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今年、伝統のへらマスターズ全国決勝大会は、その舞台を茨城県「筑波流源湖」へと移す。
筑波流源湖と言えば、関東随一を誇る広大な水面積と、30尺に迫らんとする水深を擁する、まさにマスターズ決勝の舞台に相応しいビッグスケールなフィールドである。当然、選手達の攻め方にバリエーションが増すのは必至。
また、今大会ではますますへら鮒釣り熱が高まっている隣国・韓国より2選手が参加するのも大きなトピック。
2015韓国へらマスターズを制したシン・ジョンピル選手と、堂々、関東A予選をあの天笠充選手に継ぐ2位で抜けてきた、パク・ジンガン選手だ。二人とも本国では名の知られた実力派だけに、この2選手の同行も戦前から注目を集めた。
「定石」のメーターセットか?
いや、チョーチンか…。
はたまた流源湖ならではの超長竿が炸裂するのか?
快晴の流源湖で、新しいドラマが誕生する。
予選リーグ
11月28日(土)。いよいよマスターズ初日がやってくる。
快晴。朝の気温は2℃。毎年マスターズの頃から一気に冷え込みが強まるのだが、今年はそれが顕著。暖冬ならではの汗ばむような陽気から一変、桟橋にびっしりと霜が降りるほどの冷気が夜明けの流源湖を包み込んだ。
24名の選手達は、前夜祭での抽選によって4名ずつ、AからFの6ブロックに振り分けられ、各ブロック内で1対1の総当たり戦を三試合行い、その勝ち点を競う。マスターズ伝統の1対1の対戦方式。その上で準決勝へと駒を進めることが出来るのは、各ブロックたったの1名のみ。実はこの予選リーグこそ、マスターズならではの見応えある熾烈なバトルなのだ。
試合前、緊張感溢れる表情の選手数名に話を聞いた。
試釣を重ねた選手達は、一様に「本命は池の規定ギリギリの浅ダナを攻めるメーターウドンセットで、チョウチンは、釣れないわけではないが、アタリ数はメーターに分がある」と口を揃えた。普段からチョウチンでの試合運びを得意とする選手以外は、どうやら大半の選手がメーターウドンセットを選択するようだ。
しかし、何人かの選手はロッドケースに超長竿を忍ばせているという。
底に着いているコンディション抜群の大型べらを狙う、超深場の底釣り狙いである。
アタリの数ではメーターウドンセットに及ばないものの、メーターの数枚分はあろうかという流源湖名物の大型べらが底で口を使っているというのだ。しかし、競技時間は僅か2時間。その中で超長竿を振っての底釣りは、それなりのリスクをはらんでいるのは当然。果たして、いったい何人の選手がトライすることになるのだろうか。しかしこれもまた、流源湖ならでは。非常に楽しみな試合前となった。
試合会場となったのは、広い流源湖の中の「一角」といって差し支えないであろう、中央に西桟橋が架かるエリア。このエリアだけでも普通の管理釣り場ひとつ分はあろうかという広さ。
岸から中央に向かって徐々に深くなっており、浅いエリアでも21尺、そして深場では28尺でギリギリ底が取れるような超深場となっている。
7時30分、予選第1試合がスタートする。競技時間は全試合2時間。10時より第二試合、昼食休憩を挟んで13時30分より第三試合となる。
マスターズは全試合1対1の対戦制度を採用(準決勝のみ3名1人抜け)、とにかく相手に「勝つ」ことが最優先事項。全勝(3勝)すれば文句無し。2勝1敗で並んだ場合は直接対戦時に勝った方、三すくみとなった場合は、その日釣った総重量で予選通過者を決定する。
白い息を吐きながら西桟橋両面に並んだ選手達。前評判どおり、メーターウドンセットを選択した選手が圧倒的多数を占める。竿の長さは10尺前後を選択する選手が目立つ。おそらくこの冷え込みによる食い渋りを想定し、やや長めを選んだのだろう。勿論、相対する選手同士での「駆け引き」もあるはずだ。
そして注目の「超長竿」は、2選手が選択。
