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源流の郷未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会 ~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。 会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
自然にならった森づくりが奥伊勢の源流を変える(宮川)
伊勢神宮の遷宮にも使われた大台町の木
 心地よい春に芽吹いた若葉が温暖な季節に誘われるように豊かな青葉になった5月の半ば、源流探検部が目指したのは奥伊勢とも呼ばれる三重県大台町だ。  三重県内で最も長く大きな宮川は、この町の大台ヶ原から出発し、伊勢市で伊勢湾へと注ぐ。まさに伊勢の奥に位置する町とあって、日本の礎と言える伊勢神宮との関わりも深い。  この宮川、古くは伊勢神宮の外宮・豊受大神宮の禊川(みそぎがわ)だったという。そのため「豊宮川」と呼ばれ、いまでは音が縮まり「宮川」と呼ばれるようになったと言われている。  それだけではない。かつて大台町の山は伊勢神宮の御杣山(みそまやま)の一つだった。伊勢神宮では20年に一度、お宮を建て替える「式年遷宮」が行われるが、そこで使われる御用材が、大台町で伐り出されていた。御用材は、宮川の流れを利用して伊勢まで運ばれたという。  宮川の豊かな水量は御用材以外の木材の運搬に利用されたほか、下流から大台町まで生活物資を運ぶための重要な交通網でもあったのだ。 ※御杣山とは式年遷宮で使用する御用材を伐り出す山のこと。  山と川が暮らしや歴史と深く結びついている大台町。  この源流の町では今、自然を守るためにこれまでにない新たな森林づくりを進めている。新たな森林づくりとはいったいどんなものなのだろうか。宮川森林組合を訪ね、林業振興課・中須真史さんに話を聞いた。 「新たな森林づくりとは、自然の山にならった森林づくりです。スギやヒノキだけを植えるのではなく、それぞれの立地に合った木を植えて育てています」  新たな森林づくりでは間伐が必要ないため、人手つまりコストを削減できるほか、さまざまなメリットがあるという。なぜ、こうした森林づくりを始めたのだろうか。 「面積の93%を森林が占める大台町では、戦後、スギやヒノキの植林が行われました。  それらが今、伐期を迎えているのですが、近年は林業が成立しにくくなっています。課題は、大きく分けて三つあります。一つ目は立地の厳しさです。山が急傾斜なうえ、谷が深く入り組んでいるため、同種の木を大量に植えても効率よく搬出することができず、コストがかかってしまいます。二つ目は木材価格の低迷、三つ目がシカによる食害です。時間をかけて育てた木を搬出しても収益が上がらないうえ、植えた苗木をシカに食べられてしまいます。そのため、伐採跡地に再び植林するのが難しくなったのです」
宮川森林組合林業振興課の中須真史さん。大学時代に学んだ森林生態の知識を生かし、大台町の森づくりに励んでいる
その木が好む場所に植えてより自然な森を作る
 スギやヒノキで林業を続けるのは難しい。シカ対策も手詰まりだ。しかし、森林を放っておくわけにいかない。  そこで宮川森林組合では、森づくりそのものを見直したという。 「そこで取り入れたのが、高田研一先生(自然配植技術協会)に教えていただいた自然配植技術です。これまでは、立地に関係なくスギやヒノキを等間隔に植えていましたが、自然配植技術ではそれぞれの立地に合った樹木を植えていくのです」  使用する広葉樹の種類は、低木から高木、成長の早い木から遅い木、常緑樹から落葉樹までと幅広い。100年後に理想の森林になるよう、どの場所にどの木が合うかを徹底的に考え、設計図を描いたうえで植林するといったものだ。空いている場所もあれば、苗木が密集している場所もあるのは、自然と同じだ。  使用する苗木には、大きな特徴がある。 「地元で採取した種子から育てた地域性苗木なんです。生産状況や生産履歴をすべて記録することで、系統的な遺伝子を保全できるほか、自然の生態系の保全にもなります。さらに、地元住民の方に地域性苗木を生産していただくことで、地元経済の活性化にも繋がっています」  苗木ならば生産規模を必要とせず、個人レベルで、さらには年配の方でも育てることができる。そうして個人が育てた苗木は、大台町苗木生産協議会を通じて宮川森林組合が購入するという。  また、宮川森林組合では企業に対して「Duplex植樹」を提案している。環境省のJ-VER制度を活用したもので、その仕組みはこうだ。企業の依頼で森林組合が植樹をすると、その費用に応じて森林組合がカーボン・オフセット・クレジットを企業に提供する。この植樹が行われる際も、自然配植技術が用いられている。 ※詳しくは >>>> miyagawa-shinrin.jp/duplex.pdf
自然配植技術で植樹する際は、50~100年後の森の姿から逆算してどこに何を植えるか決める
日本各地を悩ませるシカから苗木を守る秘策
