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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
亜熱帯の奇跡、『やんばるの森』(与那覇岳の源流域)
 真夏のような日差しに照らされる青い海と白い砂浜。青い空をバックに咲き誇るハイビスカスの花。沖縄という言葉から浮かぶのは、こんな風景ではないだろうか。  しかし、沖縄には奇跡の森と呼ぶべき森がある。  それが沖縄本島北部の『やんばるの森』だ。  沖縄の源流域だという『やんばるの森』は、いったいどんな森なのか、そしてなぜ奇跡の森なのか。源流探検部は沖縄本島の最北部の国頭村へ向かった。  「ここでまず、靴の泥を落とします」  認定ガイドの仲宗根隆さんは森の入り口でそう言うと、人工芝に靴底を擦り付けるように足踏みをした。  これから入る標高503mの与那覇岳は沖縄本島最高峰だ。  その登山道は、国頭村の森林セラピー®︎のセラピーロードの一つになっている。  森に一歩入ると、夏のような強い日差しが遮られ、360度を緑に囲まれた。生命力にあふれた木々の香りに湿った空気が絶妙に混じり合う。高原の凛とした清涼さとはまた違う、亜熱帯の森の空気は優しくおおらかだ。  「ここは国頭村・大宜味村・東村にまたがる『やんばる国立公園』の中でも、核心地域とされる場所。固有種や希少種も見られます。森の中で最も多い木はイタジイで、新緑の頃の樹冠は遠くから見ると、ブロッコリーにそっくりなんですよ」  ちなみにイタジイはスダジイの沖縄での呼び名だ。イタジイの実は特別天然記念物であるノグチゲラからサワガニまであらゆる生き物の食料になっている。森の豊かさを支えるイタジイの多さが、『やんばるの森』の一つ目の奇跡かもしれない。ただ、不思議なのは登山道のあちこちに古い石積みの跡が残っていること。  「ここは原生林ではなく、材木の切り出しや炭焼きが行われていた森なんです。この道も、伐り出した木を運び出すのに使われていたのでしょう」  第二次世界大戦時、日本で唯一の地上戦が行われた沖縄本島。過酷な地上戦によって中南部の緑の多くが消失した中、残ったのが北部の緑だった。これが、『やんばるの森』の二つ目の奇跡だ。戦後、沖縄の復興を支えたのは、『やんばるの森』から伐り出された木材だったという。
『やんばるの森』認定ガイドであり、国頭村森林セラピーガイドとしても活躍する仲宗根隆さん。
外来種を持ち込まないよう入口で靴底をきれいに。(森林セラピー®︎のセラピーロードの一つ与那覇岳登山道)
源流探検部、ヤンバルクイナに遭遇!?
 「今日は五感を使って森を体感してくださいね」  仲宗根さんはそう言って、登山道にしては緩やかなセラピーロードをゆっくりと歩いていく。遠くの鳥と近くの鳥の鳴き声が幾重にも重なる中、目の前にふわりと白い花が落ちてきた。思わず歓声をあげると、仲宗根さんが「エゴノキの花」だと教えてくれた。足元を見ると、エゴノキの花で埋め尽くされた白い道ができていた。  上を向くと、恐竜映画に出てきそうな大きな木が見えた。パラソルを広げたようなこの木は日本最大の木性のシダ、ヒカゲヘゴだ。1億年前から変わらない姿が亜熱帯の森に踏み入った実感を高めてくれる。  五感がオンになると、小さな生き物の気配をあちこちで感じるようになった。足元にいたのは、尻尾が剣のようなシリケンイモリ。木の上で緑に溶け込んでいるのはオキナワキノボリトカゲだ。  「あっ! あれ見て!」と、探検部員の一人が小さく叫んだ。  指差した斜面を焦げ茶色の生き物が登っていき、あっという間に見えなくなった。  「絶対、ヤンバルクイナだった!」  興奮気味の部員が「このくらいで、背中が焦げ茶色で…」と話すと、仲宗根さんは「それはヤンバルクイナかもしれませんね」と、にっこり笑った。  やんばるの固有種にして国の天然記念物、そして絶滅危惧種に指定されているヤンバルクイナ。