K.T.F.×DAIWA=T3 AIRが育んだ
AIR BRAKE SYSTEMという未来基準
2013年に発表された次世代ベイトフィネス機『T3 AIR』が、後世となる現代のDAIWAベイトリールに新たなる基準を植え付けた。今でこそ現行モデルの多くに搭載されるAIR BRAKE SYSTEMは、この1台が先駆けとなったことは知られざる事実だ。
それまでのDAIWAベイトリールのブレーキシステムといえば、MAGFORCE-Zが主力。スプールサイドに搭載された可動式のインダクトローターが、高回転による遠心力でINからOUTへとスライドして、ボディ側の磁界へと踏み込み最適なブレーキ力を生み出すのが主な仕組み。
どちらかといえば、中・重量級ルアーの中距離キャスト~遠投性能に秀でたブレーキシステムであった。
T3 AIRに求められたベイトフィネスという概念は、通常スピニングで扱う軽量クラスのルアーを、よりスムーズにより正確に、そしてよりパワフルに扱うべく進化を求めた新たなベイトリールの方向性。撃ちの釣りであるピッチングのみ、もしくは巻きの釣りのために行うフルキャストのみといったブレーキシステム的にはそれ以前の2010年に登場していたベイトフィネス機・PX68で効力を発揮していたのも事実。しかし、より高レベルなピッチングとフルキャストの双方がトラブルなく棲み分け、それもブレーキ力を調整し直すことなくスイッチ可能とするには、根本的な構造改革を迫られたのだった。
2010年のこと、次なるベイトフィネスリリールの開発においてDAIWAが難局を打開するきっかけとなったのは、とある人物との劇的な出会いに端を発する。
「この釣りの楽しさをひとりでも多くのアングラーに味わっていただきたい。そのためには国産の素晴らしい精度を誇るリールがあってこそ、すべてが成立する」
PX68をベースとした新たなチューンドリールを手がけるべくDAIWAの門を叩いたのが、そう、K.T.F.(=Karil Tuned Factory)を主宰する沢村幸弘氏だった。
2000年代中盤よりその有効性を提唱してきたパイオニアにして、今なお国内トーナメントの最前線で輝き続ける“Mr.ベイトフィネス”。その人だ。
DAIWAとK.T.F.、マスプロダクトとチューニング。それぞれを生業とする両メーカーの立ち位置は似て非なるもの。通常であれば、情報の共有はビジネスにおいて時にリスクを伴い、相容れることは難しい。前代未聞とも呼ばれた両社のタッグはなぜ実現できたのか。
「損得勘定抜きで、少年のように瞳を輝かせて語る沢村さんが目の前にいた。良いものを作りたい。ただひたすらに純粋な思いがその場にいた我々の胸に突き刺さった」
DAIWAベイトリールエンジニア野口雅司は当時を振り返り、こう語る。
長きに渡り積み上げてきたチューニングに関する膨大なノウハウを惜しげもなくさらけ出す沢村氏。その意志に、DAIWAはマスプロダクトメーカーとして最先端の技術力を提供する意志を固める。いつしか次なるベイトフィネス機の共同開発へと突き動かされていったのは必然と言えるだろう。
次世代ベイトフィネス機へのプロジェクトが始まる。2012年に鳴り物入りで登場したT3に搭載された初代T‐WING SYSTEMは、キャスト時及びフォール時のラインフリー性能を極限まで突き詰めていたのは明らか。この機構を活用することは満場一致で即決。さらに沢村氏とDAIWAがベイトフィネスを完遂する上で求めたのが、後にAIR BRAKE SYTEMという名が冠せられることになる未来基準の機構だった。
その特徴、ここで改めて記しておくべきだろう。
ベイトフィネスゲームにおいて多くの場合、シャローカバーへとピッチングで送り込む軽量ルアーには弱いブレーキ力、その一方でフルキャスト時には強いブレーキ力が求められるものだ。遠心力ブレーキであれば、ピッチングとキャスティングは同ブレーキモードでは両立せず、小まめなブレーキ調整を余儀なくされる。もしくは高度なサミングテクニックによりバックラッシュを抑えるか、いずれかを要する。
