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DAIWA 源流の郷 小菅村
DAIWA 源流の郷 小菅村
豊かな森が水を育み、水がいのちを育みます。
次世代を担う子どもたちに、水の尊さを自ら体感して欲しい、と考えております。
源流の山里、そこに暮らす人々が森林を育て、その森林が生きた水を育み、そして海をも豊かなものへと保ちます。
水がいのちを育む、その源とも言える豊かな森林「源流の郷」をお伝えします。
源流探検部が行く 第12回
水源を荒らす野生動物たちの食害を考える
水源を荒らす野生動物たちの食害を考える
日本中を悩ませるシカの食害

「日本ってどんな国?」

そう聞かれたら、あなたは何と答えるだろうか。

毎月、源流を歩いている源流探検部としては、「日本は森林大国だ」と答えたい。というのも、日本の国土面積は3,645万ヘクタールだが、そのうち約2,500万ヘクタールは森林面積なのだ。約70%が森林なのだから、胸を張って森林大国と言えるだろう。

しかし、そんな森林大国・日本の各地で起こっている問題がある。それが、野生動物による食害だ。

林野庁によると、平成27年度の野生動物による森林被害は7,800ヘクタール。そのうちの77%がシカによるもので、面積は6,000ヘクタールにも及ぶ。

我々源流探検部も、多摩川の源流域・小菅村の森林を歩いていて、シカに樹皮を食べられた樹木を何度も見てきた。樹皮を剥がされ、丸裸にされた木はやがて枯れる。しかも、シカは樹皮を剥がしやすい若い木から食べてしまうため、森が育み続ける力を奪ってしまうのだ。

小菅川の源流域で見かけた、シカに樹皮を食べられた若木。数ヶ月後に訪れると、木は黒ずんでいた。このような樹木はやがて枯れてしまう運命にある。

さらに困ったことにシカやイノシシは、農家の方々が大切に育ててきた農作物も食べてしまう。この連載の第8回に登場していただいたワサビ農家の小泉さんご夫妻も、「新芽から根っこまでシカやイノシシが食べてしまう」と話していた。

昔は、野生動物の食害はそれほどひどくなかったという話もある。第7回に登場していただいた小菅村の舩木直美村長も「昔はシカやイノシシを里山で見ることはほとんどありませんでした」と話してくれた。

それはなぜなのか。一つは、昔は「動物のテリトリー」と「人が住む場所」が明確に分かれており、その二つの間に田畑があった。田畑とその周辺は藪が切り開かれており、隠れる場所がないため、野生動物は近づかない。つまり、田畑が動物のテリトリーと人が住む場所の緩衝地帯となっていたのだ。

現在は田畑が減って緩衝地帯が減ったことに加えて、シカの個体数が増えている。シカは繁殖力がとても高く、メスは2歳以降に毎年のように子を宿すため、捕獲しなければ4~5年で倍増すると言われている。一方、狩猟を行う人は全国各地で減っている。また、天敵のオオカミの絶滅や積雪量の減少もシカが増えた理由と考えられている。

野生動物の食害は、実は都会に住む人にとっても決して他人事ではない。木の皮はもちろん、下草も根こそぎ食べてしまう。森林の食害が進めば山の保水力は失われ、大雨による土砂崩れなど、災害の危険性も高まる。

こうした事態を受け、平成25年には環境省と農林水産省が「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」を策定。261万頭いるシカ(ニホンジカ)は平成35年までに半減、88万頭いるイノシシは平成35年までに50万頭に減少させるという目標を立てた。

山と畑を荒らすシカに立ち向かう猟師

自然豊かな小菅村でも、さまざまな対策が行われている。一つは、谷あいのワサビ田をぐるりと囲む防護柵だ。シカやイノシシから農作物を守ろうと、村主導で設置を進めている。しかし、シカやイノシシは、この柵さえ飛び越えて畑に侵入することもあるという。

もう一つ、対処法として挙げられるのが、狩猟による捕獲だ。

小菅村で生まれ育った青柳博樹さんは、村では数少ない「わな猟師」として3年前から猟を行っている。

「山梨県では、ニホンジカとイノシシの猟期は11月15日から3月15日までですが、その他の期間も許可捕獲を行っています」

許可捕獲とは、森や畑を荒らす害獣を捕獲したり、個体数を調整するために捕獲計画の範ちゅうでシカやイノシシを捕獲するというもの。

「猟でも許可捕獲でも、捕まえる方法は同じ。僕はわな猟の免許を取得しており、『くくりわな』を使っています」

「くくりわな」とは、シカやイノシシの足をワイヤーでくくって捕獲するもの。「くくりわな」にもいろいろあるが、青柳さんが使っているのは「押しバネ式」だという。

小菅村では数少ない「わな猟師」の青柳博樹さん。小菅村で生まれ育った青柳さんは猟の他にもクラフト作品の製作や自然体験のガイドなども行っている。

青柳さんが使っているという、推しバネ式のくくりわなを見せてもらった。見た目は四角い箱のようだが、板の部分に足を乗せると、重みで固定されていたワイヤーが外れ、板の上の足をワイヤーが締め上げる仕組みになっている。

試しに、くくりわなの板を角材でトントンと叩いてみる。ガシャンという大きな音とともに、ワイヤーが一瞬で角材を縛り上げた。人間が踏めば危険なので、わなを仕掛けた時には必ず、わなが近くにあることを知らせる標識を設置するそうだ。

