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赤羽 修弥




前人未到・オールスター3連覇
時代を綴る“スカイレイ”の歴史
日々進化を続けたベイトフィネス。
常に成長を諦めない、霞ヶ浦の鬼。
「DAIWAとの契約は、確か2006年だったかな。もう20年になるんだね」
意外に感じる方も多いが、実は赤羽修弥がDAIWAとフルスポンサー契約に至ったのは2006年のことだった。それ以前は長らくリールのみのサポートで、2006年STEEZ立ち上げに際してロッドの開発には携わっていない。
「ロッドに携わり始めたのは、翌年2007年のことじゃなかったかな」
当時から霞ヶ浦を主戦場とするW.B.S.で華々しい戦績を誇っていた赤羽。STEEZで次なるテキサスリグやラバージグを始めとするワーミングロッドを生み出す際に、撃ちのスペシャリストとして白羽の矢が立ったのは自然な流れだった。
「ハスラーが最初。俺が単独で監修したという印象ではなく、ロッドエンジニアと共に作り上げていった感じだね」
前項で並木敏成が語った通り、STEEZはDAIWA WORKSプロたちのノウハウを結集して作り上げるバスロッドとしてスタートを切った。最初期モデルはベイトが並木、スピニングを川口がそれぞれ担当。年を経るごとに、その道のスペシャリストが新たなSTEEZを作り上げていく流れとなっていった。
STEEZと関わり始めた翌年、赤羽に転機が訪れる。転機というより覚醒というべきだろうか。W.B.S.で年間優勝A.O.Y.の座を勝ち獲るや、その年(2008年)の国内最大のトーナメント・オールスタークラシックへの出場権を獲得。本戦では件のハスラーを主軸としたテキサスリグを主軸に栄冠を勝ち獲ることに成功したのだ。折しも大会前日は大雨。それまで有効だったパターンが崩壊した一方で、増水により形成されたカバーが優勝のキーとなったのだ。
もはや語るまでもないが、この年以降の赤羽は破竹の勢いを魅せる。
『前人未踏のオールスタークラシック3連覇』
赤羽というプロアングラーを語る上で代名詞とも言えるのがこのフレーズ。今なおこの大記録を打ち破った者はいないことを付け加えておく。
代用品で凌いだ黎明期
ベイトフィネスの幕開け

オールスター3連覇の原動力。それはSTEEZで赤羽が作り上げた『スカイレイ』の存在があまりにも大きい。
その初号機となる11スカイレイは、ベイトフィネス黎明期の歴史を物語る1本だ。
2連覇を飾った2009年、赤羽がメインとしたのは霞ヶ浦の西浦最大級の流入河川・桜川。多くの選手がしのぎを削る中、赤羽の釣りの精度は群を抜いていた。
この時メインに使用したのは、TDバトラーリミテッド631MLRBハインドによるネコリグ。本湖でキッカーを得たのは、STEEZ 651MLRBブリッツによるシャッドだった。
「この頃、注目され始めていたのがベイトフィネスという新たな手法。ただ、軽いリグを精度高くベイトで攻略できる道具があまりにも少なかった」
ハインドは元々シャッドを始めとした巻き物を主軸とする1本。テーパーはスローながらも、TDバトラーリミテッド特有の優れた感度を持ち合わせていた。赤羽はそこに勝機を感じていたという。
「ただ、カバーから抜けるときの抜け感があまりよくなかった。背負える重さの範囲も狭い。操作性の高い63という絶妙な長さと、その圧倒的な感度の高さは文句の付けようがなかったけど、それをベースにして沈み物をネコリグで釣る上で、精度の面でもうひと越えできるモデルが欲しかった」
組み合わせたリールは当時としては最軽量ルアーを投げることができたリベルトピクシー。こちらもまたハインドと同じく巻き物のスモールプラッギング用だ。スプール径φ31mmでギア比は5.8、ハンドル1回転55cm。手返しの良い撃ちに適したモデルとは決して言えなかったという。
「軽いものを投げることができるリールが他になかったんだ。ギア比も低い。ベイトフィネス専用が存在しなかった時代だね。フィールドも年々厳しさを増していって、1チャンスを絶対に逃せない時代に突入していった。すると、代用品ではどんどんダメなところが見えてきたんだ」
赤羽にとって2009年は「ミスなく、辛うじて」獲った2連覇目だったという。だが、この年、既に赤羽の新たなベイトフィネス竿の構想は進み、翌年へ向けて開花を控えていた。
コンフィデンスの結晶
3連覇、舞台裏の真実

