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川と釣りと……
今月の川 埼玉県・黒目川

武蔵野台地を流れる都市型河川。東京都小平市と東村山市の境にある小平霊園内のさいかち窪に水源を発して埼玉県の新座市、朝霞市と流れて新河岸川へと合流する。東京都東久留米市で合流する支流の落合川は都内では珍しい湧水豊富な清流。埼玉県内の黒目川は、川沿いに設けられた遊歩道が近隣住民の憩いの場となっており、散歩やジョギングなどを楽しむ人が行き交う。新河岸川の下流は隅田川となり、東京湾へと注ぐ。途中、堰堤などの障壁がないためスズキ、ボラ、ハゼ、マルタウグイ、そしてアユなど、海なし県の埼玉県でありながら、海からの多くの魚が遡上してくる。新河岸川や支流の黒目川は、そんな貴重な川となっている。

それは直感的にサケの産卵行動を思わせた

それを見たのは近所の川で毎年恒例となっているマルタウグイの産卵場を探している時だった。40cmぐらいのニゴイが瀬の中央に2匹並んで泳いでいたのだ。

瀬の真ん中で2匹が並んで一カ所に泳ぎながら定位している様子。オスは通常、少しだけメスよりも後方(下流側)に定位している。

大学時代、サケ科魚類(サケやヤマメ、イワナなどを含む)の産卵行動を研究テーマにしていた私は、一見してそのニゴイの姿に強い興味を抱いた。何か社会的な行動に見えるが、たがいに競い合うディスプレイのようなものではなく、もっと親密なもの。頭に浮かんだのは、サケ(シロザケ)の産卵行動だ。似てる。とてもよく似ている。

サケの産卵行動はテレビ番組などでもたびたび紹介されるからご存じの方も多いと思うが、ざっとその様相を紹介しておきたい。

秋に海から故郷の川に戻ってきたサケは、湧水豊富な淵尻などにオス・メスのペアがナワバリを張り、メスが身体を横倒しにして波打たせ、川底の砂利や砂を掘りながら巻き上げることにより産卵床(巣)を造る。そこにオス・メスが並び産卵・放精を行う。身体を小刻みに震わせながら口を大きく開いて産卵するサケの姿には生命の神秘やロマンを掻き立てるものがあり、多くの人の関心の的となっている。

さほど知られてはいないが興味深いのは、ペアになれなかった小型のオスの行動だ。彼らは自分よりも大きなペアオスとの争いに敗れると、産卵床の近くで身を伏せ産卵の瞬間を待つ行動にでる。そしてペアのオス・メスが産卵を行うその瞬間、スッと飛び出してペアの合間に身を滑り込ませて自らも放精を行うのだ。その「間男」的な行動は、「こそこそ近づく」という意味をもつスニーカー(sneaker)と呼ばれている。次世代に命をつなぐサケの産卵行動は、見方を変えると多様な個性が垣間見られる人間模様のようで、どれだけ観察を続けていても飽きることがない。イワナやヤマメも含む、そんなサケ科魚類の産卵行動観察は、長年私のオフシーズンの楽しみとなっているのだ。

身体を横たえて波打たせ、川底を掘って産卵床を造るサケのメス
サクラマスの産卵行動。左側(上流側)で身体を横たわらせているのがペアのメス。右側(下流側)にいる色の濃いのがペアのオス。その間にいる小さい魚は小型のオス(ヤマメ)。この場合、ヤマメが「スニーカー」と呼ばれる存在になる。

――そう、2匹のニゴイの行動は、サケの産卵行動によく似ていた。

おそらくオスとメスである2匹が瀬の中の流れに並び、たがいに体を寄せ合っている。と思うと時折、下流側にいた一匹が斜め後方から相手の背中をなでるように自分の身体をこすり付けながら乗り越える動きを見せる。よく見ると身体を細かく震わせているようだ。この「身体を細かく震わせながら相手にこすり付ける」行動はサケにも見られる。それはオスがメスの産卵行動(巣の掘り起し)を促すための「求愛行動」と考えられている。

