



大雪山系の三国山に源流を発し、北見盆地を北流してオホーツク海に流れ込む幹川流路延長120kmの一級河川。並行して流れる最大支流の無加(むか)川とは北見市中心街で合わさる。本流は濁りが強いが、透明度の高い支流が幾本も流れ込み、夏から冬にかけてはオホーツク海よりサクラマス、カラフトマス、サケが遡上する。秋、下流域にはこれらの魚を漁獲するためのウライ(一括採捕用の罠)が設けられるが、水位が上がると魚たちはこれを越え、本流や支流で自然産卵を行う。
「北の大地」が広がる北海道北見市
北の大地の水族館のある留辺蘂(るべしべ)町は、北見市の中心街で常呂川から分かれた最大支流・無加川沿いの国道39号を20kmほど走った山裾の町だ。北海道の尺度で測ればオホーツク沿岸域とも言えるのかもしれないが、海からは60km離れている。開けた大地には玉ねぎ、デントコーン、小麦、ビート(甜菜)、ひまわり、そして名物の白花豆など、色とりどりの畑が広がる。夕陽が山あいのシルエットを浮かび上がらせ、初めて来たのにとても懐かしい気持ちが湧いてくる。








水族館のあるおんねゆ(御根湯)温泉は、開湯明治32年(1899年)という歴史ある温泉郷。「オンネ」とはアイヌ語で「大きなお湯」と言う意味を持つから、大昔から地域の人たちに親しまれてきたに違いない。そしてこのお湯が、びっくりするほど良い。泉質は単純硫黄温泉(低張性アルカリ性高温泉)。ざぶんと湯船に浸かった瞬間に衝撃が走るほどの肌なじみ、そしてつるつるすべすべの湯ざわりは相性もあるだろうが最高の心地良さだった。あまりに気に入ってしまい、朝にも浸かり、道の駅にある足湯にも浸かってしまったほど。そして北の大地の水族館には、この温泉水で育てられた熱帯の淡水魚が展示されている。




さあ、北の大地の水族館へ!
待ち合わせ時間の少し前に水族館の入口をくぐる。ユニークな展示紹介で知られる当館ならではの「館長呼び出しボタン」を押すためだ。在館中ならいつでもこのボタン一つで山内館長を呼び出すことができる。ところがボタンの場所がわからない。受付で伺おうとしたら、山内館長と目が合ってしまった。「すみません!」と笑う山内館長。川でお会いした前日とは違う仕事モードになっている。挨拶を済ませ、館内をひと回りさせてもらうことに。


北の大地の水族館の前身である「留辺蘂町立山の水族館郷土館」が開館したのは1978年。当時より北海道の淡水生物と、おんねゆの温泉水を用いた熱帯淡水魚の飼育展示を行なっていた。施設の老朽化にともない2012年に水族館プロデューサーの中村元氏がリニューアルを手がけ、北の大地の水族館としてオープン。日本初の展示方法である滝壺を下から眺められる「滝つぼ水槽」、冬の寒さを利用した結氷する「四季の水槽」、そして北海道の淡水を象徴するイトウの展示を3本の柱として人気を博している。山内さんはリニューアル当初から当館スタッフとして働き、2017年より館長として、バラエティーに富んだユニークな展示や解説を企画している。
館内の水槽を見ていてまず気付くのは、魚がとても元気で健康そうに見えること。そして観る者と水槽内の魚たちとの距離がとても近く感じられることだ。まるで見ている側が水の中に入っているような、そんな浮遊感を楽しむことができる。1mを超えるイトウが泳ぐ大水槽など、近くで見ているとあまりもの迫力に怖くなるほどだった。







また、展示解説のひとつひとつに工夫が凝らされていて魚への興味がそそられる。クイズになっていたり、魚同士がLINEでやり取りしていたりと、楽しく知ることで展示する生きものへの愛着が湧いてくる。
なかでも私が特に惹かれたのは、ヤマメの幼魚が展示された水位変動のある遡上水槽だ。20分間隔で水槽の水位が上下し、流れの変化に応じて小さな渓流を模した瀬と淵の段差をヤマメが登ったり降ったりする姿を観ることができる。躍動感溢れるヤマメの動きを見ていると、自然下に生きるヤマメの暮らしへと思いが広がり、かなりの時間を費やしてしまった。







