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源流の郷未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会 ~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。 会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
森の女王が生きる秋田の源流の村(成瀬川)
豊かな自然が生む水と里山の風景
 森の女王。そんな、尊敬の念さえ感じられる別名を持つ木がある。それが、ブナの木だ。ブナの林はしっかりと水を蓄え、土砂崩れなども防ぐことから、「緑のダム」とも呼ばれている。また、その実は栄養価が高く、動物たちにとってはご馳走だ。だから、動物たちが集まってくる。まさに、豊かな森林を象徴する存在なのだ。  そんなブナの美林が秋田県南部にあるという。源流探検部を名乗る以上、これはぜひ見ておきたい。さっそく、秋田県の東成瀬村へ向かった。  東成瀬村は県境の村だ。村の東を走る奥羽山脈を超えると岩手県、村の南にある栗駒山の山頂まで行けば宮城県。山々にぐるりと囲まれていながら、平らな土地には田んぼがパッチワークのように連なっている。鏡のように山を映す6月の田んぼでは、眩しいほど青い苗が空を仰ぐようにすっくと立つ。そんな東成瀬村で待っていてくださったのが、糯田正宏副村長だ。 「東成瀬村は総面積の93.1%が山林で、その多くが国有林です。村のあちこちに沢や湧き水があり、昔からそれらの水を農業用水や生活用水として使ってきました。沢の水は栗駒山を水源とする成瀬川に注ぎ、やがて雄物川へと合流します。水が豊かで昼と夜の寒暖差が大きいので、ここで作られるお米はデンプンがしっかりと蓄えられていて、美味しいと評判なんですよ」(糯田副村長)  美しい里山の景色を作るのは、実は山林とそこで作られる水なのかもしれない。
東成瀬村の糯田正宏副村長。秋田県職員を経て、2015年(平成27年)から現職。横手市で育った糯田副村長にとって、東成瀬村は子供時代に川で魚を獲って遊んだ思い出の場所。
村内では清水が湧いており、大切に手入れされている。栗駒山荘のすぐ近く、国道342号沿いにある栗駒仙人水は、仙人郷三大清水の一つ。
 しかし、豊かな山林と里山の景色は、放っておいてできるものではないはず・・・。糯田副村長はこんなことを教えてくれた。 「東成瀬村では、1991年(平成3年)から水源の森構想を進めており、かつて薪炭林として使われていた放置ブナ林を整備してきました。村の小学5年生がブナの植樹や間伐を体験するのが、毎年恒例になっているんですよ。また、2004年(平成16年)には、森林の所有者の同意を得て、野生動物が走り回れるブナなどの連続した広葉樹林帯を完成させました。これは、『奥羽山脈 緑の回廊』の一部になっています」(糯田副村長)  「奥羽山脈 緑の回廊」とは、東北森林管理局が設定したもの。貴重な保護林同士をつなげて連続した自然林を回復させ、生物多様性を守ることを目的としている。
東成瀬村に広がる里山の原風景は、「守りたい秋田の里地里山50」にも選ばれている。
必ずしも古い大木がいいとは限らない
「かつて薪炭林として使われていたものの、しばらく放置された山林では、ナラ枯れが問題になっていました。これは、ナラ類などの木にカシノナガキクイムシが入り込んでナラ菌に感染させ、枯れさせてしまうもの。近年、南の方からナラ枯れが北上しており、村内でもナラの木が次々と枯れています。実は、大きく育った木ほどナラ枯れになりやすいんです。ナラの木を薪や炭として使っていた時代は、直径15〜20cmになったら木を伐っていたので、問題にならなかったのです。現在は山林の代替わりを促進し、ブナなどの植樹を進めています」(糯田副村長)  山林とあまり関わりのない都市に住んでいると、「木は伐らない方がいい」「大木であればあるほどいい」と思いがちだ。源流探検部メンバーにも、心当たりがある。けれど、人間の社会や組織が代替わりしていくのと同じように、自然の中でも大木ばかりではなく、若木も育っていることが大切なのだろう。  そうは言っても、大部分を山林が占める村で、手入れを続け、自然を守るのは大変なこと。しかし、ここ東成瀬村では近年、新しく林業で起業する人が増えているのだとか。秋田杉で有名な秋田県とあって、昔から杉を育てている林業家も多いそうだ。また、共有財産として森林を保有している地区もあり、地元の人が共同で下草刈りなどの手入れを行なっているという。さらに、村の小学生は4年生になると林業について学び、5年生になると間伐や植林を経験するのだという。  間伐を行うことは、水源涵養林を守る上でも、重要なはず。山林などでは、樹冠(木の上の部分)と樹冠の間隔が狭いと、葉の上に積もったまま、葉の上で蒸発してしまう雪が多くなる。しかし、間伐がしっかりなされていると、樹冠と樹冠の間隔が広くなる。すると、雪が地面に届いて積もるので、葉の上で蒸発する水分が減り、山林が水をしっかり蓄えることができるのだ。また、樹間と樹冠の間隔が広いと、太陽光が地面まで届きやすいため、春先に雪が早く解けやすくなるという。