しかし、AIR BRAKE SYSTEMとは外部調整ダイヤルを最適値に一度設定するだけで、ピッチングとキャスティングが快適かつオートマチックに両立するマグネットブレーキ。その秘密は、スプールの低回転時にはインダクトローターが飛び出さず、高回転時のみに飛び出してトラブルを抑制するという画期的構造にあるのだ。
今でこそ標準装備の機構だが、初搭載となったのがT3 AIR。デビュー当時、極限ベイトフィネスマシンと呼ばれた大きな理由のひとつでもあった。
SV+TWSがベイトフィネスの領域を
広くカバー。が、しかし・・・
2013年にT3 AIRが登場してから幾年月。現代に至るまでの間に、数々のDAIWAテクノロジーが生まれてきたことはご存知だろう。
前段のAIR BRAKE SYSTEMは、繰り返しになるが後に登場したDAIWAベイトリールの数々に搭載されてきた。SS AIRやアルファスAIRなどのベイトフィネス機は言うまでもなく、現代の主力機種の多くに積み込まれてきた。スプール回転のオートマチックなON/OFF切り替えは、同時期に精度を高めてきたもう一方のDAIWAテクノロジー・SV(=Stress free Versatile)及びTWSと共にさらなる威力を発揮することにも繋がっていったのだった。
特筆すべきは、2016年に初代10周年の節目のリブランディングを図った、DAIWAバスフィッシング最高峰を象徴するベイトリール『STEEZ SV TW』の存在だろう。先代モデル後期に培ってきたバックラッシュを激減する気鋭のスプール構造・SVコンセプト、そして初代T3のフリップオープン式から優れたライン放出性能を受け継ぎタトゥーラやジリオンで進化を遂げたターンアラウンド式TWSの融合。2つの最先端技術は、驚くべきシナジーを生み出すことにも成功した。
「SV+TWSは単なる足し算にとどまらない」
DAIWAエンジニア陣の言葉を借りれば、このひとことに帰結する。
いずれの機構もトラブルレスがキーポイント。SVの軽量かつ低慣性なスプールは、小さな入力で瞬時に立ち上がる超高回転を実現しつつ、使用ルアーとスプール回転数の高バランスを図り最適なブレーキ力を得る。一方のTWSは、超高回転スプールから放出されたラインをTシェイプレベルワインドが抵抗をかけることなく、その先へと送り届ける。最適なブレーキ力と優れたライン放出力、攻守に磐石の布陣が揃い踏み。そのシナジーは、トラブルレスのみならず、図らずも新たな副産物を生み出した。
「逆風下でも鋭く遠投が可能」
「力まずに軽いキャストで存分に飛ぶ」
「もはやベイトフィネスの領域に踏み込んだ」
STEEZ SV TWのデビュー当時、DAIWAプロアングラーは口を揃えてそのポテンシャルの高さを力説した。滑らかかつパワフルな巻きや圧倒的な軽量感など、いずれの特性は無論、最高峰の名に相応しい。何よりトラブルレスを兼ね備えた上での多彩なルアーへの対応力は、誰もが熱望した現場での即戦力だった。
ベイトリールでは扱いづらかった3〜5g台のルアーたちが軽快に飛ばせる。スピニングで対応可能とはいえ、キャストアキュラシーや使用ラインのパワーに存分な信頼を置くことはできなかった自重のルアーたち。かつてベイトフィネスとは、そのウェイト範囲のルアーに焦点を当て自在に扱うべく求められた新たな手法ではなかったか。
DAIWAの最先端テクノロジーは従来通りのミドルクラスルアーのみならず、ベイトフィネスクラスまでをも1台で担うことに成功。2010年代後半、SVとTWSのセットアップによって、ベイトフィネス専用機の存在は影を潜めたかに思えた。もはやSV TWが凌駕したのではないかとも。しかし、DAIWAは迫り来る次なる時代を見据え、その羽根を休めることはなかった。
避けがたきフィールドプレッシャー、
世のベイトフィネス待望論が再燃
「T3 AIRよりもっと軽いリールを」
「SS AIRのさらなるポテンシャルアップを」「STEEZ SV TWにワークスチューンドスプールを」
2010年代中盤を過ぎてなお、ベイトフィネスに対する世の渇望は絶えなかった。