「ニゴイもサケと同様の求愛行動をするのか……」と、初めて知った身近な魚の行動に感動しつつ観察を続けた。見ているとメスは、オスの「求愛行動」に合わせてスッと30cmほど前方へ進むことがある。そしてまるでオスを制するかのように頭をオスの方に寄せ、そのままオスを押さえ込むように斜め下流へと流れ下っていく。まるでひそひそと口添えして早まるオスを諭しているような……。「まだダメよ」なんて声が聞こえてくる。そんなふうにして身体をピタリと並ばせたまま10mほどもゆらゆらと流れ下っていくさまは、仲睦まじい恋人同士にも見える。サケでは見たことのない、とても美しい行動だ。その姿に私はマルタウグイのことも忘れ、すっかりニゴイたちに魅せられてしまったのだ。

メスがオスに頭を寄せて、そのまま流れ下る行動。

産卵・放精の瞬間を目撃!

それから2日後、今度は決定的な瞬間に遭遇する。見つけたニゴイのペアは、すでに動きがせわしなく、特にオスは盛んにメスの背中を乗り越えては身を震わせる「求愛行動」を続けていた。そしてペアが並ぶ斜め後方、つまり下流側には小型のオスのニゴイが定位して、たびたびギュッと近づいてはペアのオスに追い払われていた。どうやら「スニーカー」らしい。ペアのオスがスニーカーに対して行う猛々しい突進もサケを彷彿させるものだった。メスはオスの「求愛」を受けながら時折、川底に鼻面を近づけたり身体を反らせて砂礫底に腹をつけたりして落ち着きがない。そして何度目かのオスの「求愛行動」の直後、メスが川底の砂利をスパスパとせわしなく吸い吐きしはじめた。と思うとスッと体を前に出しながら背を反らせる。同時にペアのオスが身を寄せてメスの横に並んだかと思うと、メスは口を開いて身を震わせた。瞬時、並んだ二匹のお腹のあたりから白い煙がもわもわと立ち込めて流下した。それはきっとオスの精子で、メスが放った卵に受精させた瞬間だったのだ。

左側がメス、右側がオス。オスはメスに比べて黒っぽく、吻端にはニキビのような「追星」と呼ばれる二次性徴が出る。
ナワバリを張って定位しているオスもしばしばこのように川底の砂利を口でスパスパやっている。何かを食べているのか? それとも産卵場の具合を確かめているのか?

産卵前から、まさに産卵・放精の瞬間まで、ニゴイの行動はサケのそれにとてもよく似ていた。この類似性はとても興味深い。だが一方で、サケとは決定的に異なっていることもある。それは「ニゴイのメスは産卵床を掘らない」ということだ。

サケの場合、前述したとおりメスは身体を横倒しにして川底を叩きつけるように波打たせ、その水流で底の砂礫や砂を巻き上がらせることで、すり鉢状の産卵床を造っていく。ある程度広い範囲を掘りながら砂や砂礫を飛ばして流すことで、産卵床には粒のそろった石が並んだ状態になっていく。石と石との間には隙間ができ、メスは産卵の瞬間が近づくにつれ、この隙間に尻ビレを繰り返し差し込む行動を見せるようになる。まるで産み落とした卵を収めるために十分な隙間があるかどうかを調べているかのようだ。

そして産卵。サケのメスは卵を産むとすぐに、産み落とした地点のやや上流側を掘りはじめる。この掘り起しによって舞い上げられた砂礫や砂は後方へと流され、ちょうど卵が収まったあたりにかぶさり覆っていく。こうして産み落とした卵を守っているのだろう。産卵前にメスによって細かな砂や泥が除かれた産卵床は、上を砂利で覆われても水通しを保ち、その浸透水により卵には酸素が供給されるというわけだ。

川の水というものは、川底の上を流れているだけではなく、川底の砂や砂利の間にも流れている。「枯れ沢」と言われる状態でも、表面の石や砂利を取り除いてみると水が出てくる。「伏流水」とも呼ばれるように、川底に浸透しながら流れてもいるのだ。だが、石や砂利の間に細かな砂や泥、そして粘土質のシルトなどが溜まって目詰まりが起こった状態では、水は浸透しづらいのだろう。卵が呼吸する酸素は水が運ぶ。だからサケの産卵床造りとは、卵のために必要な水通しを確保する行為とも言える。

なぜ卵を産みっぱなしで大丈夫なのか?

