ダイワアングラー
ソルトウォーター オフショア フィールドテスター
SALTWATER OFFSHORE FIELD TESTER
オフショア
SPECIAL INTERVIEW
スペシャルインタビュー
人生を豊かにする繋がりのバトン
雄大な故郷がくれた釣りへの探求心。
恩人たちからもらった人生の教訓と生きる道。
末永 知也
繋がりを大切にするルーツ

平戸の大師匠に教わった、記録より、記憶に残る釣り。
“人との繋がり”が釣りの営みを広げていく。
僕はテスター活動のなかで「人との繋がり」を何より大切にしています。一目を置かれるような記録を残すテスターになるのではなく、自分と一緒に釣りをした人へ記憶に残る釣りを届ける。そんなテスターがいてもいいかもしれないと思えたのは、僕にヒラマサ釣りの世界を教えてくれた幸漁丸の岩崎船長との出会いがきっかけでした。
まだ僕がバス釣り雑誌に出ていた頃、もっと幅広い魚種に挑戦したいと思い、訪れたのが長崎県・平戸にある「幸漁丸」でのヒラマサ釣りでした。釣果は良好。2回目の乗船で10kgオーバーの大物を釣り上げたんです。今でこそ2、30kg超えのサイズもSNSでよく見かけますが、10年ほど前は勲章もののサイズで、僕は「ヒラマサは極めた」ともう次の魚種に想いを馳せていました(笑)。 卒業生のような清々しい顔で船長にお礼を言うと、船長は「なに言ってるんですか?10kgなんてまだまだですよ。」とピシャリ。 ヒラマサの世界はもっと上があると。「だったらすぐ船長が驚くヒラマサを釣ってやる!」と僕も火が付き、他の魚種のことも忘れて毎週のように幸漁丸に通い始めました。船長がヒラマサ釣りのイロハはもちろん、オフショアの魅力を全て叩き込んでくれて、僕の真剣さに本気で向き合ってくれたのが嬉しかったですね。ときに厳しい船長の言葉と思いやりが僕の釣り人生を変えてくれたんです。
岩崎船長の凄さは釣らせる技術の高さだけじゃないんです。船長との釣りはとにかく楽しい。幸漁丸のお客さまって釣れない人もずっと楽しそうにしていて、最後は「来てよかった」と帰っていくんです。バス釣りの世界で「記録こそが釣り人の価値」だと思っていた自分には、幸漁丸で記憶に残る釣りを届ける船長が本当にまぶしく見えました。船長と繋がることで、釣りを好きになる人が増えていく。そしてまたその人たちが繋がって輪が広がる。そんな様子を目の当たりにして、釣りが“人と人を繋ぐ架け橋”にもなれることを実感しましたね。
僕もそうした輪を広げる活動をしたい、自分の活躍が誰かに認められた時に「自分の原点は幸漁丸です」と言えたら何よりの恩返しになるはず。その思いがヒラマサのテスターになった原点であり、今もなお僕を突き動かす原動力なんです。
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DAIWAのテスターになった後も毎週のように幸漁丸へ通い続けていた末永。ヒラマサ釣りにひたむきに向き合う末永の姿に、船長も指導の熱が入ったという。現在もSNSをしない船長の元へ定期的に通い、子どものようにテスター活動の報告や釣り自慢をしている。
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末永が初めて監修したロッド。実はそのテストも幸漁丸で行っていた。船長と意見を交わしながら、1年以上かけて調整を重ねた初号機は、今も末永愛用の1本だ。
思いやりを育んでくれた店長

関わる人の幸せを考える心を育んでくれた
アパレルショップの店長
数年前まで、テスター活動をしながらアパレルショップに勤めていました。僕はその店長の生き様が好きで、店長の教えが僕の価値観や生き方にも根付いています。
店長のモットーは「服を通してお客様の暮らしを豊かにする」こと。接客では、服の良さを売り込むのではなく、まずお客様のライフスタイルや価値観に耳を傾けるよう心掛けて、と言われていました。純粋にお客様の幸せだけを考えて欲しいと、売上ノルマもなかったんです。
「こんな場所にこの服で出かけたら楽しくないですか?」とお客様の価値観に合ったスタイルを提案するとお客様の目がだんだん輝き出すんです。「こんな自分になりたかった、そんな風に見られたかった」服を選びながらどんどん明日が楽しみになっていく。目の前で見ていると魔法のようですよ。
「末永君にとって大勢いるお客様のひとりでも、お客様が服を買うきっかけは末永君しかいない。だから妥協せず、愛を持って接してね」
今でも心に留めている店長の教えです。18歳から20年以上もそうした接客をしてきたので、釣りでも日常でもどうすれば相手を幸せにできるのか考えるのが当たり前になりましたし、打算なく人と関われる大人になれたと自分でも思います。僕が一番店長に人生を豊かにしてもらっていますね(笑)。
幸漁丸の船長からは人と繋がる大切さを、アパレルの店長からは人の幸せを考える心を与えてもらったと感じます。
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末永のトレードマークである「赤のいちご」は店長からの餞別。40歳の節目にアパレルを辞め、釣りの世界だけに身を置くか悩んでい末永を、店長は「いちごのように誰からも好かれるテスターになれ」と送り出してくれた。
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お店のある長崎県佐世保市は末永の釣りの原点でもある。地元は近所に同年代の友達もいないほど小さな港町。幼少期はひとり遊びで釣りに勤しみ、竹と駄菓子屋の釣りセットで自作した釣り竿に、岸壁からはがした貝をつけ、漁師である父の船で釣り糸を垂らしていた。
釣りと人とを繋ぐ道

