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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。 会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
水源の村の未来を変える二つの試み(紀の川吉野川源流高見川)
奈良から車で1時間の山村に若者が集まる理由
 近鉄奈良駅から車で1時間。道路脇に、大きな看板が現れた。周囲の山々に溶け込むような杉林の写真に「ニホンオオカミ 最後の地 東吉野村」と書かれた看板だ。ニホンオオカミは、1905年(明治38年)に、ここ東吉野村で捕獲されたオスを最後に、その姿は確認されていない。けれど、看板の向こうに連なる緑の深さに、「もしかしたら・・・」という気持ちになる。   先を進むと、紀の川熊野川の源流、高見川にかかる橋のたもとに、古民家をリノベーションした建物が現れた。その洗練された佇まいが目を引く。引き戸のガラスには、「OFFICE CAMP」の文字。ニホンオオカミの看板のデザインも手がけたデザイナー・坂本大祐さんが中心となって作ったシェアオフィスだ。
東吉野の中心部の空き家をリノベーションしたシェアオフィス「オフィスキャンプ」。
 自然豊かな東吉野村は、この4年間で若い世代の人口が増えているという。  そのきっかけとなったのが、このオフィスキャンプなのだ。空き家をリノベーションしたオフィスキャンプは、太い梁や和室を残しつつ、カフェのような雰囲気が漂う。メインスペースにどんと置かれた欅の一枚板のテーブルは、ノートパソコンで仕事をする人で埋まっている。出迎えてくれた坂本さんが教えてくれた。 「今日は休業日なので、ここにいるのはうちのスタッフがほとんどですが、普段は県内外から訪れた方に利用していただいています」  オフィスキャンプにはWi-Fi環境やプリンタ複合機が揃っており、一人500円支払えば使用できる。1日の定員は10名まで。12月から2月末まで冬季休業するものの、3年前のオープン以来、来場者の数は延べ5,000人にも上る。 「漫画家さんやライターさんなど、一人でフラっとやってきて仕事をする方もいますし、一つの部署丸ごと移動してきて、ここでミーティングをするという企業さんも増えています」
欅の一枚板のテーブルは、「若い人が頑張っているから」と地元の人が安価で譲ってくれたもの。
 大阪出身の坂本さんは、中学時代に東吉野村で山村留学を経験。大人になり、デザイナーとなったが、働きすぎで身体を壊してしまったこともあり、先に両親が移住していた東吉野村に住むことになった。 「僕の話に興味を示す友人が多かったんです。多くの山村では『仕事がない』という課題を抱えていますが、まずは僕のように、どこでもできる仕事の人に声をかけようと思いまして」  水本実村長のもと、若者の移住・定住促進政策を進める村のバックアップもあり、2015年4月にオフィスキャンプが誕生した。オフィスキャンプには仕事環境やカフェコーナーだけでなく、キッチンやお風呂があり宿泊もできる。 「ここには、地元の人もコーヒーを飲みに来てくれるんですよ。どこに住むにしても、いきなり移住するのは大変なこと。まずはオフィスキャンプで地元のコミュニティに触れてもらえれば、と思っています」  12年前に移住した源流の村・東吉野村の魅力を坂本さんは、こう教えてくれた。 「ここは水の選択肢が広いんですよ。全戸に行き届いている簡易水道だけでなく、川の底から汲み上げた上水や井戸水、沢から直接引いた水まであります。この水も、井戸水なんですよ」  そう言って出してくれたのは、グラスに入った一杯の水。雑味がなく、すっきりとして美味しい。 「都会では、水の選択肢があるなんて考えられませんよね。村の人は、畑でとれた野菜を沢の水で洗うなど、水を上手に使い分けています。また、ここでは農業や林業といった生業と暮らしが直結していて、いろんな意味で余裕がある人が多いんですよ。尊敬できる人がたくさんいるのが、この村の魅力です」
シェアオフィスの運営や制作業務を行う合同会社オフィスキャンプ代表社員の坂本大祐さん。
インタビュー中に出された、雑味のないすっきりとした井戸水。水源の村ならではのもてなし。
過疎高齢化の村を変えた若者定住政策
 オフィスキャンプは、東吉野村が進める若者定住施策「クリエイティブヴィレッジ構想」の拠点施設でもある。先頭に立って推進してきた東吉野村の水本実村長は、この施策が生まれたきっかけをこう語る。 「ここ東吉野村でも人口減少と高齢化に悩んでおり、私が村長に就任した2006年(平成18年)以来、1年で100名ずつ減っていました。『どうにかせな~、あかん』と思い、村に移住してきた若者に話を聞かせてもらったところ、坂本さんに『情報発信に協力しますよ』と言われたのです」  行政として何をすべきか、村長は坂本さんと一緒に考えた。 「坂本さんから『シェアオフィスはどうでしょう。移住につながるかわからないけれど、この村を気にいる人はいるはず・・・』と言われましてね。シェアオフィスとして借りた空き家は、持ち主の方が『村で使ってくれた方が父も喜びますから』と寄付してくれたのです」  シェアオフィスだけでなく、医療費の無料化やこども園の開園、空き家バンクと、子育て世代のサポート体制を充実させた。その結果、東吉野村への移住者は、4年間13世帯65名まで増えたのだ。 「ここは、ホタルを介して大阪府堺市と友好都市になった水源の村。この自然を子どもや若い人たちに引き継いでいくためにも、今後さらにこの流れを加速させていきたいですね」
若者定住政策「クリエイティブヴィレッジ構想」を推進する東吉野村の水本実村長
ホタルの飛ぶきれいな清流が残る東吉野村。ホタルが縁で大阪府堺市と友好都市になった。
村人が復活させた小さな水力発電所
 若者たちが新たな風を起こす一方、地元の人々も水の豊かな村ならではの取り組みを行なっている。小水力発電の復活だ。村には、1914年(大正3年)から1963年(昭和38年)まで、水力発電所「つくばね発電所」があった。 「当時は45kwという規模でしたが、つくばね発電所から村の全域に電気を送っていました。初めて触れた電気はココで作られたものだからこそ、村民にとって愛着があるのです」  そう話すのは、この地域の有志で結成された東吉野水力発電株式会社 代表取締役の森田康照さんだ。  案内された発電所の裏山を見上げると、木々の間を真っすぐにパイプが通っている。山上を通る川から引いた水は、勾配42度・高低差105mの急斜面を駆け下り、その勢いで水車を回し、電気を起こす。  発電所の建物で実際に見せてもらったチェコ製だという水車は、とても小ぶりだが、急斜面を一気に流れ下った水は凄まじい勢いで水車を回している。
村人の熱意で復活したつくばね発電所。地元の人々にとって思い入れのある存在だ。
村の有志で結成された東吉野水力発電株式会社。森田康照さんはその代表取締役を務める。
「発電所を復活させる」と言っても、取水口や水を引くパイプなどは新たなものを設置しなければならない。  資本金の40%は生活協同組合「ならコープ」のグループ会社が出資し、事業費は奈良市に本店がある南都銀行が融資するなど、地元企業がバックアップ。さらに、クラウドファンディングによって、予定を上回った事業費も賄うことに成功した。 「自然エネルギーを活用した発電所を通して、村に貢献したいのです。発電所の敷地には、これから芝生を植えてツリーハウスを作り、子どもたちが集える場所にしたいですね」  自然に恵まれ、水が生まれる源流の村。新たに村にやってきた若者と村、そしてこの地域に根ざした人々は、それぞれのやり方で、この村の過去と現在、そして未来を繋いる。新しい時代の始まりを感じさせるこの源流の村のあり方には、ますます注目が集まることだろう。