ニゴイのメスは、事前に川底を掘ることもしなければ卵を産んだ後に砂利を被せることもしない。産んだらそのまま、産みっぱなしだ。サケの親の目で見ると心細く感じてしまう。砂や泥の掃除をしていない砂礫底に産み落とされた卵に酸素は行き届くのだろうか? それ以前に産んだ卵がそのまま流れ下ってしまうことはないのだろうか? ちなみにサケの産卵床はすり鉢状にくぼんでいるために川の流れに対流が起こり、放出した卵や精子が流下しづらい仕組みにもなっている。

もっとも、ニゴイはこのやり方でおそらく想像を遥かに超える長い間、綿々と世代をつないできたわけだから心配は杞憂だ。だとしても産卵床を造らない代わりにどのような工夫があるのか。そこが気になってくる。

ところで、私がニゴイの産卵を観察した川、隅田川を下流に持つ新河岸川の支流である黒目川は、春から夏にかけ、数種類のコイ科魚類の産卵行動を観察することができる。まずはソメイヨシノが開花する頃になると東京湾から上ってくるマルタウグイだ。

マルタウグイは40~50cmほどの黒い魚体が群れをなして溯上し、ニゴイよりもやや浅く流れのある瀬に集まって産卵行動を行う。ニゴイがオス・メスのペアで産卵を行うのに対し、この川のマルタウグイは5~6匹から十数匹の群れで瀬に差し、一斉に産卵と放精を行う。ニゴイ同様、産卵床を造ることもしなければ、卵は砂礫底に産みっぱなしとなる。ニゴイよりもさらに流れの強い瀬を産卵場として選ぶため、かなりの数の卵が流されているだろう。実際にそれを狙うコイやニゴイ、さらにオイカワなどの小魚も集まってくる。そしてあろうことか産卵に参加していると思われるマルタウグイ自身も仲間が産んだ卵を食べているようなのだ。おそらくは流失してしまう分を見越して集団でたくさんの卵を産み、複数のオスがまとまって放精することで受精率も高めているのだろう。

マルタウグイの産卵。瀬に群れで集まり、一斉に産卵・放精を行う。
マルタウグイの産卵場の水中の様子。ニゴイよりもさらに流れの速い瀬を選んでいるようだ。

一方、ニゴイはペアでの産卵だ。1997年に出された科学論文「Spawning Behavior of Hemibarbus barbus.(Osamu Katano and Hiroshi Hakoyama 1997)」にも書かれているが、ニゴイの場合、先に産卵のエリアに現れるのはオスで、オスが産卵に適した場所にナワバリを張って、メスが訪れるのを待ち構えるという。観察をしているとその通りで、隣り合ってナワバリを張っているオス同士はメスがいなくても常に争いを続けているし、ふらふらと流れ者のオスがナワバリに入ってくると、そのナワバリを守るオスは(メスがいなくても)猛然と追い払いにかかる。これもサケには見られない行動だ。サケの場合、場所にナワバリを持つのは産卵床を掘るメスで、オスは自分の相手となるメスが他のオスに奪われないように守るが、メスがいない場所でナワバリを張るということは見たことも聞いたこともない。

ニゴイのオス同士の行動。中央にいるのがペアのオスで、右側が侵入してきたオス。ペアのオスは激しく突進して追い払う。

ともあれ、ニゴイのオスには産卵に適した場所がわかっているのだろう。おそらくその場所は、もともと石や砂利の間に細かな砂や泥、シルトなどが溜まりづらい場所なのだろう。だからなのだろう、トロや淵で緩まった流れが急速に速まるトロ尻や淵尻、もしくはもともと一定の強い流れに底質が洗われている瀬であることが多い。そして自らが掘らなくても、ある程度は川底が「柔かい」ことも大切なようだ。川底の柔らかさは感覚的なものだが、具体的に言えば砂礫や砂の上に2~3cmの浮石が豊富に敷き詰められていている場所となる。ニゴイの卵は直径2mmほどとサケに比べて小型で粘性もあるから、パラパラと産み落とすことで、底に並ぶ小石の間に上手く収まってくれるのかもしれない。

ただ、それはよいとして、「どうして卵が流されないのだろう?」という疑問は晴れないままだった。マルタウグイのように流されても足りるほどの卵を一度に産めることが、群れで産卵する大きな意味だとは思う。だとすると、ニゴイのように、たった一匹のメスから産み落とされる卵が生き残るために、どのような工夫があるのだろう。

