



日本一の広さを持つ淡水湖。約400万年もの歴史を持つ古代湖で、世界中で琵琶湖にしかいない固有種が60種を超える。今回の主役であるホンモロコもそのひとつ。琵琶湖大橋より北側を北湖、南側を南湖と呼び、今回は南湖の内湾、そして北湖にある内湖(琵琶湖と川などでつながる湖沼)の伊庭内湖と西の湖、その周辺河川を訪ねた。
滋賀県立琵琶湖博物館へ
翌朝は大津の市街地を流れるその名も「諸子川」沿いを歩いてから、今一度、内湾のマルバヤナギの下へ。ピーヒョロロロ……と響き鳴くトビの飛翔を眺めながら、マルバヤナギの揺れる木漏れ日を浴び、ホンモロコの産卵を眺めた。夜に気圧の谷が通過した影響で湖水はやや濁り、わずかに水かさが増していた。それでも9時ごろになると、少しずつ産卵行動が始まった。1時間ほど観察してから、すぐ近くの滋賀県立琵琶湖博物館に向かった。当博物館は琵琶湖の魚の水槽展示に始まり、地質や歴史、漁や食文化などあらゆる分野から深く琵琶湖を学ぶことができる。お昼を挟んでじっくり丸一日滞在したかったが、時間の限られた今回は、ホンモロコに関する展示に的を絞って足速に回った。



琵琶湖では四季を通してホンモロコ漁が行われている。館内には春から秋の代表的な漁法である小糸網漁の模型が展示されていた。小糸網とはホンモロコやフナ類を漁獲するカーテン状の刺網のこと。主に春に浅場にやってくる魚の通り道に目星をつけて夕方に網を張り、翌日の早朝に網上げするという。このほかホンモロコは地引き網漁や小型の定置網であるエリ、冬場沖に落ちたホンモロコを狙う沖曳網などでも漁獲されている。かつてはモンドリと呼ばれる小さなカゴ状の罠でも獲られていたという。
館内には琵琶湖の魚を売る魚屋の展示もあり、「琵琶湖産ほんもろこ」と札の置かれたトレーには大ぶりのホンモロコの模型がぎっしり詰められていた。たもすくいをしていたおじさんたちが、一昔前のホンモロコを懐かしみ話していたことを思い出す。「イワシぐらい大きなモロコがいくらでもすくえたもんや」と。

ネイチャーフォトグラファーの内山りゅうさん(前編参照)とも親交のある学芸員の金尾滋史さんに、最近のホンモロコについてお話を伺った。
「ホンモロコは確かに増えていますね。南湖では2022年ぐらいから一気に増えてきました。こんなにも急に増えるものなのかと、びっくりしたのを覚えています。増えた理由は完全にはわかりませんが、いくつかの理由が考えられています。まず、外来魚のブルーギルがだいぶいなくなったこと。次に雨が降った後の水位調節を少し遅らせるようにしたことも効いていると思います。そしてもうひとつ、私はホンモロコが卵を産むためのヤナギが大型化したことも大きいのではないかと考えています。琵琶湖総合開発(1972~1997年に行われた琵琶湖の治水・利水など総合的な開発事業)からもう30年が経とうする今、ヤナギが大型化してホンモロコの産卵基質となる根が広がったことも関係しているのではないかと。ただ、30年経ってようやくホンモロコが戻ってきたというのに、これを料理する人も食べる人も少なくなってしまいました。文化が衰退してしまったいうことです。特に南湖の周辺にはニュータウンが広がり、移住してきた方も多いので、琵琶湖の魚を食べること自体に馴染みのない人も多いんです。生物多様性が大事だと言っても、それをつないでいくためには魚がいるだけではなく利用する人がいて、文化として根付いていくことが、それぞれの地域にとって大事なのではないかと思っています。ホンモロコが増えて、地元では1パック400円ほどでスーパーでも売られるようになって、安く食べられるようになったと喜んでいたら、その値段ですら売れないこともある。失われた30年で湖の魚自体を食べる文化が衰退してしまった。売れなければ漁師さんも獲ることをやめてしまいます」


