■人生を変えた。釣りとの出会い
MINAさんのInstagramには、ピンスポットに正確無比なキャストを決めるショート動画が並ぶ。まだ渓流釣りを始めて3年目と日が浅いながら、釣りにどっぷりとハマり、まさに釣りが中心の日々を送っている。
だが、釣りと出合う前の暮らしは決して幸せなものではなかったという……。
「私は若い頃から看護師の仕事に就いてきたのですが、体力的にも気力的にもしんどすぎて、心を病んでしまったんです。うつ病の状態が何年も続いて、体重も35kgにまで減りました。その頃、好きなこととか趣味とか、気晴らしになるものが何もなかったのも良くなかったんでしょうね」
そう語るMINAさん。何か違う道に踏み出したいと考え、独学で始めたのが動画編集だったという。ちょうどパートナーの上村陽介さんがカスタムロッドの製作を手掛ける「hitotokiworks」を起業するタイミングだったこともあり、渓流釣りの動画を編集する機会を得た。
画面越しに初めて見る雄大な自然、宝石のように美しい魚やタックルは、一瞬にしてMINAさんの心を奪った。まさに“一目惚れ”だ。
陽介さんに頼んで、実際に渓流に連れて行ってもらうと、そこには画面で見たのと同じ、それまで自分が過ごしてきた現実世界とはまるで違う環境に、夢のように綺麗な魚がいて、それを宝物のようなタックルで釣るという未体験の喜びがあった。見るもの、触れるものすべてが美しい渓流の世界に魅了されたMINAさんは、その日のうちに「看護師を辞める」ことを決意したという。我々がいま知る、釣りインスタグラマーとしてのMINAさんの誕生の瞬間だ。
■釣りの魅力にどっぷり……まさに沼だ
パートナーのスパルタ教育と、自身の負けず嫌いな性格もあって、釣りの技術はメキメキと上達。
「キャストが狙い通り決まるようになると、魚と出会える機会も増えていきました」
今回同行した釣りでも、軽快な身のこなしで沢を上り、堰堤をよじ登り、倒木を跨ぎ、崖をへつり、大岩を越えて銀鱗を追う……。撮影スタッフは、あとをついて行くのに苦労したくらいだ。
「こんな美しい渓流で、美しい渓流魚に出会えるって、最高の体験じゃないですか!? とにかく川に立っている時は、他のことは何も考えていない、無我の境地にあります。釣りって、自然の中で生き物を相手にしているので“絶対”がない。そんななかであれこれと手を変え、品を変えしながら、自分の考えた通りに釣れると……、もう、やったー! っていう感じで、やめられないですよね(笑)」
「釣りってインドア趣味でもあると思っているんです」と語りながら、道具をメンテナンスするMINAさん。
「次回の釣りをイメージして、タックルやルアーを用意し、釣行計画を立てる。そんな時間も幸せなんです。たぶん釣り人ならみんな一緒……、ですよね(笑)」
釣具のメンテナンスや準備はもちろん、もはやこちらも釣具とも言える「愛車・ジムニー」のカスタムにも心血を注ぐ。
「雑誌とかネットとかいろいろ見ながら、少しずつ手を入れてきたんです。だから可愛いし、プロセスも楽しい。釣りって、実際に釣りに行く以外の部分もすごく楽しいんですよね」
■自然への感謝と釣りを通して広がる人とのつながり
「あ、ちょっと待ってくださいね、ゴミを拾っていくので」
釣行の帰り道、立ち止まったMINAさんのチェストバッグについた小さなケースから出てきたのは、ゴミ袋。
自分を救ってくれた釣りの未来のために、できることから何かしたいという想いから、釣り場でのゴミ拾いを習慣にしているのだ。
「Instagramを頑張っているのも、釣りがいつまでも楽しめるような環境保全に取り組むための仲間集めというか、コミュニティづくりの足掛かりにしたいという想いからなんです」
ホームフィールドの静岡県のみならず、SNSで繋がった仲間たちとも声を掛け合いながら、遠征先でも川のゴミを拾い、漁協や地域住民と手を携えての放流会を手伝い、お呼びが掛かれば北海道まで飛んで、水路に迷い込んだ渓流魚を捕獲し、川に再放流して救助するための集まりにも参加している。
「いまはInstagramのようなSNSで、個人レベルで発信できる時代。全国に、同じように考えて参加してみたいと思う人たちの輪を広げていけたらと考えているんです」
■みんなで考え、形にしたい釣りの未来図
「私自身、ある意味、釣りに命を救われたんです。かつて死んでるみたいに生きていた私が、いまこんなに毎日忙しく、充実して暮らせているのだから……。そんな素晴らしい釣りをこの先の未来もずっと楽しめるようにしたい。そんな想いに共感して、一緒にやろうと言ってくれる仲間を増やしていくことが、私のミッションなんだって思うんです」
そう話すMINAさんが、陽介さんと共に立ち上げの準備を進めているのが『みんなと未来図』というWEBサイトだ。
「子どもたちにも釣りを教えてあげられるような未来を実現するために、仲間同士で環境保全活動の情報を交換し合ったり、交流できるようなサイト。もちろん、私みたいな初心者だったら、どこでどういう風に釣ったらいいかを親切な先輩たちから教えてもらうこともできる(笑)。初めて訪れる都道府県でも、このサイトで繋がった仲間が初対面でもアテンドしてくれたり、アドバイスしてくれたりして、お互いちゃんとマナーを守りながら一緒に釣りを楽しめるようになったら、釣りの未来がもっと明るくなると思いませんか?」
――二人が率いる「Hitotoki Works」では、その活動資金の一助とするための別ブランド「K6Arts」(ケーシックスアーツ)をすでに立ち上げ、ルアーやアパレル、小物などを販売した利益の10%を活動資金に充て、釣り場保護活動やコミュニティづくりに役立てているという。
喜びも、悩みも、未来に懸ける想いも、ウェブやSNSを通じてまだ会ったことのない多くの人たちと共有できるようになったいまの時代。自分で思いついて、自分で行動することはできなかったという人たちも、MINAさんの思い描く釣りの未来図を「いいね!」と思ったなら、ぜひコミットしてみてほしい。そこにはきっと、これまで「知っているつもり」だった以上の釣りの楽しさがあるはずだ。
【information】
instagram:@mina.kamimura
Hitotoki Works:https://hitotokiworks.com
YouTube:@hitotokiworks8938
取材・文/大野重和(lefthands)
撮影/宮下潤