その疑問が晴らしてくれたのは、たまたま橋の上から観察できる急流の瀬で産卵行動をしているペアだった。これまでは決まって川岸からの観察だったので、横方向からの行動はじっくり見ることができたのだが、真上からの観察は初めてだった。そしてたまたま幸運なことに、なんと観察を始めて5分後ぐらいで最初の産卵・放精に至ったのである。さらにそのペアは短い間隔で産卵・放精を繰り返し、実に30分で4回も「瞬間」を観察することができた。一度に多数の卵は産まず、少しずつ少しずつ産んでいるのかもしれない。サケに比べると圧倒的に短い間隔で次の産卵に至ることがわかったが、これが卵を無駄にしない方法なのかはわからない。

それよりももうひとつ、繰り返される産卵・放精の観察を通して、とても興味深いオスの動きを知ることができた。オスはメスが卵を産む瞬間、メスの横に並ぶだけではなく、メスの体を包み込むように斜めに倒していたのだ。言葉での説明は難しいのだが、メスに比べて大型であるオスがそうすると、ちょうどメスが産んだ卵をすぐ後ろで身体を使って受け止めているように見える。おそらくはニゴイの場合、メスの卵が流れていかないように、流れを少しの間オスが遮っているのではないだろうか? そんなことを思った。後になって前述の論文を見返してみると「ペアはお互いに並んだまま、そして彼らの尻ビレと尾ビレを底質に差し入れた時に産卵が起こりました。川床をかき混ぜ、おそらく卵を埋めたのでしょう。」というような記述がある。来年はペアのオスのそんな一連の行動に注目して観察を重ねてみたい。

左側で口を開けているのがメス、右側がオス。オスの方が大きいため、前方に出ているように見えるが、尾ビレでしっかりとメスの後方を包んでいる様子がわかる。
このように身体全体をメスの腹に押しあてることもあった。2匹の後方で煙のように上がっているのは、オス・メスとも産卵時に激しく身体を震わせるため。そうすることで、流れを乱しているようだ。

卵を探してシジミを見つけ、そして……

ニゴイの産卵行動が落ち着いた6月の半ば、産卵行動を観察した場所で実際に卵が産み落とされたのかどうかを確かめるために、少し川底を掘ってみた。すると透明で、中の子どもがクリクリと動く卵を見つけることができた。この時に川底を少し掘ったことが、そののち数カ月の自分の行動に影響を及ぼすことなど、考える由もなかったが、食卓で見慣れたその小さな生き物を見なければ、その先に進むことはなかったはずだ。

それは小さくて黄色っぽいシジミだった。

ニゴイの卵。直径で2mmほど。中央に見える小さな丸いかたまりは仔魚の腹についている卵黄。写真の卵はふたつとも、これから生まれる仔魚が中で動いている様子を観察することができた。
思いがけず見つけることができた淡水シジミ。マシジミもしくはタイワンシジミだろうが見分けるのはなかなか難しいらしい。

「シジミがいるんだ」と少し意外に思いながら、もう少し掘っていると、もう一個出てきた。ただ、さほど多くはないらしい。シジミといえばヤマトシジミが有名だが、ヤマトシジミは汽水域に生息するシジミで純淡水域であるここで採れるシジミはマシジミか外来種のタイワンシジミとなりそうだ。ちなみにこのあたりの高台では縄文時代の貝塚が多く出土する。その貝塚で最も出現頻度が高い貝はヤマトシジミだが、それはその時代にこの辺りが海の湾内もしくは海に注ぐ川の河口であったからだろう。

いずれにしてもこの川ではこれまで見たことのなかったシジミに心動かされ、15分も掘っていた頃だろうか。ふと目の前にギラギラと虹色に輝きながら動き回る物体が現われ、流されていった(もしくは砂利底へと潜って行った)。あまりにも突然かつ意外な出会いだったため、採り逃してしまったが、それ確かに……ミミズだった。しかもマッチョで虹色にギラギラと輝くミミズだ。

それは私にとって、川の底質を探る旅への入口だった。

釣りではシーバスやブラックバス釣りの外道として扱われることの多いニゴイだが、良く見るととてもきれいな魚。特に夏場、金色に輝くウロコは美しい。
ブルーのアイシャドウもニゴイの特徴。