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未来を拓く源流新時代の幕開け ~全国源流の郷協議会~
全国各地の河川の最上流に位置する自治体が結集し、平成17年11月に「全国源流の郷協議会」が発足しました。 日本の源流域は、国土保全や環境保全の最前線に位置しており、河川の流域だけでなく、我が国にとっても非常に重要な地域となっています。 会員一同その責任を自覚し、源流域の環境などを保全に務めておりますが、源流の恵を共有する流域の皆さんと一緒に活動していくことが必要です。 当協議会では、源流地域の重要性を多くの方々に理解していただき、源流域が存続していけるよう源流基本法の制定などを提案し、その実現に取り組んでおります。
世界遺産・白神山地が生み出す水(岩木川源流大川)
木も道路標識も眼下に! 源流で雪上を歩く
 1993年、青森県と秋田県にまたがる山地が日本で初めてユネスコ世界自然遺産に登録された。それが白神山地だ。約13万ヘクタールにも及ぶ原生的なブナ林が広がる白神山地は、豊かな水を生み出す水源地でもある。津軽平野を潤す一級河川の岩木川も、ここ白神山地が出発点だ。源流探検部としては、世界遺産でもある源流の村をぜひ見ておきたいものだ。せっかくなら雪の源流域を見ようと、雪降る2月の青森県西目屋村を訪ねた。  どこまでも続く、真っ白な風景。村の中心部から白神山地へと車を走らせると、雪はさらに厚みと広がりを増し、白い世界は白銀の世界へと変わっていった。目指すのは、岩木川の源流の一つ、暗門川だ。暗門川は青森県側の白神山地にある川だ。  車が進めるのは、道路の除雪が済んでいるところまで。車を止めたその先には、降り積もった雪の層が延々と続いている。その厚みは1.,3mほど。どこまでも続く雪の層の上を歩いて、山の中へ入っていくのだ。  白神山地でガイドを行なう白神マタギ舎の工藤茂樹さんは、雪の壁の前に車を止めた。 「ここから先は、これを履いて進みましょう」  軽トラックの荷台から取り出したのは、人数分のカンジキ。工藤さんの手作りだ。 「クロモジで作っているんですよ。クロモジの木は丈夫だし、一度乾かすと水を吸わなくなるから・・・」  工藤さんは源流探検部のメンバー一人ひとりにカンジキを履かせてくれた。雪の層に上がると、いつもは頭上にある道路標識が自分の顔よりも下にあって不思議な気分になる。先頭を歩く工藤さんのカンジキの足跡をなぞるように歩いていくのだが、意外と難しい。まっすぐに足を下ろさないと雪の上でバランスを崩しそうになるし、いつもと同じ感覚で歩いていると右足で左足のカンジキを踏んで転びそうになる。足をしっかり上げ、ガニ股気味に歩くと、普段より太ももやふくらはぎの筋肉を使うので体力を使う。しかも、さっきまで止んでいた雪が降ってきた。
白神マタギ舎の工藤茂樹さん。マタギの家系に生まれ山とともに生きてきた
工藤さんお手製のカンジキを借り、雪の上を歩いて暗門川を見にいく
 一方、祖父や父と同じくマタギとして生きてきた工藤さんの歩き方には無駄がない。 「昔から私たちの集落では、畑で大豆や粟を作り、山で木を伐ったり炭焼きをしていました。そして、時期が来れば山菜を採ったり、熊狩りをしていたんです。藩政時代は弘前藩から許可をもらって熊狩りなどをして、殿様に献上したんですよ。ここは秋田県との県境でしょう。マタギは藩境を見回るという役割もしていました。山菜採りや熊狩りはそのご褒美、見返りのようなものだったのでしょうね」  マタギはいろいろな説がある、その名前の由来を工藤さんはこう話してくれた。 「マタギは又鬼と書きます。動物が憎いから殺生するのではなく、山で生活していくため、生命を奪うので、鬼の心にならなければなりません。殺すたびにまた鬼になるので『又鬼』なのだと聞いています。だからこそ、又鬼は動物の命を無駄にしません。そして、動物を仕留めることを『授かる』と言うのです」  動物の命を授かるには普段の行ないが大切だと考え、マタギの人々は里での暮らしから自分を律していたそうだ。