ホンモロコのゆりかごである内湖へ
琵琶湖の東岸沿いを北上し近江八幡市へ向かう。ホンモロコ資源が回復するきっかけとなった伊庭内湖と、琵琶湖最大の内湖である西の湖を見てみたいと思った。
かつて伊庭内湖と西の湖は、大中の湖と小中湖という隣り合った巨大な内湖の一部だった。広大なヨシ原に囲まれ、浅く富栄養で温かい内湖には琵琶湖本湖以上に豊かな漁場がいくつもあったと語られるが、戦後に食糧難を解決する目的で行われた干拓事業と護岸整備により、その面積を大幅に減らしていった。2000年にまとめられた滋賀県の資料によると、琵琶湖全体の内湖の面積は1940年の2902haから、その後の10年間で719haと1/4以下となった。大中の湖と小中湖も大部分が干拓され、わずかに残った一部が伊庭内湖と西の湖というわけだ。
まずは伊庭内湖へ。琵琶湖本湖とつながる大同川沿いを上る。伊庭内湖の水位を調節する大同川水門を超えると、眼前に伊庭内湖が穏やかに広がっていた。



広大なヨシ原をイメージしていたので、思っていたよりもヨシはこじんまりと見えた。代わりに目を引いたのが、水際に立ち並ぶ大きなヤナギの木々だった。特に伊庭内湖の幅が狭まり再び大同川と名を変えるあたりになると、左右から繁茂するヤナギの新緑がとても美しかった。ヨシは屋根材やすだれ(よしず)など暮らしに必須であり、ヨシ原を維持するためにヤナギは適宜伐採されてきた。伐られたヤナギは燃料や下駄などの小物を作る木材として利用されたという。ヤナギが育ちすぎれば、それだけヨシ原は押しやられる。ヤナギもヨシも人の暮らしから離れた今の時代は、琵琶湖博物館の金尾さんが言っていたようにヤナギが大木化するフェーズなのかもしれない。ホンモロコにとっては、好適な産卵場が増えている、とも言えるのだろう。
伊庭内湖に流れ込む支流の瓜生川は田んぼの中を流れる水路状の川で、魚が溜まりそうな小さな段差の近くに「ホンモロコ採捕禁止区域」ののぼりが立っていた。川に人はおらず、代わりにアオサギが1羽、小さな堰の傍に佇んでいた。



西の湖でマルバヤナギの大木を見る
一夜明け、最終日は西の湖を見にいった。西の湖園地の駐車場に車を停めて、周囲を歩く。ここでも目立ったのはヤナギだった。琵琶湖周辺に多い大木化するマルバヤナギが見事な樹影を湖面に伸ばしていた。南湖の内湾でホンモロコの産卵場となっていたのもこのヤナギだ。





マルバヤナギはその名の通り、丸みを帯びた葉が特徴で、見分けることの難しいヤナギ類の中では比較的容易に判別できる。赤い新芽を出すことからアカメヤナギとも呼ばれ、これも今の時期に見分ける目安となる。訪れた4月はちょうど花を咲かせる時期で、小さな花がたくさんついた細長いふさ状の花序が丸い葉の間から伸びている。花をよく見ると、花粉の付いた雄花を咲かせた木と、タネになりそうな粒を持つ雌花を咲かせた木があることに気づく。ヤナギの多くは1本の木に雄花か雌花の一方しか咲かない「雌雄異株」と呼ばれるタイプで、受精はハチやハナアブなどの昆虫に頼っている。ヤナギは大量の綿毛を飛ばす印象から花粉も風で運ぶのだと勝手に思っていたが、それはケショウヤナギなど一部の種に限られるのだという。
では、綿毛はなにか?というと、柳絮(りゅうじょ)と呼ばれる種子である。タンポポの綿毛のような柳絮は風で広く運ばれ旅に出て、水面に落ちて岸際に運ばれ発芽する。ヤナギは洪水や土砂崩れなどで一掃された裸地に他の植物に先駆けて根を張るため、「パイオニア種(先駆種)」と呼ばれているらしい。育った木陰や葉裏、樹洞は多くの生きものたちにとって大切な暮らしの場となり、新たにできる木立の始まりとなり、ホンモロコにとってはゆりかごとなる。今回、水辺に茂るたくさんの美しいマルバヤナギの新緑を、遠く近く目にしたことで、ヤナギを、水辺のパイオニアをもっと知りたいと思った。水中に伸びる根の広がり具合とか、かつての人々がどのようにヤナギと付き合っていたのか、とか。

