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ショア
SPECIAL INTERVIEW
スペシャルインタビュー
赤い彗星が放つ面白味と人情味。
人と地元とカルチャーを愛し、
“面白い”を発信し続けるレッド中村の情熱コレクション。
中村 祐介
阿佐谷が育んだ人情

父との釣りの思い出も、変わらぬ地元愛も。
レッド中村の価値観は、阿佐谷が放つ情緒と熱気のなかで育まれた。
生まれ育ったのは、東京・阿佐谷。実家は阿佐谷パールセンター商店街の一角にある履物屋を営んでいて、木の香りが満ちる店先には、いつも下駄の鼻緒をすげる父の背中がありました。「東の両国、西の阿佐谷」。かつてそう謳われた通り、阿佐谷には多くの相撲部屋があり、力士が下駄や雪駄を愛用するからでしょうね、両国と並んで、阿佐谷も昔から相撲部屋を支える文化として履物屋が盛んだったんですよ。実際、実家にも多くの力士が訪れていました。文化人や芸人も多く、町は活気にあふれ、買い物客の談笑、商売の掛け声、行き交う人々の熱気……。実家の二階の窓を開け放てば、そこには常に「生きた音」がありました。商店街の人たちも家族のようで情に厚く、道行く人たちもみんな明るい。東京7大祭の一つに数えられている「阿佐谷七夕まつり」や「阿佐谷ジャズストリート」など、商店街あげての祭やイベントも多く、とにかく人情味にあふれるこの町が昔から大好きでした。
そんな個性と活気であふれる商店街で育った影響もあり、自然と好奇心とエンタメ精神が育まれたのでしょうか、幼い僕はいろんな遊びに夢中になりました。釣り、虫採り、鉄道、プラモデル、野球……。そのなかでも僕の心を捉えて離さなかったのが、駅前の釣り堀でした。幼稚園の頃、父に連れられ初めて握った竿。ウキが沈み込む瞬間の高揚とコイが水面に跳ねたあの躍動感は、40年以上経った今でも忘れられません。他にもその釣り堀には金魚を釣ることができる鉢があったり、いろんな魚が釣れる遊びの場だったので夢中になりましたね。父も釣り好きで旅好きだったこともあり、小学生になると湘南や相模湾のほうに海釣り遠征に連れて行ってもらうこともありました。沖釣りは相模湾でアジ、サバ、ワカシ、イナダ、カッタクリ釣りみたいなのもやらせてもらいましたね。当時のカッタクリ釣りって、竿を使わずに指にゴムチューブをはめて、手釣りで釣るんですよ。昔からマニアックな釣りも含めて、いろんな釣りを体験させてもらえたのは、僕の好奇心のアングルを広げる意味でもとても大きかったんじゃないかなと思っています。
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阿佐谷パールセンター商店街で同級生の藤井さんが営む刃物屋「しんかい」の前にて。趣味のキャンプで使用するナイフを調達するのもこちらのお店で。「他ではなかなか置いていないレアなサバイバルナイフを普通に置いてるんですよね」と、旧友のセレクトセンスを絶賛する。
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地元の神社、阿佐ヶ谷神明宮。10月に開催される秋祭りでは、この神社の表参道にあたる商店街を神輿が練り歩き、終着点の境内を目指す。中村は中学校の社会科の先生を目指していた時期もあり、歴史や寺社仏閣の知識も深い。地元の神様を大切にしている心は今も変わらない。
人を楽しませる精神

