大森貴洋×DAIWA
~30年の挑戦、その先へ~


1996年、B.A.S.S.ミズーリインビテーショナルへの優勝をきっかけに始まった、大森貴洋とDAIWAの関係。
それから30年。2001年にはバスマスタークラシック初出場、2004年には同大会を制覇。2026年にはバスフィッシング・ホール・オブ・フェイム入り(殿堂入り)を果たし、現在もアメリカのトップカテゴリーで戦い続けている。
そんな大森の原点は、愛知県豊橋市の野池だった。
鈴木会長を聞き手に、大森が歩んできた30年を振り返る。
少年時代の釣り、何の後ろ盾もないまま飛び込んだアメリカ、バスマスタークラシック優勝後に見つけた新たな目標。
そして、変わり続けるバスフィッシングの世界で、今なお挑戦を続ける理由とは。

すべての始まりは、豊橋の野池から

鈴木: 大森さんがこうなる前は、普通の子供で、その辺の野池で釣りをしていた少年だったと思うんだけど、最初に釣りをやろうと思ったきっかけって、お父さんに連れられてですか?
大森: 父親に連れられて、近くの海とか川とかに行っていました。愛知県の豊橋市で育ったんですけど、小学校くらいのときに餌釣りをして、それで釣りが好きになって。バスを初めて釣ったのは、小学校3年生、9歳くらいですね。
鈴木: 豊橋の野池ですか?
大森: 野池ですね。学校の友達とかと行って、バス釣りを覚えていきました。それで高校1年くらいから河口湖とかに行って、試合に出るようになった。トーナメントに巡り合って、さらに面白くなったという感じですね。
普通に釣りをしているよりも、みんなと競い合ったり、いろんな新しいことを覚えたりするのが面白かった。実家がすごく裕福で、アメリカに行かせてもらったというわけではないんです。
鈴木: ご自分で結構苦労して行かれた感じですか?
大森: その道が最初からあったわけでは全くないです。親父が釣りに連れて行ってくれたわけでもないし、コネがあったわけでもない。知り合いがいたわけでもないし、スポンサードが最初からあったわけでもないので。
鈴木: 当時のバスフィッシングって、今よりも道具が高かったじゃないですか。いまでこそリーズナブルな道具もありますけど、海外ブランドなんて格段に高かったし。アルバイトもされたんですか?
大森: アルバイトして、アメリカに行く参戦費用を作ったりはしていました。アメリカに行ってからの初年度は、ロッド4本でやっていました。
鈴木: 私も子供のころ、最初にバス用のリールとロッドを買うときは、半年くらい新聞配達のアルバイトしましたよ。本当は海外ブランドのリールが欲しかったんだけど買えなくて、DAIWAのミリオネアを買った。それでも半年くらいかかったな、というのを思い出します。
大森: 僕は1971年生まれなので、少し世代は違いますけどね。
鈴木: でも、子供時代のバス釣りって、やっぱり思い出深いですよね。まだワームとかが入ってくる前で、結構難しかった。私は1個1000円くらいするアメリカ製のクランクベイトをがんばって買って、根掛かりしたら泳いで外しに行ってました(笑)。河口湖はどの辺で釣りを?
大森: 当時のJBTA(現JB)の本部がある近くです。
鈴木: ロイヤルホテルの近くですね。
大森: そうです。僕は高校生の3年間、ずっとジュニアの大会に出ていました。高校を卒業したときにはプロになりたかったので、河口湖に行って毎日釣りの練習をしていました。
鈴木: よく釣れましたか?
大森: まだ放流を始める前だったので、あまり釣れなかった。しかも、日本で釣れるサイズはアメリカでは全然通用しないサイズだったので、日本で覚えたことがそのまま使えるわけではなかったです。
鈴木: 琵琶湖の釣りも経験されたんですか?
大森: 大会に出たことがあります。
鈴木: 河口湖のバスとは全然違いましたよね。
大森: 今はワールドレコード級の魚が日本から出たり、琵琶湖でデカいバスが釣れる時代ですけど、僕が日本にいたころは、そんなサイズの魚はいなかったので。