法律上、一人のわな猟師が仕掛けられるわなは最大30基。わなを仕掛けたら、毎日すべてのわなを見回りしなければならないという。それはなぜなのか。

「わなに動物がかかった場合、すぐに対処するためです。ガイドラインでも、わなにかかった動物の痛みを少しでも軽減することが望ましいとされています」

押しバネ式のくくりわな。獲物が板の部分を踏むと重みでワイヤーが外れ、足を締め上げる仕組みになっている。

山にわなを仕掛けるという青柳さんに同行させてもらうことにした。狙うのは、最も被害をもたらすシカだ。青柳さんが山の斜面を指差した。

「動物の足跡です。山の上から下に向かってついているでしょう。この先に畑があることを知っていて、季節ごとに農作物を食べに来るんです」

林道を横切るようについた獣道は、すぐそばに生えているキノコなどには目もくれず、林の向こうの畑の方へ向かっている。これでは、農家の方はたまったものではないだろう。

シカの足跡。ひづめが二股に分かれているのがシカ。イノシシは二股に分かれたひづめの根元に小さな指のようなひづめが2本あるのが特徴。

青柳さんは、獣道をたどって山の斜面を登っていく。

「なるべく新しい足跡のある場所に仕掛けます。獣道がクロスする場所より、そのちょっと先の足跡の方が獲りやすいんですよ」

「ここにしましょう」と選んだのは、シカの新しい足跡があり、ワイヤーを固定する木が近くにある場所。わなの高さの分だけ地面を掘ってわなを埋めると、近くの木の根にワイヤーを固定する。そして、ワイヤーやわなを隠すように土をかけ、さらにわなの周りに太い木の枝を何本か並べた。

「こうしておくと、シカはこの木を避けようとして、わなに足を乗せる確率が高くなるんですよ」

まさに、人と獣の知恵比べだ。さらに青柳さんはわなを仕掛けた場所に水をふりかけた。匂いを消し、掘り起こした土を落ち着かせるためだという。仕上げに「くくりわながあります」と書いた看板をつけて、設置完了だ。

まだ新しいシカの足跡が残る獣道にくくりわなを仕掛ける。近くの木に固定したワイヤーやわなに土をかけて隠す。人と野生動物の知恵比べだ。
高タンパク低カロリーのシカ肉を食べる

小菅村で年間に捕獲されるシカの数はおよそ100頭。捕獲したシカの命を無駄にしないよう、青柳さんはシカ肉を食用として販売する会社を仲間と立ち上げた。村に新しくできた処理施設でシカ肉を処理できるよう、食肉処理業の営業許可も取得した。

「わなにかかったら、シカの苦痛を最小限に抑えるように仕留め、その場で素早く放血します。それから2時間以内にこの処理施設に運んで皮と内臓を取り除くのです」

仕留めて放血まで、猟師はナイフ一本で行うという。仔ジカなら20kg程度、大人のシカだと100kgにもなるが、丁寧に扱わないと食肉としての品質は落ちるという。スピーディかつ丁寧さが求められる仕事なのだ。

村内に新しく作られた食肉処理場。シカを仕留めたら、2時間以内にここに運んで皮や内臓を取り除き、保冷庫に2~3日入れてから細かく処理する。

「シカ肉は脂が少なくて、食べやすいんですよ。例えば、豚肉や牛肉などを切ると、包丁に脂がつきますよね。でも、シカ肉を切ったナイフには、全然脂がつかないんです。鉄分も多く、高タンパクで低カロリーなんですよ」

11月から販売を開始するというシカ肉のハンバーグとローストディアを、青柳さんが振舞ってくれることになった。

ローストディアは70℃から75℃のお湯で20分ほど湯せんにかけて、真空パックごと加熱する。ハンバーグはオリーブオイルで表面を焼いた後、蒸し焼きにする。フライパンから香ばしい香りが漂ってきて、思わずお腹が鳴った。

焼きたてのハンバーグを一口食べる。噛むと肉の旨みが広がるが、臭みはまったくない。プロが素早く、そして上手にさばいた肉だからこそなのだろう。また、シカは脂が少ないので、とてもさっぱりしていて美味しい。

次はローストディアだ。スライスした肉の断面は鮮やかな赤だが、しっかり加熱されている。口に入れると、むっちりとした食感がいい。

シカ肉のハンバーグ(左)とローストディア(右)。高タンパクで低カロリーなシカ肉は、さっぱりしているのに旨みがあり、肉の美味しさをしっかり味わえる。

「お肉なのに、マグロやカツオのお刺身みたいにさっぱりしているね」

「ロースだからすっと嚙み切れるね」

源流探検部のメンバーは興奮気味に言い合いながら、ローストディアを何度も口に運んだ。

生き物はみんな、他の生き物の命をもらって生きている。都会にいると、頭ではわかっていても実感しにくいが、源流の村では生業と食べること、そして生きることが直結している。

水の源では深刻な問題が起きている、そんな現実を目の当たりにした一日であった。野生動物の食害は、次代の山の姿をも変えてしまう危機的状況なのだ。ジビエがすべての解決策ではないだろうが、このような取り組みを無視できないことを知って欲しい。

「いただきます」の意味を改めて噛み締めた試食となった。