タックルの進化と共に各釣法は精度を高め、アングラーは日々スキルアップ。年を追うごとに高まるフィールドのプレッシャーは免れようがない。トーナメントシーン然り、メジャーフィールド然り。毎年シーズンが終盤を迎える頃には、一筋縄ではいかない狡猾なバスを相手に、誰もが手を焼き続けているのも事実だった。
世のベイトフィネス専用機への思いは、再び熱を帯び始めた。さらにその先へ、さらに理想の頂点へ。すべてのアングラーと思いを共有すべく、すべてのアングラーの夢を実現すべく、DAIWAは再びベイトフィネス機の開発に着手したのは自然の成り行きだった。
まずは完成したばかりのSTEEZ SV TWをベースとしたベイトフィネスフルチューン化を模索し、プロトタイプのフィールドテストを繰り返した。
圧倒的な軽量感を誇るG1ジュラルミン製スプールの径はφ34mmからさらに小口径化を図った。T3 AIRの自重160gより軽く、さらに剛性感の高いモデルへと想定内の仕上がり。進化したSV、そしてTWSがもたらすキャスタビリティの高さにはもはや異論の余地はなかった。しかし、コンパクト感と軽量感において、SS AIRの145gを下回ることはどうしても叶わない。
「雑な進化は、絶対に許さない」。
かつて高名なDAIWAプロアングラーがこんな言葉を残したことがある。
脈々と受け継がれてきたDAIWAバスフィッシング最高峰の系譜・STEEZの名を汚すことは、エンジニア陣にとっても無論タブーの領域。単なる既存テクノロジーを用いた延長線上の進化では、いたずらにコストアップされたベイトフィネスリールを招くだけに過ぎない。
この時、2017年。STEEZ SV TWを発表した翌年のこと。次なる一手を打つべく、DAIWAは新たなプロジェクトへと踏み込むことになる。そう、あの賢者との再融合だ。
「ベイトフィネスを極め続ける。その思いは変わらない」
T3 AIRでの共同開発以降、K.T.F.沢村氏とDAIWAの密なる関係が途切れたわけではなかった。
KTFアルファスフィネスやKTF PXスーパーフィネスなど、DAIWAベイトリールのチューニングVer.として数々の傑作を世に輩出してきた沢村氏。その筐体に関して、DAIWAは市販モデルとは異なる最新の加工技術で随時応えてきたことは知られざる事実だ。またスプール素材において、軽さと強度で最高峰のG1ジュラルミンの開発に成功したDAIWAは、そのマテリアルに惚れ込んだ沢村氏だけにスプール素材としての供給をスタート。裏方としてK.T.F.のチューニング思想と開発姿勢を支え、長きに渡り互いに情報の共有を続けてきた経緯があった。
DAIWAが次なるベイトフィネスの最高峰を求めるべく、パーツ1つまで追い込んだフル新型を投入する決意を申し出るや、沢村氏が二つ返事で快諾したのは言うまでもない。
2度目の共同開発が決まる。それは2017年夏の出来事だった。次世代機へ挑む新たなるプロジェクトは徐々に、そして着実に進行していったのだった。
2度目のK.T.F.共同開発マシンが魅せる
次なる極限ベイトフィネスの世界
「カバーの隙間がまるで広くなったように感じる。まさに空間コントロールの切り札」
それは足掛け3年に渡る壮大なプロジェクトを終えた2019年末のこと。
この言葉は、翌年始2020年1月に発表を控えた『STEEZ AIR TW』の最終プロトを手にフィールドテストの場を迎えた沢村氏によるものだ。次世代ベイトフィネス機が実現した着地点のすべてが、この言葉に集約されている。
振り返れば昨季2019春に登場したフル新型の『STEEZ CT SV TW』は、このモデルへと繋ぐ道筋を秘めたコンストラクションであったことは今でこそ語れる。SV TWとA TWに続く第3のSTEEZであるCT(=Compact&Tough)TWは、実は小口径スプールへと積み替えてもスピードのロスはなく、より大型なドライブギアを組み込めばハイギア化を実現できる余力を持った内部構造。いわば、AIR開発への布石でもあった。