まず桟橋の最も手前に入った、昨年3位、Aグループ柴﨑誠選手が「HERA FX」22尺、両グルテンでの底釣りを選択。そして桟橋中央、Bグループ武田輝由紀選手は、なんと「HERA FX」26尺を駆ってのペレ底で勝負に出た。ギャラリーの視線は、試合開始前からこの2本のゴールドの長竿に集中する。
開始の合図の後、しばし静かな時間が流れる。やはりこの急激な冷え込みのせいか、大勢を占めるメーターセット組の出だしのウキの動きは鈍い。「これなら長竿底釣りもある」。ギャラリー席ではそんな言葉が飛び交う。
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開始から40分を経過したところで、ようやく試合が動き始める。 ファーストヒットはDグループ、昨年3位の実力者、斉藤心也選手だ。斉藤選手の釣り方は、自身の得意の釣りでもあり、今大会大本命の9尺メーターウドンセット。そして同じくこの釣りの名手であるCグループの天笠充選手が続く。 そして8時を過ぎた頃、観客の目の前でゴールドのロングロッドが一閃する。柴﨑選手だ。 さらに目線を奥に向けると、26尺の超長竿を豪快に曲げ、立ち上がって大型を取り込む武田選手の姿が目に飛び込んできた。 その魚が、デカい…。 二人が釣り上げたのは、狙い通りの大型べら。掬い上げたタモの柄がしなる、素晴らしいへらだ。 Aグループでは、その柴﨑誠選手が快走を見せる。第一試合は結城選手を圧倒的な差で退けると、第二試合、深場の釣り座に入ると冷静にメーターウドンセットにチェンジし、木村選手に勝って連勝。この時点でグループ突破を決めてしまうのだ。全ては初戦の22尺底釣りでの圧勝、である。 |
Bグループで目立っていたのは、26尺ペレ底を選択した武田選手と、昨年覇者の時田光章選手だった。 しかし、予選を制したのはこの2選手ではなかった。 関西代表の岡田健司選手。 近年、各メジャートーナメントの全国大会に顔を出し始めている岡田選手は、メーターウドンセットを選択。「徹底的にこの釣りを練習してきた」という岡田選手は、一見すると時田選手や茂木選手のような派手さはないものの、ツボを抑えた王道スタイルで安定感溢れる釣りを披露。多くの選手がバラケのナジミ幅を出さない、いわゆる「抜き系」のセット釣りで攻撃的な釣りを展開していく中、岡田選手は小さめのバラケでしっかりとナジミ幅を出した後でのバラケの抜き方のコントロール…という、ある意味、セット釣りの基本スタイルを貫き、淡々と崩れず釣果を積み上げていき、気が付けば強豪の時田選手、鈴木選手、そして長竿の底釣りで勢いに乗る武田選手を撃破。自身初の準決勝へのキップを手にするのである。 |
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Cグループがまた、すごい。「ミスターへらマスターズ」浜田優選手と、その浜田選手の後継者と言ってもいいであろう、現代のミスターへらマスターズ、天笠充選手が予選から同グループで激突。 しかし、ここでも「勝負の妙」が垣間みられる。 準決勝進出を果たしたのは、その浜田選手でも天笠選手でもなく、廣部良治選手だったのだ。廣部選手は過去に何度も強豪達を苦しめている、知る人ぞ知る実力派アングラー。ビッグタイトルこそまだないものの、その名は広く知られている大ベテランである。その廣部選手はメーターウドンセットを選択し、岡田選手同様、いぶし銀の釣技を披露。「抜き系」をベースにしながらも、強めのタックルでバラケの持たせ方を細かくチェックしていく釣りが、完全に流源湖にハマった。第一試合で同じクラブの天笠選手を破って勢いに乗った廣部選手は、第二試合で浜田選手を破ってグループ突破を決定付ける。「驚異の実力派」が、ついに準決勝の舞台に現れることとなった。 |
