なぜ未利用魚・低利用魚を使った料理を作るのか。
Kai’s Kitchen「無価値の価値化」への飽くなき探究心
相模湾を望む神奈川県二宮町にある魚料理店「Kai’s Kitchen」。
このお店では、「旬じゃない」「数が少なくて流通に乗りにくい」「調理が難しい」といった理由で捨てられがちな“未利用魚・低利用魚”と呼ばれる魚たちがメニューに並ぶという。
船の上でその日のメニューが決まる
「Kai’s Kitchen」の店主・甲斐昂成さんは普段、漁師とともに船に乗り、二宮の定置網の水揚げに同行している。
定置網には流通に乗りにくく食用にされない魚が網にかかることも多い。
そんな魚の中から宝探しのように、調理の仕方で驚くほど美味しくなる魚を探し、その日のメニューを決めるという。
「例えば、深瀬でメジナを狙う時に、その外道でアイゴとかが釣れるんですけど、下処理の仕方一つで、全く別の魚のような味わいになります。未利用魚・低利用魚でも釣れた瞬間に適切な下処理をすればびっくりするくらい美味しく食べられるんですよ。」
「釣り自体はたまの休みに堤防でカワハギとかカサゴとかを釣ったりはするんですけど、船は久しぶりですね。」
この日のお目当てはアジ。慣れた手つきでビシカゴにコマセを仕掛けていく。
「陸だと飽きたら帰ろうっていう選択肢がありますけど、船だと港に戻る時間が決まってるので、飽きてもぼーっとするしかない。でも、この強制的に与えられる何もしない時間がいいですよね。」
釣りを通して形成された考え方
甲斐さんと釣りの関係性は幼少期にまでさかのぼる。
「自動車整備の仕事をしていた僕のおじの影響が大きいですね。夏休みには車の納品や回収に連れ回されて、夕方になるといきなりイカ釣りに行くぞって釣り竿積まれて。その時のイカがやたらと美味かったのが記憶に残っています。」
イカを刺身にする時の包丁の入れ方や、冷凍すると違った味わいになることなど、元々職人気質だったおじの元、なかば強制的に英才教育が施されていった。
「帰ってきてからも道具の片付けと小アジを300匹くらいを捌き終わるまで寝られない、スパルタな幼少期を過ごしていました」
甲斐さんがそこで学んだことは、釣りや魚の捌き方だけではなかった。
「おじもそうですが、周りに自営業のスケジュールフリーな大人が多かったんですよ。『雇われずに自分のペースで仕事することの楽しさ』みたいなものは自然と感じていたかもしれませんね。」
地元・熊本の大学で金属工学を学んだものの、大学院には進学せずに、東京のマーケットを見るために大手飲食チェーンに就職。3年ほど調理の基礎や店舗運営、新規店舗の立ち上げなど今のキャリアの基礎をしっかり学んだという。
「実はそのころから“未利用魚・低利用魚”を仕入れるようになったんです」
ひさびさの釣りではあったが、甲斐さんは手際よく35匹のアジを釣り上げた。船から降りるとさっそくその場で下処理を始めていく。
「同じ時に獲れた魚でも、野締めと神経締めでは魚にかかるストレスなどから身の締まり具合とかが変わってきます。どちらが美味しいとかもあるんですが、あくまで変化なので、それによって調理方法を変えてみよう、といった感じですね。」
氷水の温度調整一つで魚の美味しさも変化していくのでシビアに管理していく。ただし、魚種や時期、個体差によって結果はケースバイケース。
「この間通用したパターンが今回は通用しない、そんなことの繰り返しです。でも、釣りの楽しみってそこだと思うんです。終わりがないのが面白いですね。」
「船の上や港で、未利用魚・低利用魚はどうすればおいしくなるかを漁師さんとずっと話していますね。あとは、全国北から南まで見た時にどこの土地でも食べない魚ってあんまりないんです。ここでは食べないけど別の地域では大喜びされる魚もいる。そういった地域の食文化を調べて、別の土地の人に合うアレンジに落とし込んでいく。実際に食べてみると美味しい未利用魚・低利用魚を活用することで、海と向き合う漁師さんたちのリアルを伝えられるのも、うちの魅力だと思っています。」
無価値なものに価値を見出す楽しさ
東海道本線の二宮駅から徒歩約5分。長く空き家となっていた築60年の小さな町工場がアトリエとしてリノベーションされた場所。そのオーナーが都内に仕事場を移した際に、友人だった甲斐さんが引き継いでKai’s Kitchenをオープンさせた。
