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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
350年続く林業地・智頭に若者が集まる理由 (千代川源流)
実感した地場産業を盛り上げる必要性
智頭町で林業に取り組む國岡さん。町から受託した山林管理だけでなく、町の活性化につながる仕事に携わる。
 江戸時代から続く林業地、鳥取県智頭町(チズチョウ)。日本海に注ぐ千代川(センダイガワ)の源流の町でもある町の面積の93%を森林が占める智頭町が2020年に掲げたのが、「智頭の山と暮らしの未来ビジョン」だ。この中で、未来へのアクションとして「流域への配慮」も掲げられている。これは、流域の人々と協力して持続可能な山林資源の利用を模索しようというもの。この未来ビジョンの策定に携わった智頭町の若手林業家・國岡将平さんに、源流の町への思いを聞いた。

 僕はこの智頭町の出身です。岡山県の大学に進学しましたが、卒業後は地元に戻ろうと思っていました。外に出ることで、自分の居場所のことがわかると思ったのです。
 大学時代に気づいたのは、パソコンでレポートを書くのにも、1時間かかる人と30分でできてしまう人もいるということ。自分は30分でできる人になりたいなと思いました。これからはITが必要になるでしょうし。僕は人が多い場所もあまり好きではないのですが、苦手なことを3年間やってから帰ろうと思い、IT企業で3年間働きました。
 当初は「鳥取市あたりに戻ろうかな」と考えていましたが、「智頭でまちづくりの成功例をつくりたい」と思うようになって。だから、もともと林業というより、町づくりの方に興味があったのです。でも、実際に戻ってみたら成功事例って難しいなぁ、と思いました。いろいろな地域の成功事例を見てみると、誰か一人がすごかったり、現在進行形だったり。町づくりには終わりがないし、変わり続けないといけないんだ、と実感しています。
 今はメディアでも町づくりがよく取り上げられますよね。でも、メディア内で盛り上がるだけではダメで、地場産業そのものが盛り上がらないといけないなと実感しました。
 そこで勉強し始めたのが林業です。ただ、僕の家は持ち山が3ha弱なので、これだけで自伐型林業をやるのは厳しい規模です。そんな時、知り合ったのが若手林業家の大谷訓大さん(117回に登場)たちです。それからトントン拍子で山を借りられることになり、合同会社MANABIYAを設立し、町から60haの山林の管理を受託しています。従業員を雇用して施業しているほか、林業をやりたい人を他の森林事業体に紹介したりもしています。
 他にも、智頭町の温水プールの薪ボイラーの管理や福祉関係の仕事、生活コーディネーターなどもやっています。
見ようとしているのは生産性以外の価値観
町の93%を占める山林は、林業の現場であり、人々を支える重要な社会基盤。 それを次の世代にどう残すのかを見つめ直したのが、2020年に策定された「智頭の山と暮らしの未来ビジョン」です。僕もその策定に携わりました。 僕は、「見えないところを見えるようにすること」が大事だと考えています。これまでの林業は、素材生産をメインとし、コストや生産性を追求していました。しかし、効率や生産性は一つの価値観でしかありません。環境とか、目に見えないものを置き去りにして、効率や生産性を追求するのはバランスが悪いと思うのです。 新しい未来ビジョンは、そうした目に見えないものを見ようとするもの。 この未来ビジョンには、①山村の暮らし「生活」と「生き方」、②自然環境「ヒト」と「ヤマ」、③山林の管理・マネジメント「所有」と「利用」、④林業経営「木材」と「人材」の4つの柱があり、それぞれ基本方針(未来へのアクション)が掲げられています。自分の経験や、地域のお年寄りの思いなどもそこに盛り込んでいます。 未来へのアクションは「山に寄り添う暮らしの創出」「低コストかつ持続可能な林業経営の推進」「智頭林業のブランド力向上」「生物多様性の保全」「自然災害に対するリスクマネジメント」「流域への配慮」など全部で16あります。  この智頭町は千代川の源流域にありますが、僕が林業を始めたきっかけの一つに「水」への思いがあります。歴史的に見て、水があるところに人が住み、田んぼができ、そして村ができていますよね。そして、その水を育むことができる仕事は林業でしょう。源流域における責任という意味でも、林業はとても尊い仕事だと思うのです。
千代川の源流域である智頭町。國岡さんは、源流域での林業に誇りを感じている。
山に対する若い世代の感覚の変化
 地域のお年寄りと林業について話すと、みなさん「今はもう林業は儲からんだろう」とおっしゃいます。でも、僕らの世代は産業構造の底辺の状況しか知らないので、挑戦すればそこにはプラスしかないんです。林業をやっていくうちに山に対する見方がどんどん変わっていきましたし、周りの人の山に対する見方もどんどん変わっている気がします。実際、「山や森に関わりたい」という方が、都会からどんどん智頭町に来ています。そういう人たちは、儲かるからというよりも、自然環境に関心があったり、「自然の中で健康的に仕事をしたい」という人の方が多い気がします。若い人は確実に増えていますね。  僕のところでは今、社員を二人、バイトを一人雇用しているのですが、その中の一人は副業でデザインや溶接をやっています。自己表現している人が周りにいると、他の人も「自分もやっていいんだ」と思うようになるんですよね。  僕は林業以外にも教育や福祉にも興味があり、いろいろな人と関わる機会がありますが、「山に入りたい」とよく言われます。それは、「海が綺麗だから潜りたい」という感覚と同じなんですよね。山や森の気持ちよさを浴びたいという感じ。僕自身、仕事で山に入るときは、すごく気持ち良いという感覚がありますし、天気の良い日に事務仕事をしていると、「山に入りたいな」と思うんです。  古くからの林業地って、実は全国でもそれほど多くないんですよね。林業の歴史が長いことは智頭町のアドバンテージだと思っています。この前も、他の地域から来た人に「(智頭は)木が大きくて羨ましい」と言われました。日本各地で市町村合併が進みましたが、智頭が智頭として残り、地域のアイデンティティが残ったのは大きいと思います。  2015年には、前号で智頭町を語った大谷訓大さんや、智頭で最も歴史ある自立型林業家・赤堀農林の赤堀宗範さんと一緒に、「智頭ノ森ノ学ビ舎」という任意団体を立ち上げました。発足当初は若手林業家が中心となり、林業に関する勉強会を開いていました。しかし、それでは林業家しか集まらないので、いろいろな人が集まれるようにしました。今は20名の林業家に、シェフや大工さん、大学の先生などが加わり、会員数は49名になりました。林業関係の研修も行っていますが、クロモジの花でお茶をつくるワークショップ、読書会やキャンプなども行っています。山は林業家だけのものではありませんから、いろいろな人に関わってほしいですね。
智頭町で行われた森林作業道の研修の様子。林業に興味をもつ若い世代が増えている。
効率だけでは見えてこない「環境」や「山と寄り添って生きること」に目を向ける源流の町・智頭の人々。自然の中で自分を表現するようなその生き方は、都市の若い世代を魅了し、惹きつけている。千代川源流の智頭町は、今後さらに活気づいていくはずだ。 文=吉田渓 写真=大谷訓大さん提供