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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
日本発祥の森林浴に世界が注目する理由
日本でも世界でも愛される森林浴
源流域でも人気のアクティビティの一つ、森林浴。 実は、この言葉は日本発祥のものだということをご存じだろうか。1982年に、当時の林野庁長官だった秋山智英氏が提唱したもの(参考資料01)。森林の中を歩いたり、レクリエーションを楽しんだりすることで健康になろうというもの。  誕生から今年で40年を迎える森林浴は、世界でも「Shinrin-yoku」として紹介され、注目されているという。なぜ今、世界から森林浴が注目されているのか、そして森林浴は現代人に何をもたらしてくれるのか。森林浴を通して森と人を結ぶ活動を行う「一般社団法人森と未来」の代表・小野なぎささんに語ってもらった。  森林率が約7割の日本(参考資料02)は、全国的に森林が多い国です。1982年、長野県上松町の赤沢自然休養林で森林浴のイベントが開催されました(参考資料03)。森林浴は、森の中で五感をたくさん使い、木が放出している揮発性物質・フィトンチッド(参考資料04)を浴び、健康のために森に行こうというものです。  森林浴が世界中に広がった理由として挙げられるのは、エビデンス(裏付け)が取れるようになったことが大きいでしょう。2000年代に入り、医療関係者や研究者が森に入り、唾液や血液などを採取して森林環境が及ぼす人体への影響を調べるようになりました。こうした研究の結果、森に入ると、血圧の低下やストレスホルモンの低下、脳活動の沈静化、さらには免疫細胞(NKキラー細胞)の活性といった効果があることがわかったのです。  こうした研究結果が著名な学会誌などに掲載されたことで森林浴が注目されました。そして、「その森林浴はどこでやっているんだ?」ということになり、森林浴は日本発祥の取り組みと認識されるようになりました。  もちろん、日本の森林浴が注目される以前にも、似たような概念はありました。例えば、ドイツでは森や自然を活用した「クナイプ療法」という自然療法がありますし、中国では漢方があります。しかし、森でフィトンチッドを浴びる森林浴という概念と、それが人々の心や体に与える影響をいち早く科学的に明らかにしたという点で日本の森林浴は注目されたのです。  私は15年ほど前から、森と人々をつなげる仕事をしていますが、私のもとにも世界各国から「森林浴を体験してみたい」「森林浴について教えてほしい」といった依頼をいただいています。
森林浴という言葉と概念は日本で生まれたもの。海外からも「Shinrin-yoku」として注目されている。
外国の人に驚かれた「山でのお辞儀」
 これは私の主観なのですが、世界各国の方をお連れして感じるのは、森林浴は日本の文化の影響をとても受けているということ。日本は自然崇拝の国であり、山岳信仰が盛んでした。そのため、山そのものが神であり、山や森は神の領域という意識が未だに強く残っています。特に何か宗教を信仰していなくても、鳥居があれば自然と頭を下げたりしますよね。  以前、フランスの方を森林浴にお連れした時、森の入り口に神社がありました。鳥居をくぐる時にお辞儀をしたら、「何にお辞儀をしているのですか?」「これは何のゲートなんですか?」と聞かれたのです。キリスト教では神は教会にいて、森は切り拓くもの。そこで、日本ではいろいろなところに神が宿ること、山は神の領域であること、日本人は森とともに生きてきたことを伝えると、とても驚かれました。また、日本は災害大国なので、自然に対する畏敬の念がありますよね。日本人のこうした感覚を外国の人に伝えるのはとても難しく、「禅マインド」とお伝えすることもあります。  しかし、日本では昔から森より山林という意識の方が強いですよね。ヨーロッパのような平地の森が少なく急斜面が多いうえ、神の領域でしたから、気軽に入る場所ではなかったのではないでしょうか。そのため、自然に触れるアクティビティといえば、登山かキャンプ、釣り、バーベキューなどが代表的でした。  こうしたアクティビティも楽しいですが、目的を持たずに気軽に森に行き、のんびり歩いたり、コーヒーを飲んだり、ぼーっとしたり。そうやって森でのんびり過ごす文化があってもいいと思い、さまざまな森林浴のプログラムを提供しています。
小野さんは「森林浴を体験したい」という依頼を受け、さまざまな国の人々を森に案内し、森林浴の魅力を伝えている。