村の小学生は4年生で林業を学び、5年生で間伐と植樹を経験する。スキー場の敷地に植えられたブナの苗木には、その一本一本に子供たちの思いが込められていた。
 村では、普段の暮らしの中でも、自然を守るさまざまな取り組みが行われているという。 「その一つが、合併浄化槽の整備です。この村は南北に30kmと細長いうえ、住宅の間隔が広く、下水処理場を作るのが難しいため、一軒ごとに合併浄化槽を設置しています。住民の方に費用を一部負担してもらうことになるのですが、水源の村として水を守ることの大切さを皆さん理解してくださっているのです。さらに、籾殻を炭化する施設を設けているほか、一般家庭の生ゴミを回収して肥料にする取り組みを行っています。肥料は、この取り組みに参加してくださった世帯に還元しています」(糯田副村長)  生ゴミから肥料を作る取り組みには、村内の800世帯中300世帯が参加しているそうだ。自然と共に生きる暮らしが代々伝わっている村では、循環型社会への取り組みが当然のこととして受け入れられているのだろう。そんな東成瀬村では今年中に成瀬ダムが着工する。運用開始は2025年(平成37年)の予定だ。 「成瀬ダムには、飲料水の供給はもちろん、治水や発電など、さまざまな役割があります。中・下流の地域にダムの役割や水源地の自然について知ってもらえるよう、これからアピールしていきます。将来的には、子供向けダムツアーなども開催したいですね」(糯田副村長)
村の子供たちに受け継がれる森林の手入れ
 源流の村を、村役場の建設課兼成瀬ダム課 課長補佐の菊地剛さんと、農林課 課長の菊地茂樹さんがブナ林であるすずこやの森に案内してくれた。  すずこやの森の登山口は、国道397号沿いにある駐車場の目の前にある。斜面を登り始めてすぐに、ブナの木々に囲まれた。地面は柔らかく、湿っている。見上げると、ブナ特有の波打った葉がこちらを見下ろしていた。  建設課兼成瀬ダム課 課長補佐の菊地剛さんが言う。 「ここは昔、薪炭林として使われていたんです。その太いブナの木は、母樹として残したのでしょう。このあたりの若いブナの木は、恐らくあの母樹の子供ですね」(菊地剛さん)  確かに、周りと比べると、その一本だけが太い。一抱えもある幹はまっすぐに伸び、ほかの若い木々を見下ろしている。子供を見守る母そのものだ。 「ここは、しばらく放置されている間に、ブナの天然生林になったのです。村で下草刈りをしたり、4割ほど間伐しました。副村長のお話に出てきた、村の小学生の間伐体験は、ここで行われているんですよ。最近では、成瀬ダムの受水者となる横手市や湯沢市の子供達も、ここで間伐体験をしています」(菊地剛さん)
母樹と見られるブナの木の周りに若いブナ が林立した「すずこやの森」。昔は薪炭林として使われ、しばらく放置されていたが、現在は子供たちの林業体験の場となっているほか、「奥羽山脈 緑の回廊」の一部にもなっている。
 ブナ林の美しさ、土の柔らかさに感動していると、農林課の菊地茂樹さんがこんなことを話してくれた。 「ここは、『奥羽山脈 緑の回廊』の一部なんですよ。すずこやの森は車を降りてすぐ入れるので、いろいろな方にブナ林の魅力を感じていただくのにぴったりですが、ブナ林としては小さい方ですね。山の奥に行くと、もっと大きなブナ林がたくさんありますよ」(菊地茂樹さん)  そう語る顔は誇らしげで、誇れる故郷を持つW菊地さんが羨ましくなった。  もう一カ所、案内してくれたのが、天正の滝を見下ろす展望台だ。生い茂る木々の間から、水の束が勢いよく流れ落ちる。1年のうちの5カ月間も雪に閉ざされる豪雪地帯の山々が蓄えたパワーを放出するかのような力強さだ。菊地茂樹さんが山々を眺めながらこんな話をしてくれた。 「秋には、広葉樹の紅葉と滝のコントラストがきれいですよ」(菊地茂樹さん)
山の斜面から勢いよく流れ落ちる天正の滝。水量の多さが印象的だ。
天正の滝を見下ろす山林の中で見かけたギンリョウソウは、ブナなどの林でよく見かけるもの。真っ白な風貌から、ユウレイダケとも呼ばれている。
 山々が染まる秋は、きっと息を飲む美しさだろう。けれど、目の前の瑞々しい山も、やはり美しい。見ていて飽きない。そう口にしたら、他の源流探検部のメンバーがこう言った。 「モコモコした木と、すっと伸びる木のバランスが絶妙だからじゃない?」  言われてみれば、その通りだ。縦横に連なる山々を針葉樹と広葉樹がリズミカルに彩っている。菊地茂樹さんが、その秘密を教えてくれた。 「この村では20年をかけて、1ヘクタールあたり3,000本の木を6ヘクタール分、植林してきましたが、植えたのはブナだけではありません。ナナカマドやミズナラなど、村の固有種のさまざまな広葉樹を植林しています。東成瀬村の山林の70%は広葉樹で、秋田県内で最も針葉樹林の割合が低いんですよ。杉林など針葉樹林もありますが、そのほとんどは人家の近くにあります。ここは豪雪地帯で下草刈りが大変なので、戦後に全国で針葉樹が植林された時も、無理に針葉樹林を増やさなかったのです」(菊地茂樹さん)  ここで暮らしているからこそわかる、この土地にあった自然との付き合い方。それが、豊かな山林を守っているのだろう。水の豊かさは、山林を守る人々の思いの豊かさ、深さなのだと改めて思った。