



90%が森林となる新潟県村上市山北地区を流れる清流。花崗岩質の石や砂が多く、渓相は明るい。流程は約20kmと短いが、森を流れる美しい上流域はイワナやヤマメを狙える渓流釣り場として名高く、環境省の名水百選にも選ばれた「吉祥清水」をはじめ豊富な湧水が流れ込む中流域には、県内外からアユ釣りファンが訪れる。サケのコド漁で有名な大川と同じ、大川漁業協同組合が管轄。
コド漁で訪れた村上市山北地区へ
以前、当連載で新潟県村上市山北地区の大川を紹介したことがある。11月下旬から12月にかけて川に遡上するサケを、古来続く伝統漁法「コド漁」で漁獲する様子を取材させていただいた。足場となる鉄パイプを組み、そこにササなどのシバを渡し、川を上るサケが途中で休憩できるような隠れ家を作る。留まらせたサケを長い棒の先についたカギで引っ掛けて獲る。「魚との知恵比べ」という意味では釣りとも趣の似るコド漁がとても興味深く、私はこれまでたびたび足を運んでいる。

その大川の東隣、同じ山北地区の森を流れるのが、今回の舞台となる勝木川だ。大川と勝木川は同じ大川漁業協同組合が管轄する兄弟河川だが、勝木川では河口の近くに「ウライ」と呼ばれるサケを一括採捕するための柵罠を設置し、遡上してきたサケを一網打尽にするウライ漁が長年続けられてきた。


本流筋に砂防堰堤など河川横断工作物を持たない大川とは違い、勝木川本流には3つの砂防堰堤が設けられている。ウライがなくても海から約1.5kmのところにある最下流の下大蔵堰堤を越えられるサケはほとんどいないだろう。だからこその一括採捕、とも言える。ところが全国の例に漏れず、大川でも勝木川でも、サケの遡上量は年々減少の一途をたどっている。
大きな理由に海洋環境の変化が挙げられる。川から海に旅立ったサケの稚魚が北に向かうためのエサを十分に得ることができず、生き残れないとの見方が強いようだ。新潟県全体で言えば、ほんの5年前と比べても漁獲量は50分の1ほどとなり、最盛期の1997年と比べると微々たる数になってしまった。ほとんどいなくなってしまったと言っても過言ではないだろう。これに追い討ちをかけるように、勝木川では2022年(令和4年)8月の新潟県北豪雨災害により、ウライの基礎部が破壊されてしまった。サケが数多く遡上していた時代なら自治体からの補助も得られただろうが、サケが帰ってこないのだからと、それも見込めず、ついに勝木川のウライ漁は行われなくなってしまった(2026年10月現在、ウライ復興中)。

サケとともに勝木川の宝とされる清流のシンボル・アユ
勝木川でサケとともに地域の宝とされてきた魚がいる。清流のシンボルとされるアユだ。アユもサケと同じく、海と川を行き来する回遊魚である。サケが産卵のために遡上する「産卵回遊」を行う魚であるのに対し、アユは「両側回遊」といって、産卵だけでなくエサを食べて成長するための暮らしの場として川を利用する回遊魚である。

アユは晩秋に川底の砂礫で産卵が行われると、2週間ほどで孵化し、生まれた仔魚は、そのまま流れに乗って海へと降る。アユの赤ちゃんのエサは沿岸の浅い海を漂う動物プランクトンであるため、川を降る途中で砂防堰堤などにより流下が妨げられると食べものにありつけずに死んでしまうと言われている。海で冬を越したアユは、春になると川を遡上する。遡上時期のピークは遡上時期によって変化し、勝木川ではおおむね5月から6月。5~10cmほどの小さな稚アユ(アユの稚魚)がキラキラと身を翻しながら遡上し、堰堤を飛び越えようと跳ねる姿を見ることができる。
川に上ってきたアユが当初食べるのは小さな水生昆虫だが、じきに川底の石や岩に付いた「コケ」と呼ばれる珪藻や藍藻などの付着藻類へと食性を変化させていくとともに、良質なコケの付く石や岩をめぐってナワバリを持つようになる。オトリをナワバリに侵入させて攻撃を促すアユの友釣りや、アユを模したミノープラグを用いるアユイングは、この習性を利用して発展した釣りだ。




アユは川ごとに味が異なると言われる。コケを食べて育ったアユを、コケを蓄えた内臓ごと塩焼きに食べるのだから、コケがアユの味を決めていると言っても過言ではない。そしてアユを美味しくするコケ(珪藻や藍藻)は、水のきれいな清流で育まれる。アユの味は、川の健康度を診断する指標とも言えるのだ。

天然アユを上らせたい!
2026年6月中旬、勝木川を訪れた。地元漁協の組合員でもあり、勝木川保全の会として勝木川の保全活動を行っている佐藤栄作さんを中心に、勝木川の最も下流部にある下大蔵堰堤に設置された魚道に遡上シーズンピークのアユを上りやすくさせるために河床の整えを行うという。佐藤さんは山北地区の魅力を自然の恵みで発信する地域団体「さんぽく活性化協議会」の会長も努めている。
堰堤の魚道は旧式のアイスハーバー型で、しかも下流に向けて突出しているため、専門家によるとアユが入口を見つけづらく、堰堤の下に溜まってしまう構造だという。この日はショベルカーで下流の地形をアユが上りやすいように河床を整えるとともに、魚道に詰まった流木などのゴミを取り除く作業を行った。