鈴木: 「アメリカに行こう」と思ったのは、やっぱりバスの聖地はアメリカだから、日本のプロで通用してもアメリカではそうはいかない。本場で通用するようになりたい、というのがきっかけだったんですか?
大森: そうですね。何でもアメリカから発信される時代でしたから。新しいルアー、テクニックも全部アメリカ。単純に魚もたくさんいるし、いろんなフィールドに行けるのも楽しそうだった。トーナメントの賞金も大きい。「アメリカでやれたらいいな」と思っていました。
鈴木: 本格的に行く前に、旅行などで釣りをしたことは?
大森: あります。下調べとして行って、「試合に出たいな」と思って調べに行きました。18歳で河口湖に来て、21歳までの3年弱くらいは、下調べをしたり、バイトをして資金を貯めたりしていました。
鈴木: アメリカに行ってからも苦労したでしょう?
大森: 今とは比べものにならないですね。資金面が足りないから新しい車は買えなくて、走行距離の長い中古車なのでよく壊れる。言葉も喋れないし、行った先々に知り合いもいない。ノウハウもないし、持っている機材も壊れやすい。トラブルだらけで、それで英語を覚えていった感じです。
鈴木: もともと英語ができたわけじゃない?
大森: 全然喋れなかった。バス用語みたいなものは何となく分かっていても、生活の中で車の保険に入らなきゃいけないとか、歯医者に行って歯のクリーニングをするとか、そういう釣り以外の言葉が全然分からない。
鈴木: 医者に行くときって……。
大森: 不安ですね。「どこがどう痛い」とか。
鈴木: 日本人同士でも日本語でうまく表現できないことを、分からない言葉で伝えるわけですから。それで適当に治療が始まったらどうなるんだろう、という恐怖もありますよね。
大森: 車が壊れても「この部品が壊れていると思う」と伝えたのに全然違う部品を交換されて、乗っていったらすぐ止まっちゃったこともありました(笑)。
当時は携帯電話もないし、ネットで調べることもできない。全部、紙の辞書を持って行っていました。
鈴木: Google翻訳もないもんな(笑)。
大森: そうです。プロレベルの釣りをする以前に、移動や準備の段階ですごく苦労しました。現地にサポート役もいなかったので、英語を喋るのも全部自分一人でした。
鈴木: すごいな。
大森: 1992年にアメリカへ渡って、2001年に初めてバスマスター・クラシックに出場するんですけど、9年掛かっちゃいましたね。
鈴木: でも、出られるだけでもすごいことですよ。
大森: その当時は20代だったので、無限の体力がありました(笑)。
鈴木: 今以上に馬力があって、みなぎってたんですね。一番初めにアメリカに行こうと思ったときの目標は、「何になろう」というものがあったんですか?
大森: やっぱり「クラシックで勝ってワールドチャンピオンになる」というのはありました。日本から出て世界一になる。世界一になるなら舞台はアメリカだ、と。
鈴木: クラシックでチャンピオンになれば、最初のころの夢は叶っちゃったわけですよね。でも、それを叶えたあとも20年以上トップを維持して今に至るとなると、また目標を変えていったと思います。次はどんな目標を掲げたんですか?
大森: 結局、自分の最大限のポテンシャルを出すために、フィジカルやメンタル、体制作りや環境作りをやっていくようになりました。
もちろん結果は出てほしいですけど、勝つ以上の結果って、2度目、3度目の優勝とかになってくる。それよりも、とにかく「今の高いレベルについていく」というのが、すごく楽しいチャレンジなんです。若いほうが体力もあるし頭も切れる。けど、それをハンディにしないように考えながらやるのがモチベーションになっています。
鈴木: トップクラスになるのに7~8年努力をされたわけじゃないですか。その頃の一番の苦労というのは?
大森: やっぱり、資金面ですね。
鈴木: 釣り以外のところですか。