Dグループで強さを発揮したのは、昨年3位、マスターズ上位常連になりつつある斉藤心也選手だ。斉藤選手はメーターウドンセットを選択し、やはり「抜き系」をベースにして釣りを組み立て、冷え込みによって食い渋った状況に対処。また、西風が強まった第2試合では竿を8尺に短くし、バラケも持たせ気味にシフトして復調するなど、試合巧者ぶりも発揮。最後は田村選手を冷静に退けて準決勝進出を確定。「今年こそ」の想いを胸に、翌日の準決勝に臨む。目指すはもちろん「その上」だ。久しぶりの女性での全国進出を果たした水杉選手は慣れない関東の大型管理釣り場の釣りに翻弄され残念な結果となった。 |
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Eグループでは、昨年、決勝戦の舞台で惜しくも時田選手に敗れて涙をのんだ茂木昇一選手が圧倒的な強さを見せる。釣り方はやはり、メーターウドンセット。抜き系による拾い釣りをベースにしつつ、ここぞというところではズバっと畳み掛ける見事な釣り。若い頃の「攻撃一辺倒」ではなく、経験を重ねて身に付けた冷静さと対応力は、「今大会随一か」と思わせる盤石ぶり。やはり優勝候補大本命だ。 |
そしてこれまた偶然、韓国からの二人が同グループに入ったFグループは、豪華なメンバーによる激しい戦いとなった。関西代表の大谷選手、そして豪快なチョウチンウドンセットで各メジャートーナメントを席巻中の堀川要一選手を向こうに回し、韓国マスターズチャンプのシン選手がメーターウドンセットで素晴らしい釣りを披露。抜き系で攻める選手が多い中、しっかりとウキをナジませるトラディショナルなスタイルを通すシン選手だが、ここぞというところでは早いアタリで畳み掛ける茂木選手顔負けの変幻自在の釣りで、もつれた接戦を総重量差で逃げ切る予選突破となった。残念ながらパク選手は3敗となってしまったが、シン選手同様、正統的かつ攻撃的なスタイルの釣りで会場を大いに沸かせたのである。 |
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予選ブロックを通過したのは、柴﨑誠選手、岡田健司選手、廣部良治選手、斉藤心也選手、茂木昇一選手、シン・ジョンピル選手となった。
終わってみれば戦前の予想どおりメーターウドンセットが本命となったが、不気味なのはやはり、「長竿両グル底釣り」を攻め手のひとつに持つ柴﨑選手だろう。準決勝で再びこの釣りが炸裂すれば、勝機は十分にある。
また、メーターセット組の中で見れば、「抜き系」をベースにする茂木選手、斉藤選手、廣部選手に対し、岡田選手やシン選手のようなオーソドックスなスタイルがどこまで通用するのか、というところに注目が集った。
その夜ホテルにて行われた中夜祭における抽選にて、準決勝はAグループが柴﨑、廣部、岡田選手、Bグループがシン、斉藤、茂木選手、という組み合わせとなる。そしてそのうち各組1位のみが栄光の決勝戦に進出することとなる。
準決勝&シード権獲得戦
明けて11月29(日)、この日も朝から快晴。気温は昨日同様低く、2℃。しかし早朝から風が強く吹いていた前日に比べて風は弱く、絶好の釣り日和となった。
準決勝は敗れた選手達全員による(前年優勝の時田選手は規定により既にシード権を保持しているために欠場)翌年度地区大会決定戦シード権獲得戦と同時に、7時30分にスタート。準決勝の6名の選手は西桟橋事務所向きに、手前寄りAグループが廣部、岡田、柴﨑選手、Bグループ斉藤、シン、茂木選手…の順に並ぶ。
釣り座について底が取れれば底釣りをやると宣言していた柴﨑選手が24尺いっぱい、両グルテンの底釣り。それ以外は9尺メーターウドンセット、という釣り方となった。
