「人生に欠かせない時間」
次世代に引き継いでいきたいアウトドアの魅力。

ファッションモデルからサバイバルレースの出場という異色の経歴を持ち、キャンプ場運営やメディア出演を通して長年アウトドアの魅力を広めてきた田中ケンさん。「アウトドアを取り入れることで、生活はもっと快適になる」を信念に“快適生活研究家”として、現在は日本各地でアウトドアイベントの開催も行っている。
そんな田中ケンさんの「人生を通してアウトドアと共に生きる意味」を教えてもらった。
親子で楽しむアウトドアライフ
この日待ち合わせをしたのは、埼玉県飯能市の名栗湖。
これまで都内から自身が運営する北軽井沢や那須のキャンプ場に赴く毎日だったが、コロナ禍を経て「自分の人生の最終章」に自然豊かな飯能市を選んだ田中ケンさん。この湖のほとりにある名栗カヌー工房で、手作りカヌーを製作している途中だという。


「僕がいう『快適生活』というのは、簡単にいえば生活を楽しもうってこと。現代の日常生活は便利になっているけれど、アウトドアでは必ずひと手間が必要になる。それを家族や友達とワイワイやると、その時間も楽しくなる。家族や仲間と集まって同じ時間を同じように楽しんでシェアするためのアウトドアが、快適生活につながると思うんです。」
手作りするカヌーも同じ。ただカヌーに乗るのではなく、1本1本自分で組みあげた世界でたった一艘の「オンリーワンカヌー」での川下りは、これまでと違った感動が味わえるはず。
カヌーの完成はまだ先ということで、この日はカナディアンカヌーを借りて娘のマイさんと一緒にルアーフィッシングにチャレンジした。


飯能に移住してから、よりいっそう一緒に遊ぶようになったというふたり。自宅とフィールドが近くなったことで、時間が合えば山登りしたり、カヌーを作りにきたり。大人になってからも家族でアウトドアを楽しむコツを聞いてみた。
「まずは親自身がアウトドアを楽しんで、アウトドアを家族みんなの楽しい思い出にすること。そしてある程度の年齢になったら、できる限り何でも自分でやらせることが大切です。子どもが思春期になってアウトドアから離れても、親が楽しみ続けていれば、20歳を超えたくらいで『私もまた行ってみようかな』となるんです。」


「私も30代になったいまが一番父と遊んでいるかもしれません」と笑うマイさん。
「父は自分が楽しみたいから、どんなスポーツでもあまり教えてくれないというか、背中で語るタイプなんです。今日の釣りもそうですけれど、習うより慣れろって感じですね。」
子どもたちに経験を与えるだけでなく、自分自身が楽しむ姿を見せることが、次世代にアウトドアを引き継いでいく。自身の運営するキャンプ場にも、小学生のころに遊びにきていた子どもたちが、大人になってから子連れで遊びにきてくれるそうだ。
「僕にとって自然は最高の遊び場。親がアウトドアを楽しむ姿を見て育った子どもたちは、大人になってもその体験を大切にするんです。」


「アウトドアに飽きないためにはアクティビティも大事。季節も天候も異なる自然のなかで工夫するひと手間があるからこそ楽しめるんだと思います。遊びに行くたびに『宿題』が与えられる気がしますね。」
キャンプ場を運営するのはアクティビティのベース地になるから、というケンさん。山や湖川などの豊富な自然に近いからこそ、釣り、カヌー、山登り、といった多様なアクティビティを存分に楽しめる。自然で遊ぶことがアウトドアの真髄であり、それを30年以上かけて表現し続けてきた。
待つだけではないスリルと達成感
名栗湖でのカヌーフィッシングを楽しんだあと、近くの有馬渓谷観光釣り場へ。
「いま一番好きな釣りはフライフィッシング」と話すケンさんが釣りと出会ったのは、意外にもテレビの撮影でのこと。
「まったくやったことがなかったから、ルアーを投げるのもへたくそで、オンエアではカットされるくらいダメだった」と苦笑いで振り返る。