 自然配植技術で植林した森林を、実際に見せてもらうことにした。  かなりの急斜面に苗木が植えられている。斜面の下の方には枝を横に伸ばすイロハモミジ。その後ろには、まっすぐに伸びるケヤキがある。その周囲には、強い日差しが当たりすぎないようにするため、成長の早いヤマザクラやムラサキシキブが植えられている。  植樹した苗木を守るシカ対策も独特だ。小さい範囲をフェンスで囲むパッチディフェンスを行っているのだ。 「それまでは苗木を一本ずつ囲ったり、エリア全体をフェンスで囲っていましたが、シカはフェンスをめくったり、飛び越えてきます。一方、檻のように見えるパッチディフェンスは『入ったら出られない』とシカに思わせるため、侵入しづらいのです」  パッチディフェンスはシカによる食害のリスクが分散される反面、間伐ができない。しかし、自然配植技術を行えば、成長のスピードが異なる広葉樹を植えることになる。その結果、間伐が要らないのでコスト削減にもなり、森林に多様性が生まれる。そうした森林には生き物も集まってくるし、土壌も元気になる。健康な山(森林)は水をしっかり保持し、源流も守られるというわけだ。
最近、自然配植技術で植林した場所。樹種ごとに合った場所に植え、バッチディフェンスで守る
 2007年(平成19年)、初めてこの自然配植技術で植林した森林まで案内してもらった。そこは、すでに森林ができ始めていた。ウリハダカエデやエドヒガンの葉が青々と茂っている。シカよけのフェンスは、ボリュームたっぷりの枝葉に隠れていて目立たない。 「これは、まだ森林の最終形ではないんです。先駆種のウリハダカエデやエドヒガンは、あと30年もすると枯れてくるでしょう。その頃になると、その後ろに植えたケヤキやトチノキが大きく育ってくるはず。大台町は立地も多様なので、さまざまな樹種を植えることができます。その利を活かしアロマセラピーのエッセンシャルオイルの製造販売もしています。時代やニーズに合わせた商品を提供しながら、持続可能な林業を進めて自然を守っていきたいですね」
12年前に自然配植技術で植林した森では、苗木を守ったディフェンスを軽々と越えるほど、広葉樹が育っていた
ビジネスパーソンが源流の町を選んだ理由
 大台町の豊かな自然を主体に、新たな可能性を引き出す取り組みも始まっている。その中心の一人が、合同会社サイクロス代表の古守庸一郎さんだ。  大阪は心斎橋でさまざまな会社を経営していた古守さんが家族とともに大台町に移住したのは5年前のこと。 「子供を安心して育てられる場所で暮らしたいと思い、日本各地を回るなか、訪れたのが大台町でした。大杉谷自然学校の移住体験に参加して、宮川のあまりの美しさに衝撃を受けたんです。川の美しさは、ここに住む決め手の一つになりましたね。ただ、旅で触れる自然と住んで感じる自然は、やはり違います。最初に住んだ家の周りにはハチやムカデ、クマもいました。自然の脅威とともに、『人間も自然の一部なんだ』と身をもって実感しましたね」  そのぶん、表面的ではない自然の魅力を感じたという古守さん。その中で芽生えたのは、経営者ならではの思いだった。 「それは『働きがいのある仕事を誰かがこの地域に作らなければ』ということ。大台町には川や山などココにしかない魅力があり、『大台ヶ原・大峯山・大杉谷ユネスコエコパーク』に指定されています。それは大きな強みだと思いました」  ユネスコエコパークとは、自然と人が共生しながら持続可能な暮らしを目指すモデル地域のこと。自然を厳格に保護する「核心地域」、自然の保全や持続可能な利活用を進める「緩衝地域」、社会や経済の発展と自然保護を両立させる「移行地域」、この三つの区分があり、それぞれ取り組みの趣旨が異なるのが特徴だ。古守さんはこの中の「移行地域」の趣旨に基づいて取り組んでいる。 「山の手入れをしながら薪炭を作ったり、山菜を採ったりと、山に入れば入るほど経済が活性化する。これこそ、かつて日本の山間部の暮らしでした。ユネスコエコパークに指定されている大台町には、『自然との共生』を発展させる余地があると感じています」
大阪から大台町へ家族で移住した古守庸一郎さん。この地域で育まれてきた自然や技術を掛け合わせ、新たな特産品を生み出している
エメラルドグリーンに輝く宮川。ユネスコエコパークに指定されている大台町はこの川を中心に形作られた
 しかし、経営者ゆえに、地方でビジネスを立ち上げる厳しさも知っている。また、この地域の特産であるアユやユズは、各地で商品化され尽くしている。 「だからこそ、大台町の魅力や強みを掛け合わせることが重要だと考えました。林業が盛んな大台町には、額縁を一貫生産するメーカー・三重額椽さんがあります。その木工技術と木工作家・吉川和人氏のデザインを掛け合わせ、インテリア性の高い額縁ミラーが生まれました」  そのプロデュースを手がけたのが、古守さんだ。「WAKUWAKU」と名付けられた額縁ミラーは、ヒノキを中心とした地元材を使用しているという。 「いま目指しているのは、地元の技術や特産品を掛け合わせた商品を作るだけでなく、その売り上げの一部を自然保護に役立てる仕組みを作ること。ドイツの或る町には、実際にそうした仕組みがあるようです。私たちも、地元の企業や技術、特産品を外の人と繋げることで山(森林)や川を守っていけたらと思っています」  源流域の人々は単に自然から恵みを糧にするだけでなく、共生することから自然を守ってきた。いま新たに自然と共に生きる大台町に、新たな風が吹く。その風は自然を守る新たな生業を作ってくれることだろう。 その成果が次代の日本の森林の姿かもしれない、と感じさせる今回の取材であった。