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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
創造力を刺激する源流の森(神通川水系源流)
産業化が難しいとされる広葉樹は資源となるのか?
 神通川水系の源流の街・岐阜県飛騨市には、個性的な名前を持つ会社がある。  その名も「株式会社飛騨の森でクマは踊る」。通称「ヒダクマ」だ。一度聞いたら忘れられない名前を持つこの会社は、いったいどんな会社なのだろうか。  「いろいろな方に飛騨の森に来てもらい、今ここにある木を使って地域の人の技術と組み合わせ、新たな森の価値をつくる、そのプロデュースを行う会社です。」と、代表取締役の松本剛さんから先ず説明があり、続いて通称「ヒダクマ」が目指す方向性として「人と自然が幸せな関係を築き、互いの営みが続いていく世の中をつくること。クマは森の生態系の象徴。『私たちもクマもみんなが幸せに踊ることができるような豊かな森との関わりをつくりたい』という世界観を社名で表しています」といった、こんな答えが返ってきた。  飛騨市は面積の93.5%を森林が占め、その約7割が多種多様な広葉樹の天然林という地域だ。松本さんは「トビムシ」という会社で森林を起点とした地域振興に携わっていた時、「飛騨の広葉樹を活用できないか・・・」と相談を受けた。  この話を持ちかけたのは、この連載の101回に登場していただいた飛騨市農林部林業振興課の竹田慎二さんだ。町おこしに成功した他地域の事例を調べていた竹田さんは、飛騨の地域資源を生かした事業の創出を考えていたという。  「町おこしは他地域の事例を真似ても上手くいきません。しかし、何もしないと失われていってしまうものがある。竹田さんと話し合う中で、『飛騨市にある森や木や人の技術と、地域の外の人をつなぎ、経済的にも持続するような商品や事業が生み出し続けられる仕組みが必要ではないか?』ということになったのです」と想いを言葉にした。  長期的かつ公益的な視点で市が外部にお金を払って事業創出や商品開発をしてもらう方法もある。「しかし、国の方針が変わって補助金がつかなくなったり、行政トップが変わって事業を継続できなくなることはよくあります。そこで、行政と事業者が一緒になって会社をつくり、自走していく事業をつくっていくことにしました」
飛騨市古川町にある「FabCafe Hida」。ヒダクマの本社社屋でもある。かつて造り酒屋や木製品工場などに使われていた旧熊崎邸を活用している。
クリエイターと一緒に広葉樹の森を歩く
 こうして2015年4月、飛騨市と、森林事業の創出を手がける「トビムシ」、クリエイティブカンパニーの「ロフトワーク」が出資する官民共同事業体「ヒダクマ」が誕生した。  課題もあった。  いわゆる「林業」は、「スギやヒノキを植えて、手入れして、収穫すること」を対象としたもの。一方、飛騨の広葉樹は林業の補助金の対象にもならず、さらに、多種多様で小径木なので、既存の産業のような営みには乗せにくいという。 「しかし、日本の森林面積の半分以上が天然林(※1)、広葉樹中心の森です。飛騨市だけではなく、日本の森を生かすという意味でも、広葉樹を無視するわけにはいきません」飛騨には多様な木があり、と呼ばれるような木を加工する高度な技をもつ人がたくさんいて、竹田さんのような地域への強い思いを持つ人がいる。飛騨の家具メーカーや木工作家さんの多くが外国の木を使っている状況でしたが、地域の広葉樹が使えるという可能性を示し、仕組みをつくることで、地域の資源が循環し、新たな仕事も生まれるのではないか」と、考えに辿りついたのだ。  そのためには、飛騨の広葉樹の価値を伝え、生かしてもらうことが重要だ。しかし、作り手の都合を優先する方法(プロダクトアウト)だけでは、新しい市場をつくることは難しい。しかし、市場のニーズを優先する方法(マーケットイン)では、飛騨の広葉樹の森の事情と折り合わない。そこで、プロダクトアウトとマーケットインの中間を目指すことにしたという。 「例えば、オフィスの木質化をしたいと相談された時、『幅何cmの板を何百枚枚用意できます』というのは難しい。そこで、『飛騨にはいろんな樹種があり、加工技術もあります。一度、飛騨にいらっしゃいませんか?』と森にご案内します。そして、豊かな広葉樹の森の木を使ってどんな空間やプロダクトをつくりたいか、を話し合うのです」 建築家やデザイナーといった人に実際に森を見てもらうと、「こんな使い方がしたい?」といったアイデアがどんどん出てくるという。「ヒダクマ」にはカフェや宿泊できる施設があるため、都市部からきた人も滞在できるようになっている。また、施設には蔵を改装した木工房があり、そこで試作まですることができる。