当連載のバックナンバー「川と釣りと雨の魚と」では、琵琶湖流入河川の愛知川支流で行われた簡易魚道作りを取り上げている。取材時に驚いたのは、魚道が開通すると同時にアブラハヤなどの小魚が一斉に魚道を上り始めたことだ。それを見て、堰堤の下流部に留められていた魚は本能的に流れに逆らって上りたいものなのだ、という印象を受けた。ましてやアユの遡上期である。時間とともに変化してしまう一時的な処置とはいえ、その効果は間違いなくあるだろうと見込んでいた。私はショベルカーで作業を行う前に許可を得て、ドライスーツに身を固め、堰堤上下流の水中観察をさせていただいた。

堰堤の20mほど上流から腹ばいになって流心を流れ下ると、数匹のアユが逃げていく姿が目に入った。上りづらい魚道でも上る魚はいるということだろう。また、勝木川の中流域では養殖アユの放流も行われており、それらが降ってきたとも考えられる。いずれにしても、魚影はさほど濃くはない。堰堤によりプール状になった深みには、25~30cmほどのウグイの群れを見ることができた。そのほか砂地の淵ではアブラハヤと小さなカワムツが目についた。
次に堰堤の下流に入水する。堰堤直下の河床はコンクリートブロックで固められているが、ブロックの隙間にたくさんの魚を見ることができた。カジカ、ヨシノボリ、シマドジョウ、ウキゴリ、そしてアユ。堰堤の上流側に比べ、小型のアユが多数群れている様子が確認できた。やはり堰堤が行く手を阻んでいるのだろう。潜るまでもなく、滝状になった堰堤の落ち込みを見ていると、小さなアユが次々と飛び上がっては白い滝の流れに押し返されていた。





さらに驚くべきことがあった。突き出した魚道の脇にある淵で、多くのアユに混じって銀色に光るサクラマスが目に飛び込んできたのだ。はちきれんばかりの砲弾ボディ。かなり大きい。サクラマスはその名の通り、サクラの開花時期に合わせて海から川に遡上するサケの仲間だ。

サクラマスは川に入ると、ほとんど何も食べずに川の中で夏を越し、秋には上流のほとんど渓流のような細い流れでも産卵する。当地のソメイヨシノの開花は4月中旬から5月上旬とされるが、もしかするとその時期に川には入ったものの、魚道の入口を見つけることができず、深場にひっそりと潜んでいたのかもしれない。おそるおそる近づき、目安として近くに流れていた枯れ枝を拾って体にあてる。巨大なサクラマスは突然の侵入者である私に緊張の眼差しを向けながらもその場にとどまり、まじまじとその姿を見せてくれた。川から上がって目安とした枝の長さを測ると、なんと70cm!若干の誤差はあるかもしれないが、堰堤下の小さな淵には違和感を感じるほどの存在感だった。
ちなみにサケの仲間であるサクラマスも、サケと同じく近年その数をめっきり減らしている。特に本州日本海側の各河川では激減しており、その意味からも驚きの大きな出逢いとなった。


ショベルカーで中洲に溜まった土砂を移動し、魚道の入口にアユを導く流れを作る。魚は流れの強い場所へと向かっていく習性を持っているため、魚道を通る水量が少ないと、それだけで入口を探す際に迷いが生じてしまう。アイスハーバー型魚道に設けられた「コの字」型の壁には大きな流木やゴミが詰まっており、それを取り除いただけでも魚道は息を吹き返したように見えた。佐藤さんほか関係者が見守るなか、2時間ほどで作業は終わった。
その夜、近くの飲食店で食事をしながらめっきり少なくなってしまったサケの話をしていると、おかみさんが昨年たった4匹だけ塩引きにしたサケの最後の一切れを出してくれた。一昨年は15匹、昨年は4匹。かつては販売のために千匹も塩引きに加工していた時代もあったというが、今はこの味を伝え残すことすらままならない。
ふっくらとした身肉を一枚一枚ほぐしながら、口に放り込む。適度な塩加減がとても美味しい。米どころ新潟県の三大銘柄米のひとつである地元の岩船産コシヒカリ(いわふね米)とともに、貴重な塩引きをいただき、とても幸せな夕食となった。

アユは明らかに増えていた!
翌日、再び私は堰堤の20mほど上流から入水し、水中を観察しながら川を流れ下った。ひと目見ただけで、一晩のうちに多くのアユが魚道を上ったことは明らかだった。前日の5倍では効かない数のアユがまとまった群れとなり、流れ下る私を避けた。ショベルカーでわずかに地形を変更しただけでもこれだけのアユが上るのだ。おそらく大水が出れば、すぐにまた魚道は機能を弱めてしまうだろう。最新の知見を取り入れた魚道を設置できれば、もしくは可能であるならば、砂防堰堤をスリット化することができたら、どれだけの天然アユが勝木川を上るのだろう?そんな理想的な未来を夢想した。
一方で、遡上ピーク時のわずかな間でも川に関わり、アユを遡上させようという地域の人の試みは、それだけでとても大きな意味があるとも感じた。今は川から人が遠く離れてしまった時代だ。川遊びするだけの魅力にも乏しく、ともすれば危険な場所として立ち入ることすら許されなくなった川も多い。その中で釣り人は今もなお、川から恵みを享受しつづける稀有な存在と言えるのかもしれない。だが、釣り人が求めているだけで、果たして川は良くなるのだろうか?とも思う。なによりも川の近くに住む地域の方々が身近な川を大切に思うことが、川をより良くしていくために大切なことなのではないだろうか。サケやサクラマスに加えて美味しいアユは、それがたくさん泳ぐだけで、川に人を引きつけるのだ。