30kgのレコード更新がプロアングラーを目指すきっかけに。
シーバスの裾野を広げるために、「面白いこと」を発信し続けた。
「人を楽しませたい精神」と「全方位への好奇心」。それをポケットに詰め込んだまま大人になった僕は、「自分が好きな釣りで人を喜ばせることができたらどれだけ幸せだろう」と思い、好きの中心にある釣りを仕事にしようと考えました。まずは現場を知ろうと思い、釣具屋で働きはじめます。同期たちがブラックバスという熱狂に身を委ねるなか、僕の心を捉えて離さなかったのは、未知なる「ソルト」の領域でした。当時、黎明期だったオフショアのジギング。海という広大なキャンバスに、ルアーという絵筆で何を描けるのか。「この未知なる釣りを広めることができたら釣り業界はもっと面白くなるぞ!」と高ぶる思いで、正解を知らないまま模索した手探りの日々こそが楽しく、僕を突き動かす何よりの熱源でした。
アングラーとしての転機は、唐突に訪れます。「奄美大島への遠征に行かないか」。釣り仲間からの誘いを断る理由などありませんでした。昼と夜の境目が溶け合うほど竿を振り続けた、狂騒の時間。かつてない戦いの末に引きずり出したのは、30kg級のカンパチでした。当時の日本記録という重みと、感じたことのない興奮が、僕に「プロアングラー」という生き方を決意させたのです。
その後、ルアーメーカーに転職し、シーバスの普及活動を続けるも、すぐには人気が広がらず、現実は甘くないと痛感。自分が知名度を上げるしかない。とにかくインパクトのあるもの、みんなに面白がってもらえるコンテンツを発信する必要があると感じていました。2000年の初め、釣り業界ではまだ雑誌やDVDが情報発信のベースだった時代に、どうすれば新しいことを発信できるのかを日々試行錯誤していました。そんなある日の釣りからの帰り道に、「これからの時代は動画がくるんじゃないか?釣り動画だけじゃ面白くないから、裏チャンネルやろうぜ!」と仲間たちと話が盛り上がり、軽いノリで、「(麺)硬め・(スープ)濃いめ・(油)多めの“早死に三段活用!” 」なんて口走って、ラーメンの食べ方動画をアップしたんです。それがなんかもう、ラーメン界の伝説の動画みたいになっちゃって(笑)。短い動画なんですが、400万回くらい再生されて。その影響で、なんと20年の時を経て、ラーメンユーチューバーのすするさんからオファーがあり、動画出演するまでに。ラーメン界では超人気の彼が僕のことを知ってくれていて、しかも、「ずっと会いたかったんです!」なんて言ってくれて、うれしいですよね。今思い返すと、SNSもなかった時代にユーチューバーの走りみたいなことをやってたんだなぁと改めて思いますが、それもこれも、「人を楽しませたい」「面白いことを発信したい」という血が騒いだからなんだなと。
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釣りの楽しさや楽しみ方を伝えるために、雑誌が全盛のころは積極的にさまざまな企画や特集記事に登場。「レッド中村」という愛称も、とある雑誌の企画のなかで生まれた。役に立つ情報やためになるネタを面白おかしく発信するスタイルは今も昔も変わっていない。
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ここ最近はSNSでの発信が増えたが、今でも毎月4,000~5,000字ほどの記事を数本連載中。「釣りは武道に似てる。完成形がないんです。釣れるルアーが出たとしても、みんなが使うといずれ釣れなくなる。そしてまた新しいメソッドを生み出す。終わりがないから、楽しいんです」と中村はシーバス釣りの魅力を語る。
全方位フルスロットルの好奇心

10年以上使える相棒かどうか。ストーリーをまとっているかどうか。
レッドの審美眼は「どれだけ長く愛せるか」に帰結する。
いくつになっても、僕の好奇心と探求心は尽きることがありません。親しい仲間からは、「レッドって、好きの幅がめちゃくちゃ広いよね。それでいて全部が異常に深いよね」って言われます。意識してそうなった訳ではないのですが、あまりにも好奇心のアンテナ感度が良すぎて気づけば自然とそうなっていました(笑)。だけど決して、好きなジャンルのモノだったら何でも欲しくなるというわけじゃないんです。1年だけ使うものなら、ファストブランドや100均ショップのものでもいいかもしれない。だけど僕は、好きになったものは長く大切に持ち続けたい性分。だから、アイテムを選ぶときは「10年以上ずっと使えるかどうか」で選びます。長く使えるスペックを備えているかどうかだけじゃない。長く愛せるかどうかが重要で、そこには「ストーリー」が不可欠なんです。どういう背景で生まれたプロダクトなのか、誰が愛したアイテムなのか、どんなスピリッツが込められているのか。釣り具は当然のこと、キャンプのランタンも、復刻のプラモデルも、サバイバルゲームのアサルトライフルも、デニムジーンズも、シルバーアクセサリーも、「長く愛せるモノ」にはそれがあるんですよね。
自分が手に入れられるものだけではなく、鉄道の趣味にもそれと同じようなイズムが根底にあります。とくに古い車両への思い入れが深くて。千葉の銚子電鉄は、かつて僕が少年時代に見上げていた京王線の車両が、場所を変え、今も現役で呼吸を続けています。大事に大事にメンテナンスと改良を重ねていくなかで、傷や色褪せも含めて味わいを増していくその姿にグッとくるというか。ステージを変えて輝き続ける様が、純粋にエモいし、カッコイイんですよね。
人もモノも趣味も、自分が今まで出会ってきたものとのつながりを大切にしたい。どれだけ時間が経過しても、その経年変化も含めて好きでいたい。こう思うのは、情に厚い阿佐谷の人たちに囲まれて生きてきたことが色濃く影響しているかもしれませんね。今でも秋祭りの時期になると、毎年必ず阿佐谷の実家に帰って、地元の仲間と一緒に神輿を担いでいますし、昔の仲間たちといるとたくさんパワーをもらえるんですよね。やっぱりここ阿佐谷は、僕にとっての心のホームグラウンドですからね。
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モノへのこだわりは、サバゲーのミリタリーグッズにも色濃く反映されている。映画『フルメタル・ジャケット』の影響で、ベトナム戦争時の米軍の世界観が好きになった。ジョン・レノンが着ていたミリタリージャケットも、ベトナム戦争の激戦区「ケサン」の名が刻まれたZIPPOも。自分がずっと大事にしたいと思えるものだけを相棒にする。
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鉄道愛は「撮る」だけではなく、「作る」ほうにも派生。
写真は京浜工業地帯をモチーフにしたジオラマ。「どこに駅を置こうか」などと悩みながら、パーツの一つひとつを丹念にレイアウトしていくのが最高に楽しいのだとか。中村の影響もあり、小学生の息子さんも撮り鉄街道を絶賛爆走中。