「30年やっていても、全く飽きない」

鈴木: クラシック優勝は、やっぱり嬉しかったでしょう?
大森: 夢が叶った、という感じですね。
鈴木: それが一番最初の節目ですよね。それから今に至るまで、ずっとトップを張り続けてこられた秘訣は?
大森: やっぱり楽しいんですよね。トップレベルのツアーに行かないと、トッププロたちと競い合えない。そういう人たちといつも一緒にいて競争できるというのは、やっぱり釣りが好きで、もっと上手くなりたいという根底があるからです。そういう環境にいるからこそ、自分がどのランクにいるかが分かる。一人で釣りをしていても面白くないというのがあって、厳しい環境でやるからこそ技術を磨ける。それがモチベーションになります。
3年前に釣れたやり方で今やっても釣れないし、どんどん変わっていく。去年まで釣れていたルアーをみんなが使うようになったら、来年は釣れなくなることもあります。ずっと新しいものを探し続けて、先に行けているからこそ結果に表れる。休みなしでずっとやっているのがライフワークみたいになっているので、飽きないですね。
鈴木: 毎年毎年、相手も賢くなっているわけですね。
大森: そうですね。同じスケジュール、同じ時期の大会でも、今はライブソナーとかが出ているので、地元のローカルアングラーも釣り込んでいる。同じことが通用しないんです。
去年勝った場所に今年同じように行っても釣れない。また一から新しいことを探さなくちゃいけない。毎回チャレンジなので、本当に飽きないですね。
鈴木: 今年勝ったとき(2026 MLFバスプロツアーステージ2・レイクハートウェル戦)のYouTubeを拝見しましたけど、来年、同じ場所、同じ時期でやっても、ああは行かないと。
大森: かなり可能性は低いですね。だからまた成績を出すには、別の場所でやり方を変えて。
鈴木: 自分の新しい引き出しを出さないと勝てない。
大森: そうです。まさに、無限に続くチャレンジです。
鈴木: そっか。エサ釣りの世界とは全然違いますね。

若い世代と競いながら、最前線へ

鈴木: 大森さんにとって、「憧れのプロ」というか、そういう人はいますか?
大森: いっぱいいます。今の20代の若い人たちは、僕らが若いころにはなかったライブソナーを使った釣りがすごく得意なので、尊敬しかないです。もともと自分は釣りの才能があると思ってないんです。努力というか……、時間を掛けてここまでたどり着いた感じです。
鈴木: かつての年上のベテランへの憧れだけじゃなくて、今の若い選手たちも「すげえな」と。
大森: もちろんです。
鈴木: 今年のバスマスタークラシックチャンピオンも若いですよね。
大森: 大学生でしたね。フレッシュマインドで、知らないがゆえに、ライブソナーのテクニックに集中してできるのは、すごいなと思います。ビッグネームが釣れるわけでもないし、長くやってれば強いわけでもないので、20歳も50歳も関係ない世界なんですよね。
鈴木: 体力的に問題はない?
大森: タフなトーナメントなので、体のコンディションはしっかり鍛えておかないといけないですね。日本に来たらパーソナルトレーニングに行ったり、人間ドックやカメラ検査、歯のクリーニングをしたりして、体のメンテナンスしています。昔から一人で運転して、一人で準備して、自炊して、キャンパーでおにぎりを作ってボートに持ち込んでやっていますから。
鈴木: バスボートの釣りは過酷ですよね。
大森: そうですね。キャストも毎日2000回以上しますからね。
鈴木: それを3日、4日続けるわけでしょ。いや、本当にすごいと思います。大森さんが切り開いたからこそ、日本の若い子たちも今チャレンジできるようになってきたよね。今、藤田京弥さんや青木唯さんが挑戦中だけど、大森さんが道を切り開いたからだよね。
大森: パイオニアはパイオニアなりの楽しさはあると思うんですよね。右も左もわからないから、すべて自己流でした。僕が21歳のときは物価もいまほど高くなかったから、アルバイトしながらできたけど、今はそれなりのバックアップ体制が整ってないと厳しいでしょうね。