企業の人材育成を森で行う理由
 私は東京農業大学で林学を学び、卒業後に企業のメンタルヘルスを支援する会社で企業研修を行ってきました。その経験から、忙しい現代人は、多くのものを見過ごしているのではないかと感じていました。時間に追われすぎていて、本来持っているはずの感性が失われている方が多いように思います。  そこで、五感をめいっぱい使って感性を取り戻す「TIME FOREST」というプログラムを作りました。これは、企業の人材育成に活用できる研修プログラムです。森を案内してくれるガイドツアーの中には、植物の名前や特徴などを詳しく教えてくれるものもあります。しかし、参加した方は、その場でメモを取っても後から見直すことは少ないのではないでしょうか。 「TIME FOREST」は森の中で、五感を使ってさまざまなものを感じ取れるプログラムになっています。森に入って目を瞑って、匂いを嗅いだり、いろいろな音を聞いてみる。五感でキャッチした感覚は、感情に響くものなのです。同じ場所で同じ匂いを嗅いでいるはずなのに、「おじいちゃんと裏山にいった時の匂い」を思い出す人もいますし、感じることはみんな違います。また、木に触って好きな木肌を探してもらったりもします。それもまた、その人の個性なのです。  臭い草として有名なヘクソカズラの匂いを嗅いだ時、ほとんどの人が臭いという中、先入観なく「いい匂い」と言った人もいました。これも多様性ですよね。森の中の体験を通じて、お互いの価値観を受け入れることになるのです。
「TIME FOREST」プログラムの様子。参加者は森の中で五感をめいっぱい使ってさまざまなものを感じ取る。
五感を使って本当の自分に気づく
 企業の人材研修を森で行う一番のメリットは、会社という場所から離れること。服装もスーツではなくラフな私服になります。すると、会社での上司部下という関係性が大きく変わるのです。普段は怖く見える上司が子どものように目をキラキラさせて「樹液だ!」と大喜びする姿を見せることも。森で過ごすうちに鎧が脱げて、お互いの「素」が出てくるせいか、未来や夢を素直に語り合う方も多いですね。都市や会社の中では仕事や業績に一点集中しがちな意識が、森の中ではいい具合に拡散されるのでしょう。ありのままの自分を認められたという方もいらっしゃいます。  また、五感を使ってリラックスすることは、セルフケアにつながります。香りを嗅いで気持ち良いと感じれば、「自分は香りでリラックスできるんだな」と気付けますよね。また、大きい木を見上げて深呼吸して気持ちいいと感じたら、家の近くの大きい公園に行ってみようとなるでしょう。  年齢が高い方は自然で遊んだ経験がある人が多いためか、童心に返る方が多いですね。「家族を連れてきたい」とおっしゃる方も多く、嬉しいですね。  驚いたのは若手社員の研修を森で行った時のこと。都市で生まれ育った若い方が多く、杉林を見上げて「3Dみたい!」と言っていました(笑)。彼らにとって森は初めてみるもの。怖さも感じつつ、アミューズメントパークのようなワクワク感を感じるようです。  「TIME FOREST」では企業のオーダーによって、チームビルディングの要素を入れたりすることもあります。また、森の落ち葉の上に寝転がって、森の中に身体がバターのように溶け込んでいくことをイメージをしたり、一人の時間をつかったり、さまざまな過ごし方をします。  森に興味はあっても、森に行ったことがない、森でどうやって過ごしたらいいかわからないという人は多いはず。さまざまな森での楽しみ方や過ごし方をお伝えしていけたらと思います。
国内外の人々を森に案内している小野なぎささん。企業の人材研修等のプログラムも森で実施している。
 陽の光を浴びる日光浴のように、森の香りや空気、音を全身に浴びる森林浴。日本人の暮らしから森が遠ざかり始めた40年前に生まれた森林浴は、あらゆるものがデータ化され、デジタル化が進む時代にますます求められるはず。次回は、森林が広がる地域側から見た森林浴について小野さんに教えてもらおう。 小野なぎさ プロフィール 一般社団法人森と未来代表理事。東京農業大学 地域環境科学部 森林総合科学科を卒業後、企業のメンタルヘルス改善に関わる事業に携わる。森林を活用した研修プログラムの開発や健康リゾートホテル事業、海外のメンタルヘルス事業などを手掛ける。これまで約2,000人を森に案内してきた。2019年より林野庁 林政審議会委員を務めている。著書に『あたらしい森林浴』(学芸出版社)他。 文=吉田渓 写真提供=一般社団法人森と未来