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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。 会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
落差80mの滝を滑って源流を体感(四万十川支流目黒川源流)
滝の流れにヘッドスライディング
 山の桜が満開を迎えた頃、源流探検部は冬用のウエットスーツとライフジャケットを着て、滑床渓谷にいた。愛媛県松野町と隣接する宇和島市にまたがる滑床渓谷は、四万十川支流の目黒川の上流に位置する。 花崗岩の巨大な一枚岩の傍らに、ゴロゴロ転がっている巨大な岩。その間を澄みきった水が走るように滑っていく。 その流れに、ゆっくりと足を踏み入れる。「あれっ、そんなに冷たくないな?」と思った瞬間、フォレストキャニオンのリバーガイド・石川雄一さんに勢いよく水をかけられた。こちらも負けずに水をかけ返す。はしゃいでいる間に、ウエットスーツの中にゆっくり入ってきた水は、やっぱりそれほど冷たくない。  太陽が顔を出し、気温が20度近くまで上がったこの日は、絶好のキャニオニング日和だ。キャニオニングとは、ガイドのサポートを受け、身一つで滝を滑り降りるアクティビティのこと。傾斜のゆるやかな渓流が続いている滑床渓谷は、キャニオニングに最適なのだ。  「ここは傾斜がゆるくて、お子さんにもぴったりなんですよ」。  鳥居岩からほど近い出合滑で石川さんが言った。花崗岩を削って水路を作るほど、水の勢いは強い。しかし、子供でもできるなら大人である源流探検部もできるはず。水流に乗ってヘッドスライディングすると、体はぐんと加速した。一瞬のうちに出合滑を通り抜け、小さな滝壺にドボンと放り出された。ライフジャケットを着ている体はすぐに浮き上がった。  「この爽快感、たまらない!」、キャニオニングでは、参加者の小学生の多くが出合滑で「滑る→歩いて上る→滑る」を延々とループしたがるそうだが、分かる気がする。
傾斜がゆるやかな出合滑はヘッドスライディングで滑る。子どもたちには、何度でも滑りたくなるほどの人気。
松野町のアウトドアを盛り上げようと設立されたフォレストキャニオンでリバーガイドを務める石川雄一さん。
一枚岩の巨大な滝を身一つで滑り降りる
 滑床渓谷にいくつもある淵や滝の間をつなぐのは、昭和30年代に作られた遊歩道だ。  自然に溶け込む遊歩道を歩いていると、目の前を何かがよぎった。岩の間からそっとコチラを伺っているのは、モフモフの体にクリクリの茶色い瞳、アナグマだ。  「サルはよく見ますけど、アナグマは珍しいですね」と、石川さんも心なしか興奮気味だ。  木が鬱蒼と生い茂る遊仙橋で、石川さんがロープを取り出した。橋の下の大きな岩を使ってラペリング(懸垂降下)をするという。ハーネスにカラビナでロープをつけ、石川さんの誘導でゆっくりと柵の外に出る。  「ロープは軽く触るだけにして、身を預けてください。はい、手すりから手を離して」。  恐る恐る手を離すと、ロープ1本で支えられた体が斜めに倒れていき、足の裏が岩肌を捉えた。岩の上をトントントンと歩くように下りていき、水面にたどり着いた。流れのほとんどない川面にぽっかり浮かぶと、岸から伸びた枝の萌黄色の葉がのんびりとこちらを見下ろしていた。  滑床渓谷のクライマックスは雪輪の滝だ。落差約80mの巨大な滝は一枚岩の花崗岩でできているという。そのあまりの迫力に圧倒されている探検部メンバーに、「今日は、ちょうどいい水量ですね」とニッコリ笑う石川さん。ここは表面に生えているコケで滑るようなものなので、水が多すぎても少なすぎても上手く滑れないのだという。  滝を歩いて上っていき、滑り出すポイントに座ると、滝壺や遊歩道が小さく見えた。後ろに連なって座る石川さんが方向をコントロールしてくれるので、怖さよりもワクワク感が上回る。  「いきますよー!」  石川さんの掛け声で滑り出した瞬間、一気に加速する。まさにロケットスタートだ。目の端で景色がビュンと風のように通り過ぎていく。そのスリルを超えた爽快感に思わず声を上げて笑ったら、水の塊に行く手を阻まれた。滝壺に突っ込んだ拍子に水しぶきが上がったのだ。滝を流れ落ちる水流と水しぶきにもみくちゃにされた身体はグルんと反転してから水面に浮上した。水の流れに身を任せるって気持ちがいい!  キャニオニングは、源流の自然に身を任せるアクティビティだ。渓谷内を歩いて移動し、滝を滑る。水の流れに足をすくわれないように、苔で転ばないようにと、自然の中で過ごすうちに、神経が研ぎ澄まされた気がした。
