には3cm厚の杉板を使っていて、快適に住めるようにしています」  和田さんによると、鉄やコンクリートは外気の熱を抱え込む性質があるという。すると冬は外気の寒さを抱え込んでしまうため、部屋の中が寒くなる。一方、木は断熱性が高く、外気をシャットアウトしてくれるのだという。
タイニーハウスは、内装にも杉板が使われ、生活に必要な機能がコンパクトに納められている。
 小菅村には現在、和田さんが携わったタイニーハウスが9棟ある。モデルハウスとなっている2棟以外は村営住宅として使われている。  「小さいので、建設費用やランニングコストが抑えられると言うメリットがありますが、強みはそれだけではありません。タイニーハウスには何平米以下と言った定義もありませんし、すごく自由ですごく面白いものなんですよ」確かに小菅村にあるタイニーハウスはすべて形も大きさも異なっていて、中を見てみたいと好奇心をそそられる。  なぜこの村にタイニーハウスが幾つも建っているのか、その秘密を探ることにした。
源流の地域資源を生かしたい
 タイニーハウス誕生の話は、四半世紀ほどさかのぼる。  小菅村に新しくできる温泉施設の設計を任された建築家の和田さんは、木造でつくろうと考えた。「当時は1,500平米ある木造建築物は珍しかったのですが、日本中を見渡すと古い3階建ての温泉旅館が残っているんですよね。このように、日本には素晴らしい木造技術やサステナブルな木の文化がありますし、小菅村には有り余るほどの木があります。ですから、ぜひ地域資源を使いたいと思ったのです。その地域の気候に馴染んだ木を使った方が良いと思いますしね」  しかし、そこには思わぬ障壁があったという。  「この規模の建築物では日本農林規格(JAS)に則した木材を使う必要があるんです。しかし、村内には丸太を運びやすい大きさにカットする場所はあっても、JAS認証を受けた製材所がありませんでした。そのため、他県の製材所まで加工しに行く必要があるのです。そのため、大広間の大黒柱など要所要所で小菅産の木材を使うことになりました」  その後も小菅村役場庁舎や村民体育館など、さまざまな施設の設計を手掛けた和田さん。そうした施設でも積極的に小菅村産の木材を利用してきた。  「木材業者さんから聞いた話ですが、山間部や寒冷地では木が育つのに時間がかかるため、密度の高い木になるそうです。小菅村もまさにそうで、中でも小菅の山の北斜面の木は非常に質がよく、ブランド杉などと比べても遜色ないほど。小菅では直径9cmに削った杭丸太や、細長い板をつなげた縁甲板が手に入りやすいので、これらを村内の建物に使っています」
和田隆男さん。建築家として小菅の湯や役場庁舎を手掛け、タイニーハウスに住んでいる。
 水を育む森林が村の面積の95%を占める小菅村(山梨県)。  その村にふさわしい建物をつくるなかで、和田さんはあることに気づいた。「村内には移住者や単身者が住めるような住宅がほとんどなかったのです。アパートもありませんし、村営住宅もファミリー向け。『地域おこし協力隊』など単身者でも大きな家に住むしかありませんでした。ただ、これは小菅村に限らず、都市部や日本各地にも通じる課題です。子供が巣立ち、空き部屋の増えた家に『寒い』『掃除が大変』と思いながら住んでいる方も多いのではないでしょうか」  そう考えていた時に思い出したのが、イギリスで出会ったタイニーハウスだったという。 「外国の人たちもみんなが大きな家に住んでいるワケではないんです。屋根裏部屋のようなところに住んでいる人もいますし、僕も若い頃イギリスで階段下のようなスペースに住んでいました。日本では2LDKとか3LDKといった間取りがスタンダードのように思われていますが、そうした概念が定着したのは最近の話。昔は畳の部屋を襖で区切ったり繋げたりしながら、その時々の目的や用途に合わせて使っていました。そう考えていくと、必ずしも決まりきった間取りである必要はないんですよね」
地元産木材のコスト以上の強みとは
 単身者向けのコンパクトな住まいといえば、日本にはワンルームマンションがある。  しかし、「より楽しく住みたい」と考えた時、和田さんが選んだのはタイニーハウスだった。「タイニーハウスには定義がありませんが、僕が考えるタイニーハウスは『地球環境に優しく、自分らしく快適に暮らせる家』。小さく縮こまって極端にエコを追求するのではなく、上下水道や電気はもちろん、必要最低限の家電も置ける家です。そうした家は大きな家より快適なんですよ」  だからこそ、タイニーハウスに住むことは自分自身のあり方を明確にすることに通じる。  どのくらいのスペースに何があれば、自分は快適なのか。  自分はどう生きたいのか。  すると、自分にぴったりの住まいが導き出されるというワケだ。  タイニーハウスには他にもメリットがある。  サイズが小さいため、木材を贅沢に使ってもコストが抑えられるのだ。「昔から日本では木材住宅が主流で、柱や梁、壁や床も木でできていました。そして、大黒柱や梁にはケヤキやヒノキ、土台には腐りにくい栗など、用途に合わせて種類を変えたりしていたんです。しかし戦後、輸入材が大量に日本に入ってきて、その輸入材が使われるようになり、また壁などには石膏ボードやセメントボードが使われるようになりました。しかし、最近また、木の家に住みたいという声が高まっています」  木造だと耐火性が気になるとは思うが、実は木材ならではの強みもあるという。  「木材は表面が燃えて炭化すると空気を遮断するため、中は燃えずに残るんです。法整備も進んでおり、3cm余分に加工した木材は準耐火として認められます。また、建築業界では杉材は柔らかくて傷つきやすいと言われるのですが、最近の研究では抗菌・調湿作用に優れていることが判っています。そこで、小菅村のタイニーハウスでは小菅産の杉板を壁や床、天井などに使用しています。結果的にコストは流通木材だけを使った場合より10%割高になりましたが、品質を考えればコスト以上の効果がペイできると判断しました」
このタイニーハウス では、100%小菅村産の杉板が壁や床、天井に使われている。
首都圏を支える多摩川の源流域小菅村。そこに広がる豊かな森林が源流を育んでいる。(撮影=田丸瑞穂)
 水を育む源流地域として自然を大切にしてきた村の人々の思いと重なる東京を流れる多摩川最上流部の山梨県小菅村のタイニーハウス。  自然や地域と共生しやすいタイニーハウスを視察に訪れる自治体も増えているという。「小さな土地でも建てられ、場所を選びません。平地の少ない山間部に限らず都心でもメリットは大きいでしょう。この魅力をもっと多くの方に知っていただきたいですね」と和田さん。  暮らし方を問い直すことは、生き方を問い直すこと。  10年ほど前、世界的な金融恐慌を機に「無駄なくシンプルな暮らし」が見直され、欧米では様々な形のタイニーハウスが生まれ注目されている。この源流の村に始まったムーブメントが今後どう広がっていくものか、すべての生活様式が変わろうとしている今、住宅のあり方の1つとしても注目していきたい。 取材・文=吉田渓