その2010年、2連覇のディフェンディングチャンプとしてオールスタークラシック出場。翌年のリリースを控えていた最終プロト複数本をデッキに乗せ、霞ヶ浦の湖上へと。初日は4位、やや出遅れるも2日目はトップウェイトを叩き出す。ウェイインショーの壇上、暫定チャンピオンシートで、ショーのラストを飾るプロアングラーを待つ。
現れたのは、奇しくもDAIWA WORKSのチームメイトである川口直人。ライブウェルから1本、2本、そして3本目を取り出すや手が止まる。5本のリミットには及ばない。この瞬間、赤羽の3連覇が決まった。
「今回、DAIWAロッドエンジニアがこの試合に勝つ為の最終プロトロッドを間に合わせてくれた。障害物周りで耐えていれば魚が出てきてくれる。このロッドがなければ獲れなかった魚がいた。間違いなくこの魚が勝負を決めたと思う」
これは赤羽が実際に壇上で語った言葉だ。
ロッド自体がバスのファーストランを凌ぎ、ストラクチャーからバスを確実に浮かせるリフティングパワーを持つファストテーパー。カバー周りで使用するラインとしては決して十分とは言えない8lb.を使用してもなお力余りあるトータルバランス。プロアングラーとエンジニアの密なる関係が産み出した絶妙なテーパーが勝利を呼び込んだのだ。
ウイニングロッドの名は『STEEZ631MLFB-SV スカイレイ』。後に発表年度を冠する通称として『11スカイレイ』と呼ばれるモデルには、当時の最先端ベイトフィネスリール・PX68が組み込まれていた。
レジェンド戦・K.O.K
赤羽×STEEZが完勝

あれから3年の時を経た2013年、真のベイトフィネス機・T3 AIRが誕生。スプール径はφ32mm、ギア比はそれまで主軸だった6.8は巻き物向けとなり、撃ちには8.6のエクストラハイギアが登場。ハンドル1回転86cmはベイトフィネスの世界を一変させた。何よりTウイングシステムによるライン放出力は他に類を見ない軽快さだった。
「軽い物が投げられるようになった。手返しも存分。何不自由なく釣りができれば、ロッドに求める機能も変わっていく」
2016年、『681MLMFB-SVスカイレイパワープラス』が登場。オリジナル誕生から5年後、STEEZバスロッドリブランディングの年のことだ。スカイレイが沖めのストラクチャーやボトムを探る竿に対し、パワープラスはショアのカバー撃ちを主目的とした。
「カバーから引き剥がすパワーとレングスがどうしても必要になった。それに、メインとするネコリグも進化していった時代だった」
ストレートワームにチューブを巻きガード付きマス針をチョンがけする時代から、針先をワームに埋め込んでカバーへの果敢な攻めを可能にするスナッグレスネコリグへ。フッキングと同時に針先を上あごに貫通させるパワー、掛けるためのベリーが求められたのだ。
程なくして2代目スカイレイ構想も着々と進行していった。
「レングスをより長くして障害物の高低差あるものを抜けやすくした。例えばレイダウンとかね。長い分ひと巻き上げで抜け、フックセットにもマッチするバット。掛けるだけじゃない。投げやすさ、取り込みやすさもそう。時代と共に竿への理想も変わっていく」
2022年に誕生したのが2代目スカイレイとなる『C68ML-SVスカイレイ68』。6ft.3in.から6ft,8in.へと進化すると共に、テーパーがよりマイルドになった。ファスト寄りからレギュラー寄りへリファイン。またへの字テーパーで操作感もより向上した。
この年、歴代オールスタークラシック覇者を集めた世紀の大勝負・King Of Kings(キングオブキングス)が開催。ここでも赤羽は大いなる見せ場を作る。またしても2代目スカイレイプロトを勝利に貢献するウイニングロッドに輝かせたのだ。組み合わせたのは20STEEZ AIR TW。今なおベイトフィネスの最前線を走る名機だ。
「マテリアルとテクノロジーの進化。それまで不可能だったことが上乗せされて、なお余りある状態になる。ひとことで言うならスカイレイの歴史は、進化の繰り返し」
2026年、22スカイレイのパワーアップ版となる『C68ML+ -SV・BFスカイレイ68パワーチューン』が誕生。
「STEEZは自分を成長させてくれる存在。釣り人としてスキルアップできる」
“霞ヶ浦の鬼”は今なお成長を諦めることはない。