自分の人生を豊かにしてくれた出会いと釣りへの恩返し
幸せを見届ける生き方
40歳になった頃、僕は釣り師としての生き方を改めて考えるようになりました。自分が身に付けた釣りの技術を、釣ること以外に活かせないのか。漁師である父が元気なうちに、教えてもらった釣りで恩返しになる活動がしたい。そう考えながらも具体的なビジョンが浮かばず、ひとりで悩んでいました。そんな時にうちの店にお客様としてやってきたのが、長崎ダルクの代表・中川さんでした。ダルクとは、薬物やアルコールの依存症と戦う方たちの療養施設です。中川さんも釣りが好きで、後日、幸漁丸でも偶然鉢合わせたところから意気投合。釣りの楽しい話から、業界の未来を憂う話まで語り合いました。コロナ禍の影響などで釣り禁止の港や防波堤が徐々に増えていることが話題に上がった時、「釣りで人生が変わるかもしれないのに、子どもたちが釣りに出会う場所をなくしたくない。釣りをするきっかけになるイベントをしたい!」と僕が言うと、中川さんが「いいね。うちでやりましょう」と即答してくれたんです。
幸漁丸を2隻貸し切り、長崎ダルクの方々と共に長崎にある福祉施設の子どもたちを招いて釣りをするイベントを開催しました。結果は大成功。ただ釣りの楽しさを伝えられただけでなく、釣りを通して新しい絆や繋がりが生まれたことに大きな達成感と、これこそ自分が目指していた活動だという手ごたえがありました。はじめは消極的だった子が小さいカサゴが釣れた時の喜び様がすごくて、「この子の中で一生残る瞬間になったかもしれないな」って思ったんです。何が釣れても嬉しかった原点の気持ちを忘れていたな、と僕が子どもたちから教えられましたね。
後日、中川さんから「末永さん、ぜひ一緒に長崎ダルクで遊漁船活動をしましょう」と連絡が来ました。中川さんも釣りの持つ可能性を強く感じ、ダルクでの療養にも採り入れたいと思ったそうです。突然のお話でしたが、足りなかった最後のピースが埋まった気がして、長年お世話になったアパレル店を辞め遊漁船業に飛び込むことを決めました。今は遊漁船の船長をしながら長崎ダルクの一員としても働いています。
釣り業界に入った頃は、業界トップを走るテスターたちに憧れ、自分もたくさんの人に認められる存在にならなければと思っていました。しかし船長との出会いや、アパレル、ダルクでの活動を通して、評価や賞賛よりも、自分と関わった人が喜んでくれることに価値があると思えるようになりました。人と釣りを繋げ、釣りを人の人生を豊かに変えるきっかけにする。それが僕が目指すテスターの姿です。人生で受け取り続けた価値を、次は僕が誰かに繋いでいく。自分と関わった人たちに「末永君がいてくれてよかった」と思ってもらえる存在になっていきたいですね。
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療養者と共に毎月釣りへ行き、釣りの技術を伝える末永。療養者も楽しむだけでなく、イベント時に船のスタッフとして末永を支えている。釣りを通して依存だけでなく自尊心を回復させる療養は他県の福祉施設からも注目されている。
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末永が力を入れて取り組むのがキャスティングマーリン(カジキ)。カジキは回遊性が高く、日々ポイントを開拓する必要があり、釣らせる難易度が非常に高い。自分だからこそ見せられる長崎の世界があればいいと思って始めたが、利用者の要望を叶える中で末永の方が新たな長崎の魅力に気付かされることが多いそう。