土間部分を利用して作られた店内。家具や調度品も古い建物にマッチしたレトロ風なものが多く、これらの多くも廃材や古い家具を利用したものだそうだ。
「加工が面倒で今は主流ではない一枚板や、東京の庄屋にあった木材などを使っています。価値がないといわれているものも形を変えると価値が出てくる。そういうのが好きなんです。」
Kai’s Kitchenは昼と夜の二部構成で、昼の部は「二宮漁師のおかず食堂」、夜の部は「ムカチのカチカ」と名付けられている。無価値なものを価値化していく楽しさが甲斐さんの原動力なのかもしれない。
「食いしん坊」という最強のエネルギー
食材の仕込み用に使う奥の厨房で、先ほど獲れたアジを捌いていく。色々とインタビューしている間でも、手だけは淡々と動き、1匹ずつ丁寧に下ごしらえが進んでいく。
「うちみたいに前菜からメインまでメニューの構成で100%魚が出てくるコース料理のお店って多分ないと思うんです。他の魚を出すお料理屋さんよりも、仕込みには相当時間がかかってると思いますね。長い時だと、漁から帰ってきて朝6時から夕方の4時ぐらいまでやってるので10時間くらい。不思議とね、集中力が持つんですよ。」
仕込みを終えてメインの厨房へ。なめろうは宮崎県の島野浦という離島の漁師料理からヒントを得たもの。麦味噌と刻んだ玉ねぎに柚子胡椒が加えられ、味も食感も複雑なテクスチャーを帯びる。こういった、漁師さんとの関係性の中で生まれていったレシピが多いという。
「九州はすべての魚を大切に食べるんです。だからフードロスの概念がそもそもない。以前は道の駅の魚屋さんで新鮮な未利用魚・低利用魚が格安で売られているのをよく見かけたのですが、10年前くらいからそういった業者も減ってきている。それ知ったのがきっかけで今の方向に進もうと思ったんです。」
上京して飲食業に勤め始めたころから未利用魚・低利用魚を仕入れていたのは、それ以前からの九州の魚事情がバックボーンにあったからだ。Kai’s Kitchenとしてお店を始めるはるか以前から、獲れた魚をすべて大切に食べるという姿勢は当たり前だったのかもしれない。
「船の上で必要だと予測した分だけ仕入れてきているので、捨てることが全くないですね。刺身に使って、残ったらさつま揚げや南蛮漬けの原料に。骨も全部集めておいて、それを炊いてアラ汁にします。常時20種類ぐらいの魚が入ってくるので、いい出汁が取れるんですよ。今の時期にはその出汁で冬瓜を炊くんです。」
聞いているだけで美味しさが伝わってきそうだ。
「これはミノカサゴでやってもびっくりするほど美味いんですよ。」
アジフライは今まで食べたことがないほど身がふっくらしていて、海から最短距離で食卓まで来ると、今までとは全く違う魚のように感じられた。
「釣りってたぶん一人6次産業化ですね。漁獲から料理を出すまで一人でやらなきゃいけない。でも結局、僕は美味しいものを食べたいから釣りもするし、漁もするし、お店もやってるみたいなところがあるんですよね。」
釣りから得られる「豊かさ」とは
甲斐さんに今後の展望を尋ねてみた。「全国各地で、未利用魚・低利用魚の利用法を開発してくださいというお話はよくいただきます。この業態を展開することによって、各土地の困り魚が解決していくので、やりたい人にはノウハウを全部渡したい。レシピを提供して、工場のオペレーションを組んでいくのはすごく楽しいですね。そういうお話がきたらどんどん1個ずつやりたいな、とも思っています。」
時間をかけて積み上げてきたものも、欲しい人には惜しまず提供する。未利用魚・低利用魚の活用は総合水産業的にも重要なことだが、きっとその方が楽しそうだし、美味しい魚の食べ方をもっと研究したいという純粋な気持ちに素直に従って生きているようにも聞こえた。
今日の船釣りの写真を見た奥様が
「夫のこんなにいい笑顔は久しぶりに見たかもしれない。楽しそうで良かった」と、自分のことのように喜んでいたのが、本当の「豊かさ」を物語っていたようにも見えた。
Kai’s Kitchen
営業時間:
昼の部 11:30-13:30LO
夜の部 17:30-20:00
アクセス:JR二宮駅下車 徒歩約5分
URL:https://kais-kitchen.shop/
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Text by rui
Photograph by Sean Hatanaka
Directed by Fuumi Mori