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2日連続の冷え込みのせいか、朝の動き出しは昨日よりさらに鈍い。 7時30分にスタートした準決勝だが、44分に茂木選手、46分に岡田選手がファーストヒットを決めるも、その後は再び誰もアワせなくなる。 その沈黙を破ったのは、やはりこの選手。ただ一人長竿を振る、両グル底釣りの柴﨑選手だ。 柴﨑選手は48分に1枚目をヒットさせ、「HERA FX」24尺を大きく曲げる。その瞬間、ギャラリーがどよめく。白銀に輝く大型べらだ。 試合開始から30分経った8時、斉藤選手にいたってはまだ一度もアワせていない。 しかし8時15分を過ぎた頃から、メーター組のウキが一気に動き始める。勝負はここからか。斉藤選手もいきなり2連チャンでのスタートとなり、追撃態勢を整える。 1時間が経過した8時30分、メーター対決となっているBグループでは、茂木選手が快調にカウントを重ね始めていた。やや浅めのナジミ幅を維持しつつ、釣れる時は比較的早いタイミングで「タッ!」と落としてくる。やはり強い。 一方、長竿の柴﨑選手が目立つAグループだが、岡田健司選手がコンスタントにカウントを刻み始めていた。茂木選手のような派手さはないものの、しっかりとウキはナジませた後の、遅めだが、確実なアタリを出して確実に乗せていく。その隣で昨日までの勢いが感じられないのが廣部選手。竿を上げて首をひねる場面が目立つ。 ほんの僅かな「狂い」が、残酷なまでにアタリを消し去る現代のメーターウドンセット。 |
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選手達はこちらが想像する何倍もデリケートな領域に足を踏み込んで、へらとのヒリヒリするようなやりとりを繰り返しているのだ。
9時5分、柴﨑選手が立ち上がって大型べらを取り込む。このへらが釣れ続けばまさに圧倒的な差で勝利…というところだが、1枚、2枚釣ると、次の1枚までぽっかりと穴があいてしまう。やはりサイズがサイズだけに、底釣りも非常にシビアな釣りを要求されているらしい。
後の取材で分かったことは柴﨑選手の釣り座は底の凸凹があり、しっかりとしたタナを出すことが困難な状況だった。そこに陽があがり吹き始めた東寄りの風は相まって、浮子は動いているのだが、空振りやスレが目立つのだ。豪快な空振りの後、天を仰ぐ柴﨑選手の姿が、徐々に目立っていく。
対称的に、終始冷静な表情を崩さずに釣り進んでいたのが、隣の岡田選手だった。
1枚の重量では勝負にならないが、枚数では常に一歩リード。終了の9時30分の2分前に柴﨑選手が大型を掛けるも、僅か100gの差で、岡田選手が9.75kgで逃げ切るのである。
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Bグループでも、「異変」が起こっていた。 前半、ウキが動き出してからは快調に枚数を重ねていた茂木選手のカウントが突如としてピタリと止まる。 浅めのナジミ。ベストなタイミングでアタリはもらえている。しかし、その全てがことごとく空振りに終わる…。斉藤選手もまた、茂木選手同様、強烈なカラツンやスレに悩まされていた。 悩める日本の強豪に挟まれ、韓国のシン選手がジワジワとペースを上げ始めていた。 そのスタイルは茂木、斉藤選手とは対称的。エサ落ち目盛を付け根付近に取った上で、そのトップを沈没気味までしっかりと深ナジミさせてからの強烈なアタリ! 強烈なカラツンのたびに「うわぁ…!」と思わず声を出す茂木選手の横で、コンスタントに良型を絞っていたのである。 試合後、「快調に釣るシン選手のウキの動きを見たら、驚くほど深ナジミさせていた。それで自分も抜き系からナジミ幅を入れる釣り切り替えたんですけど、追いつけませんでした」と語った斉藤選手が終盤にかけて一気に追い上げるも、時既に遅し。完全にリズムを掴んだコリアンタイフーンの勢いを止めることは出来ず、シン選手9.5kg、斉藤選手8.75kg、茂木選手8.6kg…で、メーター対決を制したのはシン選手となった。 |
惜しくも準決勝を2位で敗退した斉藤選手、柴﨑選手には、翌年度全国大会のシード権が。また各組3位の廣部選手、茂木選手には、翌年度地区大会決定戦シード権が与えられた。