ここでしか遭えない鳥に遭えた(かもしれない・・・)嬉しさを噛みしめて歩いていくと、小さな沢が現れた。与那覇岳は比地川や奥間川、床川などの源流なのだ。  ここで休憩しましょう、と仲宗根さんが折りたたみ椅子を出してくれた。  「よかったら、目を閉じて森を感じてみてください。人間が得ている情報の8割は視覚からだと言われているんですよ」  目を閉じてみると、いろんな音が聞こえてきた。  水が流れる音。  水が岩から落ちる音。  水がぶつかり合う音。  水が岩の上を転がっていく音。  小さな沢で水が織りなすドラマが立体的に浮かび上がる。目を閉じていると、頬を撫でる風がいつもよりはっきりと感じられる気がした。
日本最大の木性シダ、ヒカゲヘゴ。恐竜がいた1億年前から同じ姿だと言われている。
絶滅危惧種に指定される木の上に佇む体長20~30cmほどのオキナワキノボリトカゲ。
源流で味わう森林カフェ
 「じゃあ、次は味覚と嗅覚を味わいましょう」そう言って仲宗根さんがポットから取り出したのは2種類のお茶。オレンジ色のお茶は甘さと爽やかさがミックスされた少し風味。黄色いお茶は、甘さの後にシナモンの香りが抜けていく。  そう答えると、仲宗根さんはうんうんと頷きながら答え合わせをしてくれた。  「オレンジのお茶は月桃の葉を、黄色いお茶はカラキ(ニッケイ)の葉を煎じたものです」  こちらもどうぞ、と勧めてくれたのは、大きな葉っぱを丸めたもの。  「これはムーチーと言って、旧暦の12月8日に食べる餅菓子です。これは黒糖と味噌で味付けした餅を月桃の葉で包んだもの。私が生まれ育った中南部の地域では月桃の葉を使うのですが、北部では森に自生するアオノクマタケランの葉を使うんですよ」  厚く丈夫な月桃の葉を開くと、長方形のお餅が現れた。仲宗根さんお手製のムーチーは、爽やかな葉の香りとお餅の素朴な甘みが美味しかった。
仲宗根さんが振る舞ってくれた月桃茶(左)とカラキ茶(右)。森で味わうとその美味しさはまた格別。
黄緑の葉をブロッコリーのようにこんもりと茂らせるイタジイ。その実はさまざまな動物の食料となる。
 エネルギーを補給して再び歩き始めると、道の勾配が少しずつきつくなった。  けれど、登山道というには緩やかな傾斜は歩いていて気持ちがいい。緑の生命力の強さは圧倒されるほどなのに、優しさを感じるのは傾斜の緩やかさ・・・かもしれない。  狭い道の先に、突然開けた場所が現れた。  その一画に大きな水たまりができている。のぞき込むと、たくさんのシリケンイモリが泳いでいた。この水たまりは湧き水ではなく、雨が溜まったものでしょう、と仲宗根さん。  「やんばるは雨が多いところで、中でも与那覇岳は年間降水量が3,000mm以上もあるんですよ。ただ、いつも雨が多いわけではなく、台風などで一気に増えるんです。すると、普段は川がないところに水が流れるんです」  そういえば、登山道のところどころに小さいトンネルや土管のようなものがあった。あれは大雨が降った時にあふれる水を集めて流すためのものなのだろう。  そして年間3,000mmというこの雨の多さは三つ目の奇跡だ。  『やんばるの森』があるのは北緯27度の亜熱帯地域。同じ北緯27度付近の亜熱帯地域は砂漠や乾燥した草原が広がっているところも多く森林が発達しているのは琉球列島や台湾、東南アジアの一部、フロリダ半島の一部などに限られているという。沖縄本島を始めとする琉球列島は、季節風や温かい黒潮の影響で雨が多く、森が発達したのだ。雨がたっぷり降る与那覇岳やその周辺の山々は水を蓄え、川として育んでいく。その水は水源の少ない中南部に送られ、人々の生活を支えている。  来た道をゆっくり戻りながら『やんばる』の空気をたっぷり吸い込んだ。  森を出ると、向いの山に『やんばる』の生き物を支えるブロッコリーみたいなイタジイの新緑があふれていた。守り続けるべき小さな源流を1つ、また見つけた渡航となった。 撮影=田丸瑞穂 取材・文=吉田渓