メバル vol.3
本当に眼がいいのか?
メバルには大きく分けて2通りの行動パターンがある。ひとつは海底や根の上で腹をつけてジッとしているパターン。これはどうやら活性の低いときであり、休んでいるようである。もうひとつのパターンは、エサを捕食しようという活性のあるときで、海底に対して60度ぐらいの角度を持って斜め上を向いてホバーリングした状態の立ち泳ぎをしている。
最近疑問に思うことが多々ある。例えば柴犬で5歳半になる我が家の愛犬である。散歩したり、一緒にベランダで遊んだりすると、一般に学説的に言われているような「犬は弱視」というイメージはなく、ボクたちの考えている以上にものは見えていると思える行動をよくとる。例えば50~80mぐらい先に犬やネコがいることを見抜いて攻撃態勢に入るし、夕刻のかなり薄暗い中でも投げた犬用の玩具を空中でキャッチしたりする。もちろん嗅覚や聴覚といった他の感覚器官も同時に働かせての行動だろうが、視覚的にきちんと認識できているような行動をよくとるのだ。それと同じで、サカナも極端な近視であるとか、色盲であるとか言われているが、本当に言われているほど眼が悪いのだろうか?
メバルが目の前で付けエサを喰った

メバルの眼力
ハリスが見えるのか?


なぜか釣り師の間では、眼のいいサカナという話をすると、ハリスが見えるだの見えないだのという話になってしまう。だが、落ち着いて考えて欲しいのだが、仮にサカナからハリスが見えていたとして、自分が食べようと思ったエサから白っぽい糸が見えたとしよう。はたして、この白っぽい糸がついているエサを喰うと、自分は釣られてしまうという認識があるかということである。ボクは、あまりにも擬人化しすぎた結果の考え方になってしまっていると考えている。だからハリスが見えても、釣られるという意識はない。もちろん何度か同じ体験して、学習した結果、寄りつかないほうがいいという判断は起きているかもしれない。おそらくハリスもどのように見えているかは別として、サカナには見えているのだと思う。研究者たちの話は、たいがい人間の眼と比較して、構造がどうのこうの、性能は人間の眼よりも劣るなとという言い方になっている。でも、あくまでも生物の進化と言う点では、人間は進化の頂点的な存在であり、性能が優れたパーツを身につけているのだと思う。目に関しても、解像力や分解能は他の動物のよりも理論的には優れているのだろう。だが、例えば、オニヤンマが飛んでいる小さなカやハエを飛びながら捕まえられるのも、人間の眼よりも理屈上は性能の悪いとされる彼らの複眼でエサの動きを捉え、そして飛びながらエサを捕まえる。ゴキブリだって、逃げる際には食器棚や冷蔵庫の隙間を見て逃げているとしか思えないような逃げ方をする。生き物は、それぞれの生息エリアで、自分の生活に適した眼を持っているのであり、必ず生き抜くために視力を駆使しているに違いないとボクは考えている。メバルが、ハリスのついたエサを喰うときに、エサをじっと見てから喰っていたのだが、ハリスがついているかどうかを見ていたのではなく、エサとして喰えるかどうかを吟味していたのだと思う。そして口に入れて中の歯で噛んだとたん、太い軸のハリに違和感を感じて吐き出したのだろう。というように、結局は想像論になってしまう。サカナたちが何を考え、何を感じて、どのように行動しようとしているのか。それがこと細かく解明されれば、誰でもサカナが釣れる時代となる。だが、そんな日は永遠に来ない…のかもしれない。
※釣魚考撮より移設