同時開催された「シード権争奪戦」では、「浅いエリアに入ったら底釣りをやろうと思っていた」という浜田優選手が満を持して両グル底釣りを炸裂させて10.15kgを釣り、東向きの1位。2位には関東の実力派、高橋克彦選手が入り、翌年度地区大会シード権を獲得。「1勝」で再び全国大会に戻ってこられる権利を得た。また西向きでは、「ウキが小さすぎました。開くバラケのままもっとウキのサイズを上げるべきでした。シード権争奪戦は釣ります!」と予選リーグ終了後に語ってくれたメーターウドンセットの名手、天笠充選手が13.25kgという驚異的な釣果を叩き出して有言実行の1位。これは今年のマスターズの全試合を通しての最高釣果となった。2位には武田輝由紀選手が予選リーグで会場を湧かせた「HERA FX」での長尺底釣りを再び炸裂させて10.85kgでランクイン。東向きの浜田選手とほぼ背中合わせの釣り座で、交互に絞られる「HERA FX」の巨大なゴールドの弧の共演が印象的だった。 さて、栄光のマスターズ決勝戦のカードは、関西の岡田健司選手vs韓国のシン・ジョンピル選手に決定。 |
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決勝戦 ~メーターセット、静かなる正統派同士の一騎打ち~
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10時30分、いよいよ2015ダイワへらマスターズ覇者を決める決勝戦が筑波流源湖、西桟橋にて始まる。 運営スタッフ、報道、一般ギャラリー、そして惜しくも敗れた全ての選手達が対岸の観戦桟橋に集まり、桟橋に並んだ二人の選手に視線を注ぐ。 向かって左が岡田選手、右がシン選手。 筑波流源湖ならではの超長竿による大型べら狙いも会場を湧かせた今年のマスターズだったが、頂点を決める戦いは、メーターウドンセット対決となった。しかも、史上初の「日韓対決」。さらに面白いことに、この二人のスタイルが似ている、という点。 昨年の決勝戦は、超攻撃的な釣りの時田選手と、攻撃的ながらも要所要所では守りの釣りも織り交ぜた茂木選手という対称的な対決だったが、今年は二人とも、「静の釣り」を信条とする二人の対戦。 特に岡田選手は、終始丁寧に拾っていくようなスタイルを貫き、ここまで勝ち上がってきた。 果たして、「桟橋に二人」という、ある意味異常なシチュエーションに投げ込まれた二人は、いったいどんな戦いを見せてくれるのだろうか…。 |
天候は快晴、風の影響も、ほぼない。 10時30分、マスターズ最後の戦い、2時間の決勝戦がスタートする。 岡田、シン選手ともにメーターウドンセット。岡田選手はこれまでの「龍聖」から勝負竿「白冴」8尺にチェンジ。シン選手は予選から一貫して使用する「枯法師」9尺で挑む。 開始から僅か5分、岡田選手がアワせる。 やはり二人のために貸し切り状態の釣り座の影響か、アタリ出しは早い。そして岡田選手のバラケは準決勝よりもさらに小さくハリ付けされているように見える。「寄せないように、寄せないように…」そんな呟きが聞こえてきそうだ。 |
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10時38分、ファーストヒットはシン選手だった。 ナジみきった直後の豪快な消し込みで上バリにヒットさせた1枚で、先手を取る。その2投後、深くナジミのモドりしなに「スパッ!」と落とす完璧なアタリで、下バリのウドンにヒット。このままスタートダッシュを決めるか? しかし、ここが大きな「落とし穴」となった…。 2枚釣った後、いきなり跳ねるように踊り出すウキに、シン選手のカウントが止まる。 他の選手達が去り、フリーになったへら達が一気に二人のエサに襲いかかってきたのだ…。 |
それを読んでいたのか、岡田選手の目がギラリと光る。
スタートダッシュこそシン選手に譲ったものの、浮子の動きを抑えながら1枚、また1枚とヒットを続け、気が付けば6枚を積み上げてシン選手を突き放したのである。
11時、さらに1枚を追加した岡田選手が7枚に対し、シン選手は2枚のまま。