江戸時代からマタギが担ってきた使命
 水を生む山の手入れも、山に住む人々の大切な役割だ。山崩れしそうな場所を見つけたら土留めをしたり、水の流れに変化があれば上流を見にいく。こうして山や水を管理するからこそ、入会地や薪炭林を使うことができたのだ  縄文時代の遺跡も見つかっているこの土地では、山からの恵みをもらって暮らしと命を紡いできた。しかし、世界遺産登録後、熊狩りや山菜採りが以前のように自由にできなくなった。現在は世界遺産の範囲外で熊狩りを行っているそうだが、熊はそんな区別など関係なく移動する。本来、熊を追って山々を移動しながら行なう熊狩りが難しくなったのは想像に難くない。  そこで、山の知恵や知識を伝えていこうとマタギの人々を中心に結成されたのが、白神マタギ舎なのだ。雪道を歩きながら、工藤さんが木々を指差した。 「ブナの木だけでなく、ここにはミズナラやイタヤカエデ、オニグルミもあります。オニグルミの実は殻をむいて白和えにすると美味しいんですよ。津軽ダム周辺のスギは昭和35年以降に植林したもので、植林した山はもともと焼畑や家畜の草山でした」  視線の先で何かが動いた。左手の斜面から右の崖下へ、軽やかに下っていく。ニホンザルの群れだ。 「食べ物を探しているんでしょう。彼らは木の芽や、時には樹皮も剥がして食べるんですよ」  厚い雪に覆われ、あらゆる命が眠っているようにも見える山の中でも、生き物たちはたくましく生きている。  初心者の源流探検部のペースで30分近く歩いただろうか。工藤さんが崖下を指差した。 「あれが暗門川です」  崖下を見下ろすと、冬枯れの林に切り込みを入れたように、真っ白い道が見えた。川の表面がうっすら凍り、その上に雪が降り積もっているので白い道のように見えるが、その下には水が流れているのだという。 「白神山地はあちこちに湧き水があって、それぞれ味が違うんですよ。きっと、地質の違いでしょうね。この辺りでは昔から川を大切にしてきました。貝塚のようなゴミを捨てる場所も川から離れた場所に作っていましたし、米のとぎ汁も流す前にろ過したほどです」  暗門川は、下流で大川と合流して岩木川となり、そこへ大沢川、湯ノ沢川が合流する。 「大川の源流点があるトッチャカ(雁森岳)からは、岩木川の河口が見えるんです。源流から河口が見えるのは珍しいんですよ。ただ、今はこれ以上進めないので、戻りましょう」
岩木川源流の暗門川。白神山地を出発点に、雪の下を水が流れてゆく
春の暗門川。上流には暗門の滝があり、トレッキングコースもある
源流の郷からきれいな水を下流に届けたい
 雪の上にできた足跡を再びなぞって戻る。すると、雪が止み、雲の間から太陽が顔を出した。真っ白な雪が、日の光を浴びてキラキラと輝く。白神山地という名前にふさわしい神々しさの中、行きは降りしきる雪で見えなかった大川が眼下に見えた。  村の中心部に戻る途中、砂子瀬橋の上からダム湖の津軽白神湖を見た。この地域では、昭和35年(1960年)に目屋ダムが造られ、さらに平成28年(2016年)には目屋ダムの下流に津軽ダムが完成した。雪に覆われたダム湖の真ん中あたりを工藤さんが指差す。 「あの辺りが、私の生まれたところです」  湖底に沈むまで工藤さんが住んでいた場所だという。工藤さんは、今もその住所を本籍地にしている。そんな工藤さんは力強い口調でこう言った。 「津軽ダムは、岩木川流域約50万人の命の源なんです」  白神山地ではブナ林がたっぷりと水を蓄える。長い時間をかけて地表に現れた湧き水が沢となり、川を作る。だから、雪が少ない年でも川の水が枯れることはないという。しかし、その一方で岩木川は暴れ川としても有名だったそうだ。  津軽ダムは洪水調整を始め、津軽平野の農業用水、そして人々の飲み水の確保、水力発電などさまざまな役割を担っている。 「ほら、あそこを見てください。パイプが通っているでしょう? 大川や暗門川などから取水して、ダムより下流の岩木川に新鮮な水を届けているんです。このダムがあっても、川に棲む生き物や下流で暮らす人々に新鮮な水が届けられるように」  そう語る工藤さんの顔は、とても誇らしげだった。