「FabCafe Hida」ではカフェ利用の他に、飛騨の広葉樹を使ったカトラリーや箸づくりの木工体験も楽しめる。
木の個性を生かすアイデアを実現する方法と技術を毎回探し出す
 こうしたやり取りの中で生まれたものの一つに、キャットツリーがある。  「これは飛騨の広葉樹でできた“猫用の家具”です。いろいろな広葉樹の丸棒を並べて、飛騨の森の木立のようなキャットツリーになりました。これは、どんなデザインにするのか、何の木を使うのか決まっていない段階で、猫のための最高の家具を作りたいというデザイナーさんからご相談いただきました。そこで、飛騨の森や製材所、工房を一緒に訪問し、対話を重ねる中で、あの形が出来上がったんです」  多種多様な広葉樹と高度な木工加工技術がある飛騨の地域強みが存分に生かされていると言える。「昨年、渋谷に新しくできた商業施設に置かれているオブジェは、飛騨の曲がり木でつくられています。曲がった木は流通しづらいため、伐採しても林の中にそのまま置いておくか、チップになるのですが、その曲がり木の形を活かしたオブジェを作りたいという建築家さんがいらしたんです」  しかし、曲がり木を丸太のままで組み上げて安定した状態を設計して加工するのは至難の業だ。そこで、曲がり木を3Dスキャンしてデータを取り、どう組み合わせれば安定するのかソフト上で構造計算を行い、丸太同士が支え合って自立する形を探したという。さらに、そのデータをARに取り込んで位置情報を合わせると、カットすべき場所を色分けして示すことができる。丸太をカットする職人さんはARゴーグルを装着し、その画像に沿ってカットや加工をすればいいというわけだ。  この事例では、建築家と素材が出会う機会をつくり、一緒にアイデアを生み出し、そのアイデアを実現するための方法を考え、そのための技術を用意し、職人さんがカットできる状態にし、組み立て、納品するまで整えていくことが『ヒダクマ』の仕事だという。「他の事例でもそうですが、クライアントの希望やデザイナーのアイデアをそのまま製材所や職人さんに伝えても、『それは難しいよ』と言われることがあります。そのため、『ヒダクマ』のスタッフが関係者とコミュニケーションをとり、図面を起こしたり、自社の木工房でいったん試作したりしてから、『こういうやり方でやってもらえませんか?』と提案するようにしています」と自社の関わり合いを端的に表現してくれた。
いろいろな広葉樹の丸棒を飛騨の森の木立に見立てたキャットツリー。デザイナーが飛騨の森や製材所、工房を巡り、「猫のための最高の家具」が実現した。
飛騨の曲がり木でつくられたオブジェ。3DスキャンやARなどの技術を使って木の形状を生かして設計、加工、組み立てを行った。渋谷に新しくできた商業施設に設置されている。
 地元の林業事業者や製材所、木工職人といった人々の技術や知見を引き出す機会を生み出す「ヒダクマ」。自然豊かな飛騨で暮らしながら世界的なデザイナーとも地元の人とも仕事ができる職場とあって、地元出身の社員も生き生きと働いている。  拠点となる施設ではワークショップなども開催しており、地域のハブ的存在となっている。これからの青写真を、松本さんはこう話す。  「その時その時で飛騨の森や広葉樹をどう生かせるかを考え、それぞれの木や人の個性の生かし方の事例をたくさんつくっていきたいですね。そうすることで、地域の職人さんにも地域の木に合わせた活かし方や技術が積み重なっていくはず。それは、持続可能なより良い森や木の付き合い方になると思いますし、豊かな森と人のいい関係につながるはず。飛騨の森も社会も常に変化していくので、私たちもそれがよい関係であるよう常に新しい可能性を探求して形にしていきたいと思っています」  森と木、技術と文化、人。  その土地で育まれた地域資源を生かす方法を地域ごとに考える。 それは手間も根気もいる作業の連続だ。しかし、その有機的な絶え間ない営みこそが、人と自然がともに豊かにあり続ける方法なのかもしれない。  源流の街・飛騨の森で、これからどんな新しい可能性が生まれるのか楽しみだ。 写真提供=株式会社飛騨の森でクマは踊る 文=吉田渓