契約締結から30年の節目

大森: DAIWAさんと契約してもらって、ちょうど30年なんですけど、がむしゃらにやってたら、あっという間でしたね。僕がバスプロツアー全51人の中で、2番目に最年長なんですよ。
鈴木: あ、そうなんですか!
大森: いつの間にか、大御所の人たちがリタイアしていって、上から2番目になりました(笑)。
鈴木: だけど体のケアもしっかりしているし、まだまだいけるじゃないですか。
大森: こればっかりは成績が出なくなったら終わりですからね。
鈴木: そっか。エントリーできなくなりますからね。
大森: 枠があってクオリファイできている限りは、最前線で、なるべく長くやりたいと思っています。
鈴木: ライブソナーの登場で、ちょっと様変わりした部分もあると思うんですけど、新しい技術を取り入れてやってらっしゃるんですか?
大森: 僕はそこまでライブソナーの釣りをやらずに、今までの経験と技術を貫いている部分もあります。ファストムービングルアーで浅いところを早く流すような、自分が得意としてきた釣りですね。テクノロジーの進化がすごくて、それを使うと簡単に釣れやすくなっちゃう。20代前半の選手は、ほぼ100%そのスタイルですね。
それを運営側が規制を掛けようとはしているんですけど、現状は半々ですかね。これまでの歴史上では、10年くらいは経験を積まないとコンスタントに成績が出なかった。それが、今年のバスマスタークラシックで大学生が勝ったように、時代が変わってきましたね。
ある意味、僕はそれにアダプトできるかできないか、という道の分かれ目に立たされていますね。
鈴木: エリート(B.A.S.S.)とバスプロツアー(MLF)ではルールが全然違いますよね。両方で結果を残しているのは、それぞれに順応できる引き出しがあるからですか?
大森: フォーマットが変わっても、そのルールの中でベストを尽くす戦略を立てます。バスマスターエリートの5本重量制のほうが自分のスタイルには合っていますけど、バスプロツアーのノーリミットの総重量制でも、それに合わせた戦略で対応しています。

バスフィッシング殿堂入り。
30年の、その先へ

鈴木: 今年、殿堂入りもされましたからね。本場アメリカで超一流のプロだと認められたというのは、日本人としてもすごく誇らしいし嬉しいですよ。
大森: 多分、外国人で初だと思うので嬉しいですね。
鈴木: 優勝することも大事だけど、アメリカで長年の活動が評価されて殿堂入りするなんて、本当に素晴らしいことですよ。おめでとうございます。
大森: ありがとうございます。これまでの受賞者には、業界に貢献した重鎮だったり、メーカーの創業者、メディアの人とかいろいろなんですけど、アメリカのバストーナメントで、選手としての活動や実績を認められたというのは、すごく嬉しいですね。
鈴木: いや~。本当に素晴らしい。一回の優勝ではなく、長年の活動すべてが評価されたわけですからね。
大森: なんか、Hall of Fameを受賞しちゃうと、もうすぐリタイアみたいですけど、本人はまだまだ先があると思ってますからね(笑)。30年もサポートしていただいて、自由にやらせてもらって、本当にやりがいもあるし、ありがたいです。
鈴木: 我々としても、大森さんをサポートさせていただくのはプライドだと思ってます。来年以降も、ますますのご活躍を期待しています。
大森: ありがとうございます。まだまだ今がベストじゃないと思っているので、頑張ります。
鈴木: 私どもが作っている道具のほうも、厳しい意見をいただければいただくほど、開発陣のモチベーションが上がって、いいものが作れるので。これからもどんどん、リールや竿への意見を賜れればと思います。「いいですね」って言われると、メーカーはそれで終わっちゃうので。「ダメだ、こんなんじゃ」って言ってもらうほうが嬉しいです。どうぞ、これからもよろしくお願いします。
大森: こちらこそ、よろしくお願いします。本日はありがとうございました。