その後、フライフィッシングのプロ兄弟との出会いがケンさんの釣りの価値観を変えた。フライフィッシング特有の「見える釣り」と、兄弟が教えてくれた道具の格好良さに惹かれ、初めて釣りに対して前のめりになった。
「学生のころはサッカー、モデル時代はジム、その後はサバイバルレース出場と、とにかく身体を動かすことが好きだったので、『じっと待つ』イメージのある釣りは興味が持てなくて。でもフライフィッシングは魚を見て釣るでしょ。川を歩いて、ここにはいない、ここにいるって。それで火がついたんだよね。」
川や湖の透明度の高い場所で、魚の動きを観察しながら釣るフライフィッシング。
能動的に動けるからこそ、狩猟本能を掻き立てられて、その日のうちに5、6匹も釣り上げたそう。


「ただ待つだけではないスリルと達成感があるから、ハマったんだと思う。もちろんプロが計画を立ててサポートしてくれたからこその成功体験だろうけど、自分にとってその感動が大きくて。」
「自然を観察して、季節、時間帯に合わせて、実際に魚が食べる虫やフライ(疑似餌)を選ぶのも面白かった。しかもそれを手作りするっていうスタイルが格好いいと思ったよね。手間をかけるからこその感動もあるし。このアリをイメージした毛鉤が一番のお気に入りです。」
アウトドアへの恩返し
60歳になり、ひたすらにアウトドアマンとして活動を続け、近年はアウトドアのイベンターとして、毎週日本全国でブース設営や出店者のサポートなど、運営の裏方としてチームや家族とともに全力を尽くしている。
そのうちのひとつ、鹿児島県の人口約4,000人の小さな町で始まったイベントは、第1回目で1万4,000人もの来場者を記録した。「何もない場所」にアウトドアの文化を作る取り組みは、地域の活性化にも大きく貢献しているが、その原動力を聞いてみた。

これまでアウトドア業界で築いた経験を、次世代につないでいくことも重要な使命だと考えているケンさん。
アウトドアをただの趣味や流行として終わらせるのではなく、文化や価値観として次世代に受け継ぎ、新たにその背中を追う人々が次々と現れることを期待している。そのなかでも、イベントはいましたいことを一番表現できる場だという。
「アウトドアだけじゃなくいろんなお店に出てもらうと、出店者同士につながりができて、コーヒー屋さんがアウトドアをミックスした次の仕事の機会になるかもしれない。コーヒーを楽しむためにイベントに訪れた人が、偶然通りがかった店のキャンプ道具に興味を持つかもしれない。時間はかかるかもしれないけれど、そうやってアウトドアの楽しさを裾野まで広げて、その基盤をしっかりと作り上げることで、それがピラミッド型の構造として業界全体を支える大きな力になると思うんです。」


ケンさんが、ここまでアウトドアを愛する理由は「平等性」にある。
日常生活では、生まれ育った環境や社会的な地位によってスタート地点が異なるのが普通だが、アウトドアの環境ではその差が小さくなるそうだ。
「登山でいえば、ふだんからトレーニングしている人は山の景色を楽しめるけど、まったく運動していない人にとってはすごく苦しい経験になる。これってすごく平等ですよね。ふだん何をやっているかが丸わかりになる。それでも、アウトドアは努力次第でだれにでも楽しめる場を提供してくれる。『いまは難しくても練習すれば来年はできるかもしれない』というように、挑戦の過程そのものが大きな楽しみになるんですよ。」
「本当はもう、これ以上趣味を増やせないなと思っているんだけど、フライフィッシングは挑戦するたびに新しい発見があります。自然のなかでの駆け引きに、宿題とか課題とか達成感があって。この30年、自然は僕にとって一番の遊び場。いつも飽きさせないでいてくれる場所です。」
■プロフィール|田中ケン
1964年生まれ。小学校時代からサッカーに親しみ、高校生で東京代表として全国大会に出場。卒業後、「ポパイ」「メンズクラブ」など男性雑誌を中心にファッションモデルとして活躍。1992年、サバイバルレースに日本チームとして初出場。その後「アウトドアを取り入れることで、生活はもっと快適になる」を信念に“快適生活研究家”として各メディアで活動している。キャンプ場プロデュースやアウトドアイベントの開催、自身のライフワークである東海自然歩道清掃登山など環境問題にも力を注ぐ。
----
Text by Fuumi Mori
Photograph by Sean Hatanaka