序盤戦を制したのは、完全に岡田選手の方だった。
「この序盤の5枚は、正直痛い。これで岡田選手は完全に落ち着くし、後は無理せず淡々と釣っていけばいい。もしも自分がシン選手の立場だったら、正直、もうかなり逆転は難しいと思います。ただし、岡田選手にも相当のプレッシャーは掛かっているはず。『淡々と釣り続ける』ことだって、難しいんですけどね」
マスターズ決勝戦の経験がある某選手がそっと呟いた。 そしてその後のゲーム展開は、まさにその某選手の呟いた通りとなっていく。 岡田選手はいったんはしっかりとトップを深くナジませてから、確実に「食った」というアタリだけを落ち着いてアワせていく釣り。変に早いアタリをだそうとか、連続ヒットで畳み掛けようとか、そういった「欲」を感じられない。バラケはあくまで小さく、最小限の寄りの中から、地合を壊さないよう、1枚1枚、タナに誘い込んで確実にヒットさせていくような「静」のスタイルだ。 おそらく、弛まぬ日々の鍛錬から、この日、この時の流源湖ではこういう釣りがベスト、と判断したのだろう。 対するシン選手も、岡田選手同様、必ずナジミを入れるスタイルながら、時には早いアタリにも積極的に手を出していくスタイルだ。時にはそんな早いアタリで上バリを食わせていくが、完全に等間隔で釣っていく岡田選手に比べて、若干だが穴が空く時間が多く、長い。 もちろん、シン選手とて「抑えて抑えて」という意識はあるはずだが、「抑えきれない」というのが率直なところなのだろう。韓国では渋い状況下での釣りが多いというシン選手。「桟橋に二人」という異常な状況下では、自身の釣りを制御しきれないのも無理はない。 対する岡田選手は関西に本拠地を置きながら、最近は関東の管理釣り場への釣行も多いという。ならば、このような「抑える釣り」も経験済みのはず。 そんな二人の経験の差は、思っている以上に大きいのかもしれない…。 |
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それにしても、初の全国大会決勝戦、しかも大勢のギャラリーが見守る中での1対1…という状況で、岡田選手の落ち着きは見事という他はない。 眉一つ動かすことなくウキの動きに集中し、丁寧に丁寧に拾っていく。 シン選手も中盤以降は完全に持ち直してコンスタントにカウントを重ね始めていたのだが、これだけ冷静沈着に釣り続けられては、まるで付け入る隙がない。 12時、残り30分となったところで、岡田選手16枚、シン選手9枚。 その差は7枚。決して逆転不可能な枚数ではないが、岡田選手が崩れない。 12時4分、シン選手が10枚目を釣ると、すかさず岡田選手が釣り返して17枚目をフラシに入れる。 同じペースで釣っていては逆転は不可能。シン選手は早いアタリにも手を出してどうにか差を詰めようとするのだが、シン選手が釣れば、不気味なほど冷静な岡田選手が必ず釣り返す…というゲーム展開が崩れない。 残り5分、岡田選手が22枚目を釣る。シン選手はこの時、14枚。 2分前、シン選手が早めのアタリでズバっと2枚釣り込んで、16枚とする。初めてその差が詰まるが、やはりもう遅すぎた。 |
12時30分、最後は岡田選手が空振ったところで試合終了。
岡田選手22枚16.55kg。シン選手16枚13.10kg。
コリアンタイフーンの猛威を、その冷静沈着な釣りで封じ込めた関西の岡田健司選手が、初の栄光を手にした。
ナジんだ瞬間の、クワセの“ゆらぎ”。幾多の挫折から一気に頂点まで這い上がった、岡田健司選手の万能型メーターウドンセット
「僕なんかでいいんですかね…」
「近年、飛び道具的な釣り(一発大型勝負の長竿の釣り等)で関西の予選を通って、ポツポツと全国大会に出るようにはなったんですが、いざ全国大会になってセット釣りでの真っ向勝負となると、まったく歯が立たなくてすぐに敗退…ということが続きました。そして昨年のマスターズで、自分なりには練習していったつもりだったんですが、やはりまったく子供扱いされ、絶望して会場を後にしました。正直、もう本気で競技の釣りは止めようとまで思いました」