ホンモロコを狙い釣り糸を垂らす
琵琶湖と西の湖をつなぐ長命寺川で釣りをした。足場の良いコンクリート護岸が続く。シーズンにはホンモロコを狙う釣り人で賑わうと聞いていたが、この日は風が強いこともあったためか、2組しか見られない。遠く、西の湖の水位を調整するための渡合堰が見える。琵琶湖博物館の金尾さんの話では、このところの渇水で西の湖の水が下がってしまったため水門を閉めたため、行く手を閉ざされたホンモロコがその下流でよく釣れていたとのこと。釣り人にはうれしいが、ホンモロコにとっては、母なる西の湖への産卵回帰を直前で妨げられたことになる。
ヤナギの木陰で釣り糸を垂らす風流を決めたかったが、延々と続く直線的なコンクリート護岸にマルバヤナギは見当たらない。少しでも魚が留まりそうな小さなヨシのかたまりの脇に釣り座を決めた。4mの延べ竿にシンプルなウキ仕掛けを付け、近隣の釣具店で買った赤虫を付ける。あまり釣果に期待できないことは店員さんから聞いていた。ホンモロコ釣りの盛期は2週間ほど前で、今ならばスゴモロコや小ブナが釣れるかもしれませんと。
底を数センチ切るほどにタナを調整すると、ピクピクっとすぐにアタリが出た。だが、魚はかからない。それっきりアタリは絶えてしまった。


15分も経っただろうか。すぐ横にある乗用車一台分ぐらいのヨシのかたまりから、パシャッ、パシャパシャッと断続的に音が聞こえた。見るとヨシの根本がゆらゆらと揺れている。フナだろうか。だが魚の姿は見えない。さらに15分ほど粘ったが、釣れたのは3cmにも満たない小さなヨシノボリが1匹のみ。持て余して20mほど上流にある小さな流れ込みを覗きにいった。
流れ込み直下には、僅かなヨシのかたまりがあった。亀の子たわしのようなヨシの根の小さな一塊が水面に浮いている。その周囲の水面下に小魚が光った。護岸にしゃがみ、しばらくその一点を凝視していると、根のかたまりの脇から小魚が一列になって水面に飛び出してきた。なんとホンモロコだ。根の上に乗り上げた一段は、僅かに水面で身を震わせ、また水中に戻っていった。数珠繋ぎになったホンモロコが水面に横倒しになった1本のヨシを背面飛びするように次々と乗り越えていく。おそらく1匹のメスを複数のオスが追っているのだろう。放卵・放精のタイミングはいつなのか。南湖の内湾で見たヤナギの根に乗り上げる産卵行動とは少し異なる様式を楽しみながら、本当にわずかしか残されていない植物の根に卵を託す健気さに心を打たれていた。
釣りをやめ、下流で糸を垂らしていた老夫婦に話を聞くと、笑いながら「大丈夫ですよ、釣れません」との返事。「今年は2週間ほど始まるのも早かったから、もう終わってしまったのかもしれませんね」と聞いて、あきらめてその場を後にした。


最後にもう一度、マルバヤナギを見にいった。ホンモロコを入口に琵琶湖を見ていたら、今はもうなくなってしまった内湖や、かつてあった自然のままの湖岸が、わずかながら目に浮かんだ気になった。心の中には広大なヨシ原も広がったが、それ以上に今回の旅で目の当たりにした大きなマルバヤナギが気になった。
ヤナギは洪水や土砂崩れでリセットされた裸地にいち早く根付き、そこに新たな世界を作り出すパイオニア種だ。葉は鳥や虫の食べ物となり、木陰は休息の場所となる。樹皮や樹洞に暮らす生き物も多いことだろう。そして水際に広げた根はエコトーンを生み出し、ホンモロコをはじめ多くの魚に産卵の場を提供し、生まれた仔稚魚のゆりかごとなる。ヨシの発育のじゃまになると言われながら、人間もきっと多くの恩恵をヤナギから受けとってきた。
西の湖につながる川端に立った。両岸から複数のヤナギが張り出し、新緑を青空に輝かせていた。対岸のヤナギの周りに真っ黒いオオバンが数匹、せわしなげに泳いでいた。そういえば南湖の内湾では、マルバヤナギの根に産み付けられたばかりのホンモロコの卵を、カルガモと一緒になってしきりに食べていたなと思い出す。ここでは前上に首を伸ばし、飛び上がってはマルバヤナギの新芽を食べていた。むしゃむしゃと音がしそうなほど、美味しそうに食べていた。