AIR のスプール径は、世界最小口径クラスであるCT のφ30mmをさらに下回るφ28mmを搭載。素材は無論、定評のG1ジュラルミン。高い剛性を維持しながら、薄肉化とブランキングによりさらなる軽量化を実現。その自重、実に6.6g。従来のφ32mmクラスAIRスプールより慣性力を40%も低減することで、超軽量ルアーでも瞬時にトップスピードへ到達できる超回転性能へと直結。ベイトフィネス使用ルアーの基準値となる3グラムを遥かに下回る「1g台でも存分に飛ぶ」(沢村氏)という痛快なエンジン部・新AIRスプールを獲得したのだ。
スプール出力を加速するアクセル部には、ブラックDLC(=Diamond Like Carbon)製コーティングTWSを初採用。耐摩耗性と低摩擦性(滑らかさ)を極限まで高め、細糸の放出性能を強力にサポートする。
リトリーブやリグ操作を司るハンドル周辺構造では、フィネス専用80mmハンドルアームの開発が並行して進められた。膨大なアフターサービスデータを背景に蓄積されたDAIWA強度基準の中で、ベイトフィネスに必要充分な強度を持つ最適な規格を採用。
同時進行で開発された新形状I型フィネスノブは、軽いタッチ感の有効性は無論、滑りにくいハイグリップ処理がシェイクなどの繊細な操作に秀いでる。
そのハンドルセッティングはビッグフィッシュとのファイトにも不安がない絶妙な仕上がりを実現。また本体と接続するハンドルスクリューにはチタン製を採用することで、マイナス0.3gと僅かながらも攻め込むなど、ハンドル周りの徹底した作り込みでかつてのT3 AIRを3.1グラムも上回るシェイプアップを果たすことに成功した。
見逃せないのは筐体としてのリール本体の追い込みだ。ハンドル側サイドプレートは一新してCTから2.0mmの薄肉化。ギアシャフトなど内部構造の見直し含め、ハンドル先端部までのリールの横幅としては実に7.4mmもの幅狭化を果たしつつ、同時にドラグクリック機構や絶縁箇所さえも排除して、7.8gの軽量化を達成。
ハンドル回転軸がより中央にシフトすることでさらなる巻きやすさと、シェイクやトゥイッチなどの操作性が劇的に向上。また、キャスト時には竿の直線上に重心が集中することで軽快かつ高精度なキャスタビリティも備えた。 わずかコンマ数ミリ、コンマ数グラムずつの積み重ねで、他に類を見ない2つもの実釣上でのアドバンテージを実現したのだ。
その総自重、実に135g。淡水専用のベイトフィネスF1マシンへと追い込んだ。フルメタルのMgボディで剛性感と感度を獲得しながらも、フルZAIONボディのT3 AIRから実に25gの軽量化に成功すると共に、SS AIRを遥かに凌ぐコンパクト感も実現した。
そのコンストラクションの全てはDAIWA本社工場でひとつひとつ組み上げられたMADE IN JAPAN。寸分の誤差なく仕上げられ、令和のバスフィッシングシーンにDAIWAが自信を持って送り出せる作品となった。いわば、DAIWAとK.T.F.のタッグによるファクトリーチューンモデルの最高傑作と言っても良いのかもしれない。
「何よりキャスティングとピッチング。その差が明確に分かれているからこそ、実戦の現場で一切のストレスがない。それが何よりのAIRの強み」
釣りはリズム、そして曇りのないメンタルが肝要。かつてT3 AIRで、沢村氏がDAIWAと共に育んだAIR BRAKE SYSYTEMのアドバンテージは今なお揺るぎない。
ナット1本、わずかコンマ数gの軽量化まで攻め込んだ究極マシンがもたらす操作性の高さに、沢村氏は無論、及第点に達したことを認めたのは言うまでもない。だが、しかし。キャスト毎のブレーキ調整を要せず、オートマチックにスプールがブレーキのON/OFFを司るAIR BRAKE SYSTEMだからこそ、マグネットブレーキだからこそ、できることがある。そこにこそAIRの、DAIWAの強みがあるのだと沢村氏は再度力説したのだった。
昨季はKTFチューンドCTを2台のみボートに積み、国内最高峰JBトップ50シリーズの遠賀川戦で次点を一瞬たりとも引き寄せずに完勝した“オンガの神”。今季コンバートしたAIRによって、またさらなる境地へと達することは想定内だろう。
2020年、現時点の究極のベイトフィネスはSTEEZ AIR TWが牽引していく。しかし、現状に甘んずることはない。沢村氏とDAIWAの飽くなき挑戦は、まだ始まったばかりなのだから。