ひと口に水族館と言っても規模も特色もニーズもさまざまだろう。ただ、ひとつ共通していることは、不特定多数の人を水辺の自然とつなぐ接点であるということではないか。その意味では釣りという遊びとも共通していると思った。水族館も釣りも楽しい。その上ですべての人に開かれた水辺の自然への入口なのだ。
「釣り人の方はやはり魚好きですから、水槽の前にいる時間も長いですよ。魚が釣れた日も、釣れなかった日も、ぜひ当館に魚の顔を覗きにきてほしいですね」。こう笑う山内館長は、水族館のあり方について、次のように話してくれた。
「これはプロデューサーの中村さんの教えでもありますが、楽しくなかったら水族館としては失敗だと思っています。楽しいからこそ何度も来てもらえるし、生きものを知ってもらう機会も増やすことができると思います。例えばいくら理科教育的に学べる水族館だとしても、楽しくなければ来てもらえませんし、展示する生きものだって見てもらえなければただ閉じ込めておくだけになってしまいます。水族館にはさまざまな役割があると言われますが、まず間違いなく生きもののことを伝えることが唯一絶対的な役割だと私は考えていまして、そのためには来てもらわなければ始まりません。お客さまが楽しまれて帰り際に『また来ます!』と声をかけてくれた時が、なによりも勝る至福の瞬間ですね」




北の大地の水族館は決して大規模な施設ではない。それなのにいつまでも見ていたくなる奥行きはなんなのだろう?と考えた。ひとつ思い当たったのは、この前日に1日を川でともにした時間のことだった。常呂川水系を中心に観察と水中撮影を続けて7、8年という山内さんは、少しずつ川の見え方が変わってきたという。
「リバースノーケリングにしても、最初はただひたすら川の中の魚の多さに驚くばかりでした。潜ってみたらこんなにいるんだと。ただそのうちに、あまりいない日もあることに気づいたんです。あれだけいた魚はどこに行ったんだろう? どういう時ならたくさんいるのだろう? 色々と考えていくうちに、魚がどうやってこの場所に辿り着いてきたのか、他の生きものとどんな関係にあるのかなど気になることが増えていき、だんだんと目の前の魚だけでなく、魚が自然全体の中でどのように暮らしているのかまで気になってきたんです」
こう語る山内さんはとても楽しそう。自分が自然の川で得た感動や気づきを、展示を通して伝えていこうと試みる。来館者は水槽の展示を楽しみながら、その先にある自然の風景を感じることができる。それは北の大地の自然が織りなす四季折々の風景だ。
「一度、産卵を終えて死んだサケのホッチャレを展示したことがあります。オスなら噛み合ったところにカビが生えている姿、メスは産卵床を掘り続けて尾ビレがボロボロになった姿を解説しながら紹介しました。思い切った企画でしたが、サケの持つ物語の力なのでしょう。多くのお客様にサケの自然下の姿を受け止めていただけた気がします」


サクラマスが自然に還る森へ
前日、カラフトマスの産卵行動を観察した後に少しだけ、サクラマスの遡上する森を案内してもらった。今にも途切れてしまいそうな細く薄い流れが森の中を延々と伸びていく。そのところどころに、産卵を終えたサクラマスの死骸を見ることができた。川から数メートル離れたところで腐臭を感じてあたりを探すと、半分土に還っているサクラマスのホッチャレを見つけることができた。キツネにでも運ばれたのだろうか。死肉に集まるヨツボシモンシデムシがせわしなく動いていた。流れを横切る倒木に引っ掛かっているまだ新しい死骸を観察していると、驚いたことに体を動かした。まだ生きていたのだ。暗い森には死の気配が色濃く漂っていた。それは決してネガティブなものではなく、自然そのものの生々しくも穏やかな気配だった。