挫折にまみれ、一度は本気で競技の釣りから遠ざかろうとまでした男が、1年後、マスターズチャンプになる…。これもまた、へら鮒釣りの面白さ、奥深さ。
「幸運にも今シーズン仕事の関係で関東の管理釣り場に来る機会が増えたんです。で、釣行を重ねるうちに、何となく手応えを感じるところがあって、もう一回挑戦してみよう、と思ったんです。なので、この1年は浅ダナのセット釣りだけを徹底的に練習してきました。特に関東の釣り場では、へらも大きいし、独特の『強さ』がある。繊細なだけではダメだと、関東風のセット釣りもとことん練習しました」
その関東では、日々冷え込みが強まっていくこの時期、バラケのナジミ幅をあまり出さない、いわゆる「抜き系」のスタイルが主流となっている。げんに今大会に置いても、茂木選手や斉藤選手など、多くの選手達がそのスタイルで挑んでいた。
しかし、決勝戦に残った二人は、対称的にいったんはバラケをしっかりと深ナジミさせるオーソドックスなスタイル。結果的にはそれが安定感を生み出し、2時間という時間の中でコンスタントに釣り続けるキーポイントとなった。
「実は前日試釣の時はかなり渋くて、まったく釣れなかったんですよ。結果的にはこれがよかったのかもしれないのですが、あまりにも釣れなかったので、これはもう、自分の基本スタイルでいこう、と開き直ったんです。確かに試釣の時は渋かったので抜き系でうまく釣っている人にかなわなかったんですが、本番では予想以上にへらがワっと寄ってきたんで、なるべく寄せないようにというか、強めのセッティングと、必ず一度はウキを深くナジませるスタイルが合っていたのかもしれません。自分でも思った以上にコンスタントに釣り続けることが出来ました。予選や準決勝でも、攻めすぎるとダメだなっていうのは感じていたので、ゆっくり丁寧に…ということを常に心掛けていました」
マスターズチャンプである。
「いったんは深くウキをナジませる」といっても、ただたんにドップリと深ナジミさせるだけで勝てるほどは、あまくはないだろう。
そんな疑問を払拭するために、岡田は控えめにこんなことを語ってくれた。
「う~ん、何て言うんですかね、バラケを深くナジませることは勿論なんですけど、その深ナジミした瞬間に、下バリのクワセがフっと揺れるような“ゆらぎ”が必要だったと思うんですよ。そのせいか、下ハリスをあまり追い込んで詰めるのはよくなかったですね。だいたい40cm前後で釣っていたんですが、おそらく他の選手よりも長めだと思います」
バラケがナジみきった瞬間、まだ張り切っていない下バリのクワセに対するへらの反射的な反応。
それを岡田は、クワセの“ゆらぎ”への反応、と表現した。
非常にデリケートな領域ではある。しかし、セット釣りをやり込んでいる方なら、「なるほど!」と腿を叩いて頂けるはずだ。
クワセがフっとゆらいだ瞬間、バラケが抜け、落ちていくクワセに飛び込む。
攻め気にはやる選手達が次々と自滅していった中、岡田選手だけが冷静にこの急所を射抜き続けたのである。
岡田選手は 「僕みたいな普通の人間がマスターズで優勝出来たことで、同じように関西で頑張っている人達に、少しですが勇気を与えられたかな、と思います。それが一番嬉しいです」 と謙虚な言葉で締めくくった。 一度は競技の釣りから身を引こうとまで考えた男が、栄光のマスターズチャンプに輝く…。 凄まじいプレッシャーを跳ね返しての勝利は、まさに努力の結晶。 堂々たるNEWチャンピオンの瞬間となった。 |
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岡田健司選手 データ
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シン・ジョンピル選手 データ
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