工藤さんの故郷が湖底に残る津軽白神湖。手前のパイプを通してダムの下流に新鮮な水を届けている
世界遺産と人々の暮らしを両立させる方法とは
 源流の村・西目屋村を率いる関和典村長も、川で泳いで育った世代だ。村長は、この村に世界遺産とダムが共存することについて、こう語ってくれた。 「『なぜ白神山地という世界遺産の前にダムがあるのか・・・』とおっしゃる方もいます。しかし、地元ではこのダムを作ることへの反対はありませんでした。治水や利水、発電の上でも、ダムが必要だと感じていたからです」  西目屋村から出発する岩木川は、弘前市や五所川原市、黒石市など13市町村を通って汽水湖の十三湖を経て日本海へ注ぐ。岩木川流域では昔からたびたび水害が起こってきた。また、人口の増加とともに電力も必要になる。だからこそ、村の人々はダムの必要性を感じ、受け入れたのだという。 「貴重な自然になるべく人の手を入れず、守っていくことは大切なこと。しかし、人々が文明とともに生きていく上で、どうしても作らなければならないものもあります。それをいかに融合していくかが大切なのだと思います。マタギの方を始め、人々が自然と深く関わることで自然を守ってきた西目屋には、自然と文明の折り合いをつける力があると思います」  ダムという文明と自然の「折り合い」の代表例が、工藤さんの話にも出てきた「清流バイパス」だ。これは大川や暗門川などから取水し、パイプで下流に送るというもの。ダムで水がせき止められても、ダムの下流の岩木川には新鮮な水が流れてゆくというわけだ。 「おかげで、岩木川の漁協の方からも『水がきれいになった』という声をいただいています。自然と文明の折り合いをつけながら、自然の尊さを多くの人々に伝えていくことが、この西目屋村の使命だと思っています」  その一つが、源流の西目屋村の小学生と、つがる市など岩木川下流の子供たちの交流事業だ。 「これからは、村の子供たちにマタギの方の文化や知識を伝える機会を作らなければと思っています。また、子供たちに限らず、多くの方にもっと山の魅力を知っていただければ…。マタギなど山のプロの方々と一緒に山に入ることで、いろいろなものを見たり、感じたりしていただけると嬉しいですね」
38歳だった13年前、日本一若い村長として就任した関和典村長。岩木川への思いも強い
栄養たっぷりのブナの実。地元では「ブナの実一升、金一升」という言葉でその価値を表す。※(注)世界遺産である白神山地では植物の採取が禁止されています。今回、源流探検部が工藤さんからいただいた頂戴したブナの実は、世界遺産地域外で採取されたのものです
 西目屋村には「ブナの実一升、金一升」という言葉がある。金と同じくらいブナの実には価値があるという意味だ。ブナはその足元にたっぷりと水を蓄え、栄養たっぷりの実を落とす。動物たちのご馳走だが、人間にとっても美味しいものらしい。 「あとで、皮をむいて食べてみてください」と工藤さんがくれたブナの実を、東京に戻ってから取り出してみた。茶色い三角錐の殻は簡単に剥ける。さらに薄茶色の皮をむくと、ほんのり黄色がかった白い実が現れた。食べてみると、思った以上に柔らかく、カシューナッツのような風味がして美味しい。ブナの実はクマなど山の動物たちの大好物だと聞いたことがあるが、その気持ちもわかる。土地のものを食べると、その土地との距離が縮まる気がする。  東京にいながら、ブナの実の故郷の西目屋村の変わらぬ清らかな水の郷の美しさと重要さを想った。
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