日本の滝100選にも選ばれた雪輪の滝。花崗岩の一枚岩でその落差は約80mにもなる。
滑り出して一瞬でトップスピードに達する雪輪の滝。スリル満点のキャニオニングが楽しめる。
日本人が大好きな源流域に棲む「天然モノ」
 キャニオニングが楽しめる滑床渓谷は足摺宇和海国立公園に指定されており、松野町と宇和島市にまたがっている。年配の方の多くは「昔は柴の葉をお尻に敷いて、あそこを滑ってたんだっ」と懐かしそうに目を細める。昔も今も松野町の人々の心のふるさとなのだ。  川とその周囲の自然を大切にする松野町は源流の町だ。町内には、目黒川に加えて広見川と、四万十川の支流が2本流れている。地元の人にとって目黒川の滑床渓谷は奥座敷、広見川は暮らしに密着した川だったそうだ。  それというのも、天然ウナギやツガニ(モクズガニ)が獲れるからだ。この地域では専業の漁師さんはおらず、農業や他の仕事の傍ら、夏だけウナギ漁をする人が多いという。竹筒の中に円錐形の返しを仕込んだ「ジゴク」と呼ばれる仕掛けでウナギを獲る。この仕掛けに一度入ったら抜けられない地獄なのは聞かなくてもわかる。 地元の人が獲ったウナギを持ち込むのが、町内に唯一残る天然ウナギ料理店・末廣だ。店を切り盛りする女将の友岡勝子さんは、「天然と養殖の違いは、食べたらすぐ分かる思うわ」とおっとりした口調で教えてくれた  「天然はね、皮が柔くて身は弾力があるの。せやから、扱いやすいんよ」  西日本では珍しく、背開きをする。専用の片刃の包丁は、隙間などに雑菌が残らないよう、取っ手がない。ウナギの旬の夏場には大量のウナギをあっという間に裁く。  「もたもたしとったら、ウナギがかわいそうやから」  残念ながら、天然ウナギの時季には早すぎて食べることはできなかった。
源流の町・松野町には、滑床渓谷がある目黒川の他に広見川が流れている。どちらも隣の四万十市で四万十川に合流する。
花崗岩が侵食されてできた滑床渓谷には大きな岩が多い。鳥居岩は三つに割れて鳥居の形になったことからそう呼ばれている。
源流から河口まで四万十川には生き物がいっぱい
 最後の清流と称される四万十川。その支流である目黒川と広見川が流れる松野町には、1998年(平成10年)にオープンした「虹の森公園 おさかな館」がある。ここは四万十川の源流域から河口に暮らす生き物を展示する水族館だ。 「目黒川や広見川は生き物の種類が豊富なのが特徴です。源流域ではイノシシやシカ、サル、アナグマ、甲虫など、いろんな生き物が暮らしているんですよ」  そう教えてくれたのは、飼育員の伊佐隼弥さんだ。そう言えば、源流探検部もキャニオニング中にアナグマやアカハライモリを見かけた。 「目黒川の源流域に棲む魚の代表はアマゴです。渓流魚は冷たい水を好みますが、年間平均水温20度の目黒川でも平気ですね。広見川の上流と中流に棲むのは、ウグイとカワムツ。腹ビレにオレンジの婚姻色が出ているのがウグイで、背ビレが黄色いのがカワムツです」  川の断面を再現したレイアウトになっている水槽に、太陽光がまっすぐに注ぐ。カーテンのように揺れる光の間を泳ぐ渓流魚はとても気持ち良さそうだ。松野町の代名詞であるニホンウナギやツガニ、カワヨシノボリやドンコ、海から遡上してくるというボラ、河口にいるアカメの水槽もある。ウナギに直接触れることができるタッチプールは、子供に大人気だとか。 「展示されている魚の中には、町内や近隣に住む方が釣った魚もあるんですよ。珍しい魚を釣った方から『これ、何て魚?』と尋ねられ、調べることもあります」  この地域の人々にとって、今も川は生活に密着した存在である証だろう。
おさかな館で展示されている魚の一つが広見川の上流から中流に棲むウグイ。オレンジの婚姻色が見てとれた。
 おさかな館を出て広見川沿いを通ると、橋のそばに大きな岩を見つけた。表面には大きく「鰻魂碑」と刻まれている。その文字から、暮らしを支えてくれる源流とそこに棲むウナギなど樹木と水が豊かな自然の恵みに対する、地元の人々の感謝の気持ちが伝わってきた。